第3話 ディグポイント
翌朝、カティも乗り込むラフトラクター『
ラフトラクターは船舶の末裔であるため母港と通称されるが、水の少ない惑星ヤガンナの事、当然のように赤茶けた荒地のまっただ中にある。
荒野の命綱である電力供給用のソーラーパネルと風車が数基ずつと大型のプレハブ倉庫一棟を中心とし、それらを囲むように掘っ立て小屋とテントが立ち並ぶ、場末の開拓村のような外観の拠点がゾーバンディグ3であった。
この拠点もラフトラクターも更にはカティの身の上も、奴隷商を振り出しに成り上がったこの辺きっての大商人ゾーバンの持ち物である。
拠点や船に自分の名前を冠する辺り、自己顕示欲の強い人物と思われるがカティにとっては雲の上の人であり、当然会った事もなかった。
「うー……」
ワークバウを操るカティは、シートの上でモジモジと細い太腿を擦り合わせている。
失禁の跡はすっかり乾いていたが、生理的な気持ち悪さが残らない訳ではない。
「水浴び、したいなー……」
身繕いをしようにもカティら奴隷に与えられる水は少なく、基本的に飲料に回される。
水を含ませた端切れで拭くのが精々だった。
ため息を吐きながら、課せられた労働に従事する。
「よいしょっと」
ラフトラクターの格納庫に放り込まれたレプタンの死骸を外へ引っ張り出した。
カティ自身が頭を跳ね飛ばした個体であり、綺麗に胴体が残っている。
大型倉庫の傍まで引きずると、下から呼びかけられた。
「こっちだ、ここに置いてくれ、カティ」
大柄な男が大きな身振りで荷物の置き場所を指示する。
奴隷商お抱えバンダーの一人であるラグマンだ。
何かと理由を付けてはお仕置きをしてくるシメンよりも遥かに温厚で、人当たりの良い人物である。
「ここですか、ラグマンさん」
「よしよし、中々の大物じゃないか。
それじゃカラドギア用のカッターを使っていいから、捌いてくれ」
「え」
「もう一匹分あるんだろ? 手早く頼むぜ」
「うえぇ……」
人当たりが良いからと言って、無茶振りをしてこない訳ではなかった。
カラドギアを操るバンダーは特権階級であり、シメンもまたこの拠点では上位に位置する権力者だ。
成長途中のカティよりも僅かに長身というだけの小柄な体躯とは裏腹の横柄な態度で奴隷たちを威圧しつつも、シメンの顔には堪えきれない笑みが浮いていた。
「全く、いい拾い物をしたぜ。
ぶっ壊れてるが、あのカラドギアは大した出物だ。
どこの遺跡で掘り当てたんだろうなあ?」
呟きながら、拠点随一の大型建築であるプレハブ倉庫を仰ぎ見る。
あの倉庫の内部には、地下遺跡への入口が囲い込まれていた。
かつてヤガンナが他星とやりとりできる程の科学力を持っていた頃の遺跡である。
出土する物品は衰退した現代ではお宝ばかり。
ゾーバンディグ3はゾーバンが発見した遺跡を発掘するために作った
とはいえ、あの銀のカラドギアほどの高度文明の遺物は出土していない。
「あいつが目を覚ましたら、締めあげて吐かせねえとな」
プレハブ倉庫の傍に林立するテントへ視線を移してほくそ笑む。
傷ついた青年はテントが作る日陰に寝かされていた。
地べたに転がる青年の傍にしゃがみ込んで顔を覗き込んでいる人影が視界に入ると、にやけていたシメンの顔が引きつった。
「ラ、ラームお嬢!?
こっちに来られたんですかい?」
「ああ、シメン。
お邪魔してるよ」
ブラウンの髪をポニーテールに結った瘦身の女は立ち上がると、息を切らせて駆け寄るシメンに向き直った。
その細い体を包むのは太腿を見せつけるようなブラックレザーのショートパンツに、お腹丸出しのチューブトップ。
パンツと同じレザー製のジャケットを羽織っていた。
隠れている部分よりも露出している部分の方が多い服装は煽情的であったが、雇い主の血族を相手に発情するわけにもいかない。
最も、グラマラスな女性が好みのシメンからすれば、絶望的に平べったい彼女はいかに美貌を備えようとも趣味の範疇外なのだが。
彼女の名はラーム。
大商人ゾーバンの姪であり、彼の切り札のひとつでもある強力なバンダーだ。
「一体、いつこっちに……」
「昨晩、着いたのさ。
あんた達より一足早かったね」
ラームは快速で名高いリートス型のカラドギアをカスタムして乗り回している。
叔父の手持ちの拠点のあちこちに気まぐれに姿を見せる彼女を、シメンは監査役ではないのかと内心疑っていた。
「それよりもシメン! いい拾い物したじゃないの!
大した色男じゃないのさ!」
にんまり笑いながら再び青年の顔を覗き込むラームに、シメンは顔を顰めた。
認めるのは癪だが、この男は確かに中々の美男であった。
短く刈り込んだ黒髪は清潔感があり、顔立ちはシャープに整っている。
多くの血を流し蒼白になった状態でも、その精悍さは失われていない。
贔屓目に見て十人並みと自任する程度の外見のシメンとしては、全く気に入らない男であった。
すらりと均整の取れた長身である所もいけ好かない。
「ねえシメン、こいつ頂戴よ。
あたし、持って帰りたい」
「いや、お嬢、うちのスレイバンドで使うんですから」
「スレイバンドならカティが居るじゃん。
あの子が孕める年になるまでは、普通にスレイバンドさせてりゃいいじゃん」
「いやまあ、そうなんですけど」
バンダーの適性は遺伝すると言われている。
奴隷狩りで捕まえて来られた幼い少女は、バンダーの適性があったばかりに本人の知らない所で繁殖要員として見込まれていた。
「まあ、あたしも叔父さんから孕めるだけ孕んどけって言われてるしね。
どうせなら、イケメンがいいなあってさあ」
舌なめずりしながらニヒヒと笑うラームに、シメンは内心舌打ちした。
このお嬢様は、あちこちでバンダーをベッドに引っ張り込んでいるとよく聞くのだ。
叔父からの指示というより、当人が好きなだけであるのは明白である。
シメン自身は全くお呼びが掛った事がないが。
「お嬢……」
ちょっと苦言を呈してやろうかと眉を寄せたシメンの目の前で、横たわる青年の左腕がゆらりと持ちあがる。
蛇のようなしなやかな動きでラームの首筋に左腕が絡みついた。
「うあっ!?」
「お嬢!」
ラームの首に腕を巻きつけて引き寄せた青年は半身を起こすと、炯々と光る瞳でシメンを睨みつける。
「俺のカラドギアはどこだ」
「手前っ!」
「動くな、この女の首を折るぞ」
青年の静かな恫喝にシメンは動きを止めざるを得ない。
文字通り首根っこを押さえられたラームは、息を詰まらせながらも横目で青年を見上げる。
「な、中々度胸があるじゃないか。
ここはあんたにとって敵地だよ、いくらでも敵がいると思わないのかい」
「その為にあんたを捕まえたんだ、
「狸寝入りかい、癪な真似を……」
顔を顰めるラームの繊手がグレーのパイロットスーツに包まれた青年の股間へ伸びた。
「どうせ寝るなら、ちゃんとあたしと寝ようよ」
「なっ、あんた、痴女の類か!?」
股間を撫で上げられた青年が、一瞬うろたえを示す。
すかさずシメンは後ろ手に隠したタブレットを叩き、青年のバンドに仕込んだスレイバンド機構を起動した。
「ぐあっ!?」
神経を直接叩きのめす電流に、青年の体が硬直する。
すかさず首に回された腕を跳ねのけようとするラームだが、青年は逃さぬとばかりに力を込めた。
「きゅっ」
電流に苛まれているにも関わらず青年の腕は的確に頸動脈を締め付け、ラームは一瞬で昏倒した。
「お嬢! この野郎、何て事を!」
色めき立つシメンを苦悶の表情を浮かべた青年が睨みつける。
「貴様らこそ、何て非人道的な真似をしやがる!」
「やかましい! 食らいやがれ!」
シメンは激昂しながら、タブレットを連打した。
「ぐああぁっ!?」
強烈な電流の前に青年は激しく仰け反り、そのまま倒れ伏した。
「お嬢!」
シメンは放り出されたラームに駆け寄り、意識を失った痩身を抱え上げる。
「息はある……良かった」
思わず吐息が漏れる。
可愛い姪っ子を目の前で殺されてしまった間抜けに対してゾーバンがどんな仕置きをするかなど、想像するだに恐ろしい。
肝を冷やしてくれた青年を苛立たし気に睨む。
「おい! 誰か手錠と足枷を持ってこい!
この野郎に取り付けろ!」
「へ、へいっ!」
怒鳴りつけられた奴隷が金属製の手錠と足枷を運んでくると、青年に取り付けた。
「全く、意識がないと油断せずに最初からこうしてれば良かったぜ……!?」
小さく呟くシメンは、見下ろした青年の瞳がクワッと見開かれる様に絶句した。
いくらなんでも回復が早すぎる。
「うおぉっ!」
青年は跳ね起きると同時にシメンへ躍りかかった。
両手を組み合わせて振り被ると、ハンマーパンチを叩きつける。
「があぁっ!?」
シメンの左の鎖骨は、まさに金槌そのものの一撃を受けてへし折れた。
悲鳴を上げて転がるシメンに対して、青年は再び組んだ両手を振り上げる。
手を組み合わせるだけのハンマーパンチに対して、手錠は全く妨げになっていない。
だが、肩幅にしか開けない足枷は彼の動きを明確に制限した。
踏み込みが足りず、必死で転がるシメンを人力鉄槌はわずかに取り逃がしてしまう。
「お、お前らぁっ! 取り押さえろぉっ!」
恥も外聞もなく転がりながら、シメンは周囲の奴隷をけしかける。
「邪魔をするなぁっ!」
手枷足枷を付けられながらも飛び掛かる奴隷を振り払おうと暴れる青年。
「なんて奴だ、この野郎!」
シメンは無事な右手で再びタブレットをタップした。
「ぬああっ!?」
奮戦する青年の神経を再び電流が蹂躙する。
動きが止まった青年を奴隷たちが複数掛かりで地面に押し倒した。
シメンは追撃のタップを止めない。
「ぐうっ、あぁぁっ!?」
再び昏倒する青年だが、最早シメンには油断はない。
「鎖だ! 鎖持ってこい! この野郎をグルグル巻きにしろ!」
奴隷たちが走り、シメンの指示通りに鎖を持ち寄ると青年が意識を取り戻す前に簀巻きにした。
「よし……よくもやってくれやがったな、このスレイバンドが!」
鎖骨を叩き折られて持ち上げる事もできなくなった左腕を庇いながら、シメンは怒りに任せて青年の顔面を蹴りつけた。
ブーツの踵が鼻柱をへし折り、鼻血が飛ぶ。
「この野郎! この奴隷野郎が!」
激情のままに青年を蹴りつけるシメンの背後で、奴隷たちに介抱されたラームが息を吹き返した。
「あ、こら、シメン! 顔はダメ! イケメン顔が勿体ない! 蹴るなら腹!」
「お嬢、あんたって人は……」
制止とも言えないラームの言葉に、若干毒気を抜かれたシメンの動きが止まる。
「ぐぅ……」
小さな呻きに見下ろせば青年はすでに意識を取り戻していた。
「お目覚めが早いじゃねえか」
ラームの指示通り、腹に一発キックを見舞う。
「ぐっ!?」
「そろそろ自分の立場が判ってきたか? えぇ?」
「……遺憾ながら、な」
「口が減らねえな……まあいい、お前名前は?
名乗りたくねえなら、適当に仇名つけるぜ、鼻血男とかな」
嘲りの混ざったシメンの言葉通りの顔になった青年は、鋭く光る眼で睨みながら名乗った。
「チェスターだ」
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