第2話 月下の凶行

 カティの下半身が決壊するよりも早く、レプタンの胴に銃弾が叩き込まれる。

 大口径弾の衝撃に、レプタンはワークバウの胸部に涎の痕を残しながら吹き飛ばされた。


「ふえ?」


 装甲を削る異音が唐突に消え失せ、きょとんとするカティの耳に重く低い射出音が立て続けに響いた。


「ポンプガン?」


 圧搾空気で弾丸を射出する武器の立てる、独特の音だ。


「おう、何やってんだカティ! スレイバンドにゃレプタンの始末もできねえのか!」


「ひうっ」


 拡声器から割れた声で怒鳴りつけられ、シートの上のカティは条件反射的に縮こまった。

 

「ご、ごめんなさい、シメンさん……」


 彼女の主達の一人、奴隷商人お抱えのバンダーであるシメンの声だ。

 ワークバウの機体を起こして向き直らせると、シメンの乗るカラドギアが歩み寄ってきていた。

 カティの乗るワークバウの原型機、バウンスだ。

 縦に二つ並んだ大きなレンズを持つ頭を備えたバウンスは、ワークバウに比べて人体に近い端正な姿をしている。

 五指を備えた右手にはレプタンを撃ったポンプガンが握られ、戦士然とした暴力の臭いを漂わせていた。


「まだ生きてやがんな、この爬虫類め」


 シメンは忌々しげに吐き捨てると、レバーアクション式のポンプガンをグリップを中心に回転させた。

 旋回するアクションで次弾が装填されるや、すかさず発砲。

 弾丸の薬莢部分に蓄えられた圧搾空気が解放され、弾頭を撃ち放つ。

 撃ち出された弾丸は逃げようとするレプタンの胸のど真ん中に着弾した。

 弾丸もまたカラドギアサイズ、砲弾といっても良い代物だ。


「GUGYA……」


 胸部に大穴を開けたレプタンは弱々しく鳴くと動きを止める。


「はっ! お前もカラドギアに乗ってんなら、これくらいは仕留めろよ、使えねえな!」


「うぅ……」


 シメンの怒鳴り声にカティはどんどん萎縮していく。

 カティにとって自分を捕らえた奴隷商人の一味は全て恐ろしい連中であったが、その中でもこのシメンは特に怖い相手だった。

 何かというと奴隷達を怒鳴り、蹴り、殴りつけてストレスを発散するのだ。

 その上、カティは他の奴隷達にはない「お仕置き」までされている。

 彼女の中でシメンに対する恐怖は首に埋め込まれて外せない首輪と同様、心の芯までしっかりと刻み込まれていた。


「まだレプタンどもは居やがる。 カティ、先に立って奴らを探せ!」


「は、はい……」


 涙目のままのカティはシメンの命令に従順に頷くと、ワークバウにスコップを構えさせた。

 右肩部にひとつだけ搭載されたサーチライトのスイッチを入れ、歩を進める。

 夜の闇を切り裂く光条を投げかけながら、ゆっくりと上体を旋回させたカティはシートの上で小さく首を傾げた。


「あ、あれ……?」


 地面にはレプタンが一匹ずつ潜んでいた痕である穴ぼこがいくつも開いているが、肝心のレプタンが見当たらない。

 自分とシメンが倒したのは二体だけ、対して穴の数は多すぎる。

 首を傾げながら、ライトの光を左右に振って索敵を続けた。


「ひぅっ!?」


 不意に大きく損壊した血塗れのレプタンの死体がライトの明かりの中に浮かび上がり、カティは悲鳴を上げた。

 恐る恐る見回せば真っ二つに両断され、無惨に絶命したレプタンの残骸がいくつも転がっている。


「シ、シメンさん、こっちの方はもう退治したんですか……?」


「あぁ? そっちにゃ行ってねえよ」


「で、でも、レプタンの死骸がいっぱいあります!」


「何だと?」


 後方からシメンのバウンスが速度を上げて、カティ機に並ぶ。


「こいつぁ……俺ら以外に誰かカラドギアを出したのか?」


 不審げに唸るシメンのバウンスは足を止めて思案する。

 その一方、怯えた小動物のような挙動で周囲を窺っていたカティはゆっくりと接近する存在に気付いた。


「シメンさん! 何か来ます!」


 カティ機が向けるサーチライトの方向へ、シメン機は両手で保持したポンプガンを構えた。 

 引きずるような重々しい足音をたてながら、それは光の輪の中に踏み込んでくる。


 それはカティが初めて見る、明らかに高性能なカラドギアだった。

 サーチライトの光を弾き銀に輝く装甲に、バウンスよりも遙かに整った八頭身の人間をそのまま巨大化したかのようなスマートなボディライン。

 太古の騎士の兜を思わせる意匠の頭部には左右に並んだ緑の小型カメラアイが点灯し、頭頂からはアンテナとも飾りとも付かない角が飛び出している。

 流麗な銀の騎士の如き機体は、大きく傷ついていた。

 左腕を肩口から失い、右足は膝から下のほとんどが脱落し、傷口からはアクチュエーターの束が零れて火花を散らしている。

 右手に握った片刃の両手剣と思しき長尺の得物を杖のように地に付いて、何とか立っている状態であった。

 磨き上げられた装甲を汚す液体は漏れ出したオイルか、レプタンの体液か。


 銀のカラドギアはサーチライトの光を投げかけるカティ機へと頭部を向けると、よろめくように一歩踏み出す。

 その瞬間、銀のカラドギアの頭部にポンプガンの砲弾が撃ち込まれた。


「なっ! シメンさんっ!?」


 突然の凶行にぎょっとするカティを他所に、シメン機はポンプガンを連射する。

 続けざまの砲弾を受けて騎士の兜のような頭部は大きく歪み、両目のカメラアイが爆ぜ割れる。

 残弾を撃ち尽くしたシメンはポンプガンを反転させ銃身を握った。


「おぉりゃあっ!」


 シメン機は雄叫びと共に突進すると、ポンプガンのストックを下から振り上げた。

 顎を殴りあげる一撃を受けた銀のカラドギアの頭部はちぎり取られるかのようにもがれ、くるくると回転しながら地面に落ちた。

 頭を失ったカラドギアは地響きと共に仰向けに倒れる。

 すかさずシメン機が右足を振り下ろし、その腹を踏みつけた。


「はっはぁっ! こいつは思わぬボーナスだぜぇ!」


「う、うわぁ……」


 見覚えのない、すなわち身内でないカラドギアなど、ぶん捕って当然。

 凶行自体が物語るシメンの山賊そのものな行動原理に、カティは思わずドン引きの呻きを漏らした。


「おう、カティ! 折角殺さないように倒したんだ、俺が機体を抑えてるからバンダーを引きずり出せ!」


「ど、奴隷にするんですか……?」


「ったり前だろ! 良かったなあ、お前と同じスレイバンドの同僚が増えるぞ!」


 嘲笑を含んだ声音に顔を顰めながら、カティはハーネスを外すとコクピットハッチを開いた。


「うわ、べとべと……」


 コクピット周辺の外装にべったりと粘りついたレプタンの臭い唾液に触れないように気をつけながら地面に降り立ち、シメン機に踏みつけられた銀のカラドギアへと走る。


「良く整備されてるみたい、わたしのと大違いだ」


 無惨に半壊し倒れ伏した状態でありながら、銀のカラドギアは美しさを留めていた。

 オイルとレプタンの血液に汚れているものの装甲には錆びひとつない。

 手足や首の破損箇所で盛大に飛ぶ火花は、この機体が内部に秘めた電装系が十全に稼働している事を暗示している。


 カティは銀の機体の全体を眺め回すと、剣を取り落とした右腕に駆け寄った。

 シメンのバウンス同様の繊細な戦闘用五本指が開いた状態で投げ出されている。

 巨大なカラドギアの指先は丸太のような太さだが、ここからならば駆け上がる事も可能だ。


「よっと、っと……」


 掌から右腕を伝って、コクピットハッチのある胸元まで移動する。

 ワークバウやバウンスよりも遙かに精密なデザインの胸部装甲を見回し、眉を寄せる。


「確か、どこかに緊急時のハッチ開閉スイッチがあるはず」


 頭の中からワークバウとの神経接続で流し込まれたカラドギアの知識を引っ張り出すと、装甲の影を覗き込んだ。


「あ、やっぱり」


 右脇腹に当たる位置に小さな整備パネルが隠されていた。

 緊急時における外部からの救出用であるため、パネルにロックは掛かっていない。


「よし……!」


 カティはパネルの内部に配置されたハッチ開閉レバーを両手で握ると、力を込めて押し下げた。

 バシュッと圧縮された空気が解放される音が響き、コクピットハッチが外開きに開く。


「えっ!?」


 コクピット内を覗き込んだカティは、余りにも異質なレイアウトに絶句した。

 ハッチの中には、赤茶けた地面と歪に欠けた月が映し出された夜景がある。

 内壁が一面のモニターとなっており、周囲の光景がそのまま投影されているのだ。

 メインカメラを内蔵した頭部を失っているというのに、この機体はサブカメラだけで高度な視界を確保している。


「わ、わたしのと全然違う……何これ……」


 覗き窓から視界を得るしか無いワークバウとは段違いのハイテクに気圧され、カティは思わず後ずさった。

 そんなカティを頭上からシメンが怒鳴りつける。


「何をモタモタしてんだ、さっさと引きずり出せ!」


「は、はいっ!」


 飛び上がったカティは慌てながらも再びコクピットを覗き込んだ。

 周囲の夜景とカティには読めないエラーメッセージと思しき文字を表示させた内壁に囲まれたシートには、一人の青年が座り込んでいた。

 その体はぐったりと虚脱し、身動きしない。


「し、死んでる……?」


 恐る恐る肩に触れると、青年は小さな呻き声を漏らした。

 息がある事に安堵するカティであったが、青年の肩に触れた掌をべったりと汚す血糊に目を見開いた。


「この人、酷い怪我してる」


 青年が着込んだ軍服を思わせるグレーのパイロットスーツは右肩口を大きく切り裂かれ、噴き出す血潮が半身を赤く染めている。

 眉を寄せたカティは青年のハーネスを外すと無傷な左腕を取り、肩を貸す形でコクピットから引きずりだした。

 シメン機の縦に並んだカメラアイを見上げて叫ぶ。


「シメンさん! この人、大怪我してます!」


「あぁ? ぶっ倒れた拍子に頭でも打ったか?」


「違います、多分、機体に乗る前から怪我してたんだと思います」


 銀のカラドギアのコクピット内部は、機体の破損状況とは裏腹に全く損傷が見受けられない。

 仮に割れたモニターの破片でもあれば切り傷も考えられるが、青年の肩口を深く抉る傷はそんなものが原因とはとても思えなかった。


「ちっ、折角のスレイバンド候補だ、死なすのは勿体ねえな」


 ぶつくさ文句を言いながら、シメンはバウンスのコクピットハッチを開くと縄梯子を下ろした。

 シート下の物入れに突っ込んでいたファーストエイドキットの箱と小型タブレット端末を取り出すと、縄梯子を滑り降りる。


「どれ……ははぁん、こいつぁ仔レプタンに齧り付かれたんだな。

 野営中に火を焚いてなかったって所か?

 間抜けな奴だぜ」


 意識のない青年の傷口を覗き込んだシメンは、野外生活の初歩のミスをやらかしたらしい青年を嘲笑った。


「シメンさん、早く手当を」


「まあ待て、先にやる事がある」


 シメンは小型タブレットにユニバーサル規格のコードを接続すると、意識の無い青年の顎を掴んで持ち上げ首筋を露わにした。


「気を失ってるたぁ都合がいい、この間に『仕込み』を済ませちまおう」


「あ、あの、手当……」


「うるっせえな! お前は!」


 シメンはしつこく手当を催促するカティに激昂した。

 手にしたタブレットを鼻面に突きつけると、カティは恐怖の表情を浮かべて硬直した。


「そういや最近やってなかったなあ! お前、お仕置きがないからって調子に乗ってんじゃねえのか?」


「そ、そんな事……」


 もつれる舌で言い訳するカティは、シメンの指がタブレットの上で踊る様にがくがくと震えている。

 シメンはカティの様子に嗜虐心をそそられたように歪んだ笑みを浮かべ、これ見よがしに人差し指を立てて最後のタップの用意が整った事を見せつけた。


「や、やめてぇっ!」


「だぁめだ」


 にやつくシメンの指先がタブレットの液晶パネルを叩く。

 同時にカティの首に埋め込まれたバンドが微弱な電流を発した。

 尋常では無い痛みが背骨を真っ直ぐに打ち抜く。


「いぎぃっ!?」


 締め上げられるような声を漏らしてカティの体が仰け反って硬直する。

 シメンはニヤニヤ笑いながらタブレットを叩き、カティのバンドに『誤操作』を行わせ続けた。

 不規則に神経を灼く電流と、脳を灼く高濃度情報がバンドから溢れ出し、カティをカティたらしめる神経系を容赦なく叩きのめしていく。


「や、やめ、やべてぇぇっ」


 電流に硬直した体はまともに立っている事もできない。

 受け身も取れずに転がったカティは涙をボロボロ零しながら、回らなくなってきた舌で必死に訴えた。

 それこそがシメンの思う壺だ。


「じゃあ、これで最後にしてやるよ! レベルMAXだ!」


 シメンの言葉にカティの澱んだ瞳が絶望で見開かれる。

 まったく省みられない制止の言葉を紡ぐよりも早く、シメンの指が最後のタップを実行した。


「ひぎっ!? あぐっ! あぎぃぃっ!」


 脳と脊髄をダイレクトに責めたてられ、カティの体は本人の意思とは全く無関係に跳ね、転がり、悶える。


「うあ……」


 両目がぐるんと白目を剝き、口の端から涎の糸を垂らしながらカティは意識を手放した。

 麻袋の奥からちょろちょろと情けない水音が響き、細い太腿を濡らす。


「あーあー、漏らしちまった。 汚しやがって、後始末は自分でしろよぉカティ」


 失神したカティに楽しげに囁くと、シメンは表情を引き締めてこちらも失神したままの青年に向き直った。


「さて、こいつにもスレイバンド処置して、血止めもしねえとな」

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