第4話 レプタンの肉

 カラドギアやラフトラクターが主力射撃武装として用いるポンプガンは、自給自足という点に主眼を置かれた武器だ。

 ポンプガンの特徴は銃本体ではなく、砲弾にある。

 弾頭に詰め込む砲弾は、硬い装甲材の切れっ端が好まれるが、別にその辺の瓦礫や石の類でも構わない。

 高速で射出すれば、何であろうとダメージ源となるのだ。

 そして弾頭を撃ち出す薬莢こそが、安上がりなランニングコストを保証していた。


 ごく単純に言えば、圧縮空気を詰め込んだ缶詰だ。

 圧縮空気を解放し、適当な銃身を添えて飛び出す弾頭に方向性を付ける。

 これがポンプガンの仕組みであり、恐ろしくシンプルかつ粗雑な射撃武器であった。

 当然、威力も精度も火薬を用いた本式の銃器には敵うべくもないが、火薬が貴重なヤガンナでは広く普及していた。

 そして、実際の運用される際には以下のような光景が繰り広げられる。


「よーし、タイミング揃えてー!

 いーち! にーい!」


「うんしょー!」


 カティ同様に麻袋ワンピースを着た年嵩の少年の音頭に合わせて、奴隷の子供達が棒を押す。

 十字に組み合わされた棒の下にはドラム缶を思わせるポンプが設置されている。

 四方に飛び出した棒をグルグル回す事でポンプが稼働し、圧縮空気を吐き出すのだ。

 機械式のコンプレッサーに比べれば著しく低効率だが、奴隷の子供を使えばコストなど掛からないというメリットがあった。


 音頭を取る少年、モンドはポンプから伸びたホースを空薬莢に接続する。

 モンドの太腿くらいの太さを持つ薬莢にはメーターなど付随していない。

 どれほどの圧縮空気が充填されているかは、全て彼の勘で判断されていた。


「いーち、にーい……よし、ストップ! ストーップ!」


 充填完了と見た所でモンドは指示を出し、ポンプの回転を止めさせる。

 慎重にホースを取り外すと、薬莢の上に弾頭となる装甲板の破片を載せた。

 その上から泥をぺたくたと塗りたくって固定する。

 後は天日で乾かせば完成である。


「よし、一丁上がり! 次行くぞー!」


 モンドの声に合わせて、子供達が再び棒を押し始める。


「全く、バカスカ撃ちやがって。

 どんだけ用意しても足りないよ」


 次の薬莢にホースを繋ぎながら、口内でぼやいた。

 大っぴらには呟けない。

 撃ちまくったシメンの耳に入れば、無用な仕置を受ける羽目になる。


 空気の充填具合を確認し続けるモンドの鼻を、食欲をそそる匂いがくすぐった。

 見上げれば、ゾーバン商会の大人たちが鉄板で何かを焼いていた。


「昨日のレプタンか。 俺たちの口にも入るかなあ……」


 希望など欠片も見えない日々では、食事が唯一の慰めと言ってよい。

 おこぼれが貰えるなら、昼休みが楽しみだ。

 口の中に湧き出す唾を飲み込みつつ、少年はニ発目の砲弾を仕上げた。





 ワークバウを操るカティの目も、レプタン焼きに惹きつけられていた。

 その辺の瓦礫から引っ張り出してきたらしい鉄板を下から焦点率を下げたバーナーで炙るという、粗雑極まりないコンロの上でレプタン肉がじゅうじゅうと焼けている。

 脂の飛沫が弾け、もうもうと煙が立ち込める中から撒き散らされる匂いは余りにも暴力的だ。

 常に空っぽのカティの胃袋が、くぅくぅと締めあげられるような鳴き声を上げた。


 オペレーターの思考は首輪で繋がったカラドギアへ明確に反映される。

 カティの執着そのままに巨体を屈めてじっと鉄板を見つめるワークバウの姿には、何とも情けない哀愁が漂っていた。


「カティ、そんなにかぶり付きになるな、みっともない」


 苦笑混じりのラグマンに注意され、カティは我に返った。


「わたしが捌いたんだし、少しは食べれるかなって……」


 二体分のレプタン肉は、午前中一杯を四苦八苦しながら解体に費やしたカティの成果だ。

 皮を無理やり剥ぎ取り、肉は骨ごとぶった切るという稚拙な解体作業であったが、商品ではないので問題ない。

 剥ぎ取られた皮はラグマンの指示で臭い液体に漬け込まれている。


 カティは詳しく知らないが、なめしという工程らしい。

 丈夫な革に加工できるそうだが、それで作る服が自分に回ってくる事はないとカティは諦めている。

 せめて少しくらい肉を口にしたいと思うカティであった。


「大量にあるし、そのままじゃ腐るばかりだしな。

 お前らの分もあるって聞いてるぜ」


「やった!」


 ドブのように澱んだ色のカティの瞳が珍しく輝いた。

 始終腹を減らしている食べ盛りには何よりの朗報である。


「まあ、もうひと仕事終えてからな」


「……はぁい」


 しょんぼりと肩を落としたワークバウがラフトラクターの倉庫へ向き直る。

 人当たりの良いラグマンに対しては、シメンにはとても言えない愚痴も言えた。


「ラグマンさんも手伝ってくれればいいのに」


「俺の機体は荷物運びに向いてないからなあ」


 愚痴を向けられながらも、拡声器ごしのラグマンの声は嬉し気な笑みを含んでいる。

 ラグマンは自分のカラドギアに乗り込んでカティの作業を監督していた。


 カラドギアは人型巨大重機というカテゴリーのマシンであるが、彼の機体は人型の枠から大きく逸脱している。

 全高の三分の二ほどを占める長く巨大な脚部に対して、コクピットやバッテリーを収めた胴体は極端に小さい。

 平べったいセンサーユニットだけの頭部はぺったりと胴体上部に張り付いている。

 両腕は各種武装を搭載する支持架であり、リロードや武装換装などの動作を補助する細い補助腕が付属していたが、とても作業に向いた機体とは言えなかった。


 物資補給に出かけた快速クリッパーゾーバン号が購入してきた新しいカラドギア、機種名をリートスという。

 新しいと言っても新造機体はなかなか出回らない御時勢、この機体も中古品だがパイロットに抜擢されたラグマンはご満悦であった。


「こいつは完全なバンダー用だからな、生身ノーマルでも動かせるバウンスとは反応がダンチだぜ」


 ラグマンはリートスの長い足を動かし、その場でくるりとターンして見せた。

 優雅とも言える程に滑らかな動きは、カティのワークバウとは雲泥の差だ。

 だが、そもそもカラドギアに興味のないカティにとって、どうでもよい話であった。

 新しい機体に大喜びのラグマンに対して、大きなダンゴ虫を見つけた男の子みたいと、シンプルな感想を抱いている。

 流石に口には出せなかったが。


「そんな事よりも、早く済ませてご飯食べたいです。

 わたしの分の肉が無くなっちゃう」


「……小さくても女だな、男のロマンを理解してくれねえ」


 ラグマンはどこか寂しげに呟くと、リートスの短い補助腕を格納庫へ向けた。


「仕方ない、あれだけ倉庫に移してメシにしよう。

 残りは食った後だ」


「はい!」


 奴隷商の配下ながら、温情ともいえる程の気配りを示すラグマンに、カティは珍しくも勢い込んで頷いた。

 ラグマンのリートスが指示する最後の荷物をワークバウの両腕で掴む。

 昨晩鹵獲した、銀のカラドギアだ。


「……これも、凄い機体なんですよね?」


「まあ、手に入れたばっかりで悪口は言いたくないが、俺のリートスよりも数段上だろうなあ。

 全周囲モニターなんて装備、噂にゃ聞いてたが実物は初めて見たよ。

 お前もよく見とけ、バンダーとして一生の語り草にできるぞ」


「はぁ……」


 バンダーにされて良い事なんてロクになかったカティは、熱意を込めて語るラグマンに恐ろしく気の抜けた返事をした。





 噛み締めると口内に脂が溢れ、神経を強烈な情報の津波が押しつぶす。

 味蕾を蹂躙する旨味は、首輪が発する電撃よりも鮮烈にカティの脳を灼いた。


「うま……うまぁ……」


 涙を浮かべながら、手づかみで熱い肉を口に押し込んでいく。

 カティら奴隷に与えられた食器は、丼めいたボウルがひとつだけ。

 スプーンもフォークもない文化など置き去りにしたと言わんばかりの食事風景だが、まさに原始人さながらに原初の欲求を満たしているカティは指を火傷しそうな肉の熱さにも臆する事はなかった。


「おう食え食え、まだあるぞ」


 ゾーバン商会所属のコックは、斧頭にも使えそうな巨大なコテでレプタン肉を乱雑に切り刻むると、カティのボウルにどさっと放り込んだ。

 澱んだカティの黒い瞳が、信じられないとばかりに見開かれる。


「い、いいの? ほんとにいいの?」


「切り身の部分は冷凍庫にもう入れてある、この辺は保存するまでもない屑肉の類だよ。

 せっかくだし食い貯めとけ」


「うんっ!」


 珍しく目をキラキラさせながら口いっぱいに肉を詰め込むカティに、コックの親父は口元を緩めた。

 普段は辛気臭い顔をしたチビすけだが、こうしていると小動物的な愛嬌もある。


「ああそうだ、それ食ってからでいいから、チェスターの奴にも一皿持って行ってやってくれ」


「チェスター?」


 口の中の肉の塊をごくりと呑み下したカティは、知らない名前に首を捻る。


「昨日、お前らが捕まえてきたバンダーだよ。

 向こうのテントに転がされてる」


「転がされてるって」


「反抗的だとかでな、シメンにボコられてた」


「ふーん……」


 カティはレプタン肉を齧ると、しばらく咀嚼して吞み込んだ。


「反抗したって、どうしようもないのに」


 小さく呟くカティの瞳は、いつもの澱んだ色に染まっていた。





 腹を膨らませたカティは、コックの指示どおりにレプタン肉のソテーを載せたボウルをテントへ運ぶ。

 日除けが必要な荷物の置き場所である倉庫兼用のテントの床には、鎖でグルグル巻きにされた青年が転がっていた。


「……何したらこんな扱いされるの」


「鎖骨叩き折ったりしたらかなあ」


 思わず漏れた呟きに、青年がどこか呑気な風情で応じる。

 ボコボコに殴られて腫れあがった顔がこちらへ向けられ、カティが手にしたボウルに視線を止めた。


「飯を持ってきてくれたのかい?」


「うん。

 ……多分、鎖を解いたら怒られるから、食べさせてあげる」


 カティは青年の枕元にぺたんと座り込むと、ボウルの中の肉片を指先に取った。


「はい、あーん」


 一瞬戸惑った青年は、意を決したように口を開ける。

 まだ湯気を立てるレプタン肉が放り込まれた。

 

「あふっ!?」


「あ、熱かった?」


 はふはふと口の中の熱を逃がしながら咀嚼し、青年は何とかレプタン肉を呑み込む。


「それじゃ、ふーふーしてあげる」


 二切れ目は息を吹きかけて冷ましてから差し出した。


「……赤ん坊になった気分だな」


「だって、仕方ないじゃない、その状態じゃ」


 青年は諦めたように口を開けた。

 二口目は味わうようにゆっくりと噛む。


「……鶏肉に似てるな」


「トリ?」


「もうちょっと塩気が欲しい所だなあ」


「贅沢言わないの」


 やがて、ふーふーを含めたカティの補助を受けた青年はボウルのレプタン肉を食べ終えた。


「ご馳走様」


「ごちそう、うん、ごちそうだったね、久しぶりに」


 微笑むカティの首筋を見上げ、青年はわずかに眉を寄せた。


「……君もバンダーなんだな」


「うん、貴方と同じ。

 スレイバンドのカティ」


 澱んだ瞳を細めるカティに、傷だらけで身動き出来ないほどに捕縛されたままの青年は、その有り様とは裏腹の凛とした声音で名乗った。


「俺はチェスター。

 流れのバンダーだ」




 余談ではあるが。

 下着も持たされていないカティが座ると、転がされたチェスターの視点からは麻袋の奥まで見えてしまう。

 初対面の相手に明け透けな指摘もできず、困惑しつつも視線を逸らし続けたチェスターであった。

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