ブレイバンド! 首輪付きの野良犬は廃棄惑星を流離う

日野久留馬

第1話 首輪を付けられた少女

 大穴が穿たれ歪な円を描く月が、天に輝く夜。

 赤茶けた砂塵を巻き上げて、荒野を進む一隻の船がある。

 かつては豊富であった水の上を進むために作られた船の末裔でありながら無限軌道を穿き地べたをのそのそと移動する、不格好極まりない陸上船舶ラフトラクターだ。

 巨体ゆえ通常の車両に比べて鈍足な代わりに大量の物資を載せる事ができるラフトラクターは、惑星ヤガンナの物流を一手に引き受ける主役マシンと言っても過言ではない。

 この船に限って言えば、運ぶ物資はだいぶ偏っていたが。




 地べたを駆ける鉄の船は乗組員の生活の場だ。

 細かく区画分けされた一角は、船室に割り当てられている。

 その内の最も小さく、余りにもお粗末で、部屋というには粗雑すぎる空間がカティに与えられた自室であった。


 カティの自室は錆び臭く、横倒しの円筒型で足を伸ばすこともできないほどの狭さ。

 膝を抱えて転がるカティは、ろくに肉の付いていない背中をぶるりと震わせた。


「さむぅ……」


 ガリガリに痩せ細った体を包むのは手と頭を出す穴を開けた麻袋で、衣服に求められる保温機能など望むべくもない。

 そもそもがこの棺桶じみた寝床には冷暖房のような気の利いた機能はないし、湾曲した壁面は薄っぺらくて安っぽい錆びた鉄板に過ぎない。

 外気の影響を遮断する機能など全く期待できなかった。

 昼間の灼熱地獄が嘘のような砂漠の寒さに身を震わせつつ、カティはぼんやりと暗闇を見据えていた。


 垂れ目気味の大きな瞳は暗闇を吸い込んだように黒く、何の光も浮かんでいない。

 本人にも詳しい年齢は判らないが、おそらく両手の指の数をいくらか超えた程度の年しか生きていない少女とも思えない程、平坦で沈みきった目をした娘であった。

 闇を見据える少女の瞳がとろとろと微睡み掛かった時、大きな衝突音が響き、同時にがくんと船全体が揺れて急ブレーキが掛かった。

 カティの体は円筒状の小部屋の中でずるんと滑り、寝床の蓋に頭がぶつかる。

  

「あう!?」


 ざんばらに切られた、何とかショートカットと言えなくもない頭を痛みに振りながら、頭上へ手を伸ばす。

 寝床に設置されたスライド式の蓋を開いた。

 吹き込んでくる冷えた空気の匂いを嗅ぎながら、寝床から首を突き出す。

 15メートルほど下を、星明かりに照らされた荒れ地が流れていくのが見える。

 目を凝らすと、人が潜れそうなほどの穴ぼこが地面にいくつも空いている事に気付いた。


「んっ……」


 カティは寝床からずるずると這い出した。

 寝床を固定するネットに掴まってぶら下がると、周囲を見回す。

 頑丈なネットにワイヤーで縛り付けられた彼女の『自室』は、錆の浮いたドラム缶を転用した簡素すぎる代物だ。

 そんなドラム缶式寝床が幾つも船縁から括り付けられ、船腹に掛けてぶら下がっていた。

 キャタピラ駆動で荒野を走る陸上船、ラフトラクターは無尽蔵の積載量を持つわけではない。

 どうでもいい積み荷は雑に扱われるのが常だ。

 奴隷の子供のような安い商品など、その最たるものである。

 カティの寝床以外のドラム缶からも、彼女とさして変わらない年頃の少年少女が顔を出し、不安そうに周囲を窺う。


「何だ今の」


「わかんない」


 カティ同様、穴の開いた麻袋を裾の短いワンピースのように着せられた少年の質問に、小さく首を振る。

 まるでカティの言葉を聞いていたかのように、甲板上に取り付けられたスピーカーから酷いハウリングの怒鳴り声が響いた。


「レプタンだ! ガキども起きろ! 配置に付け!

 バンダーは格納庫に集まれ! カラドギアを出すぞ!」


 スピーカーの声に呼応するかの如く、地面に穿たれた穴ぼこから尖った鼻面がいくつも突き出してくる。

 悪食の大型爬虫類、レプタンだ。

 10メートル以上ある大物が何匹も地中から這い出してくる様子を見下ろし、少年はにやりと笑いながらカティに向き直った。


「明日の飯は豪華そうだな。 頼むぜ、バンダー」


「……うん」


 カティの首には銀に輝く機械的な首輪が巻かれている。

 首輪を持たない少年の軽口に心底嫌そうに頷くカティへ、スピーカーから追加の指示が飛んだ。


「カティ、お前が一番槍だ! さっさと来い!」


「うえぇ……」


 立場の弱い奴隷の身に面倒を押しつけられるのはいつもの事だ。

 澱んだ瞳のカティは小さな呻き声を上げながら、甲板へ上がるべく周囲のネットをよじ昇り始めた。




 ネットを伝って甲板まで上がったのに、船の中央下部に位置する格納庫までは内部の階段を降りていかなければならない。

 毎度不便に思うことだが、使わない間はカラドギアから自分達奴隷を遠ざける意図もあるのだろうとカティは理解していた。


「どうせ、逆らったり、できないのに」


 首の回りを一周する銀のリングを忌まわしげに指先で弾きながら階段を駆け下りていくと、格納庫のある最下層フロアに到着した。

 鉄錆と機械油の臭いが混ざり合った刺激臭が鼻につき、カティは顔を顰めながら格納庫へ入る。

 鉄の船の腹の中とも思えないほど広い空間だが、光源は天井に取り付けられたLEDライトがひとつきり。

 広さに比べて光量が足りない光の中、両足を投げ出した姿勢で座り込む巨大な人影が四体浮かび上がっていた。

 

 カラドギアと呼ばれる身長10メートルにも達する人型ロボットだ。

 鋼の戦士、荒野の用心棒と持て囃される鉄の巨人だが、搭乗するカティの感想としては使い勝手の悪い木偶の坊といった所。

 カティは自分に割り当てられた赤い機体の足下まで走る。

 赤いと言っても塗装ではなく、装甲板が赤錆びに覆われた故のカラーリングだ。

 ワークバウという商品名があるらしい彼女の機体は、元々戦闘用のバウンスとかいうタイプから戦闘に必要な機構をごっそり取り外した、廉価版の作業用カラドギアである。

 カメラアイなど戦闘に必要なセンサーを搭載した頭部を排除し、ジャンプスラスターの類も取り外して足が若干短くなった結果、人型とはちょっと言い難い寸詰まりで歪なデザインの機体になっていた。

 こんな機体でもカラドギアはカラドギアであり、有用な戦力のひとつだ。


「うん、しょ……」


 機体の各所に溶接されたグリップをよじ登り、胴体前方で開いたコクピットハッチに滑り込む。

 バケットシートに取り付けられた四点式ハーネスを留めると、大きく息を吸う。


「リンク、オン」


 音声トリガーに反応して、待機状態のワークバウがオペレーターとのリンクを開始した。

 カティの首に巻かれた銀のバンドがばちりと火花を発する。

 同時に頭の奥が燃え上がるような鈍痛が襲いかかった。


「んぐっ!?」


 予期していてもきつい痛みにカティは涙目で悲鳴を噛み殺す。

 人体には有り得ない『器官』からの情報が、脳を苛むのだ。

 外科手術で埋め込まれたバンド越しにカティの神経とカラドギアが接続され、人と機械を一体化させる。

 これこそがバンダーシステムであり、バンドへの適性を示した者をバンダーと呼ぶ。

 廃棄惑星ヤガンナで、最強の暴力を手にする者達である。

 だが、カティに与えられた力は、バンダーとしては下の下に過ぎない。


 錆びついたワークバウが吐き出す大量のエラー警告情報がカティの頭に雪崩れ込んでくる。

 いつもの事だ。

 カティのワークバウは前々から雑な整備で不調を来しているし、そこを何とかするような知識など文盲でマニュアルも読めないカティは持っていない。 


「うー……」


 頭の中でちかちかと跳ねる赤や黄色の警告のイメージを意識して隅っこに追いやると、両手のレバーを握り、ペダルに素足を載せる。

 アナログなタコメーターが並ぶ操作盤の中央に填め込まれた小型の液晶サブモニタにも赤と黄色の文字が踊っていたが、どうせ読めないカティは目もくれない。

 読めはしなくとも、首輪でワークバウと繋がれたカティの脳は灼けるような情報の波を適度に処理し、機体状況を何となく理解していた。


「スリープ、トゥ、クルーズ」


 口に出す音声トリガーは誰に教えられたものでもない、ワークバウ自体から流し込まれた最低限の操縦ノウハウによるものだ。

 錆びた機体の節々で軋みが上がる。

 巡航状態に移行したワークバウの各部アクチュエーターが、バッテリーに蓄えた電力を喰らって目を覚ましたのだ。


「よし、行こう」


 格納庫の天井灯の光がわずかに差し込むコクピットでカティはペダルを踏み込んだ。

 耳障りに軋む間接部から赤錆びの欠片を零しながら、ワークバウはよたよたと立ち上がる。

 同時に、手を伸ばしてコクピットハッチを手動閉鎖。

 ワークバウの足の長さの分、迫り上がるカティの視界をハッチの壁面が塞いだ。


「さて、と」


 カラドギアのコクピット内部の壁面は戦闘用の機体であれば外部カメラが入手した情報を投影するモニターになっている所だ。

 一方で廉価な作業機ならスカスカのガラス張りが相場である。

 だが、危険な荒野を渡り、場合によっては荒事にも駆り出されるカティのワークバウは外から有り合わせの装甲板を貼り付けてコクピットを防護していた。

 お陰で視界は装甲板にわずかに開けられた覗き穴しかない。


 カティは覗き穴から周囲を見回し、カラドギア用の大型スコップを見つけるとワークバウの腕を伸ばした。

 安価な作業用ながらパワーはそれなりにある、三本指のハンドパーツがスコップの柄を握る。


「レプタンなら、これで殴れば死ぬかな、多分」


 呟きながら、格納庫の隅に雑に置かれた短いバレルを持つ銃器に視線を落とす。

 カラドギアの主力兵器、圧搾空気で砲弾を弾き出すポンプガンだ。


「流石に、こんなの使ったら、お仕置きされるだろうし……」


 奴隷が強力な武器を勝手に使うなど、彼女の飼い主達は絶対に許さない。

 カティはぶるりと背筋を震わせると、麻袋の裾から飛び出した細い太腿を恐怖に擦り合わせた。


「……さっさと出よう、レプタンを潰さないと」


 格納庫の内壁の一角に機体を歩み寄らせると、飛び出したカラドギア用のレバーを引く。

 がこんと音を立てて留め金が外れると、壁の一部が外側へ開いた。

 油と錆びの臭いに満ちた格納庫に爽やかな外気が混じり、覗き穴越しにカティの鼻をくすぐった。

 目を細めながらペダルを踏み込み、スロープとなった内壁を一歩一歩降りていく。

 ワークバウを船外に出しながら、カティは覗き窓の狭い視野から索敵を行った。


「レプタンは……こっちに来た!」


 全長10メートル程の巨大な多足爬虫類が、八本の足をバタバタと動かしながらこちらに迫ってきている。

 その数、二体。

 囓りついても歯が立たない頑丈なラフトラクターの舳先よりも、船腹に開いたハッチの方が痛手を与えれそうだと判断するくらいの知能はあるらしい。


 長い鼻面に安普請な鉄板程度なら噛み裂く剣呑な牙を備えたレプタンは、母なる星に居た鰐とかいう生き物に似ているそうだ。

 ちらりとそんな事を思い出しながら、カティはワークバウの両手で構えたスコップを頭上に持ち上げた。


「せぇいっ!」


 大上段に構えたスコップが振り下ろされる。

 激しい動作にアクチュエーターが不機嫌な軋みをあげ、間接部から赤錆びの破片が盛大に飛び散る。

 スコップの縁が大口を開けて迫るレプタンの頭に垂直に叩き付けられた。

 10メートルの巨人のパワーが乗せられたスコップの切っ先は大鉈の如く、爬虫類の頭を真っ二つに割る。

 しかし、この手の生き物は総じて生き汚く、必殺とはいかない。


「わっ、まだ動く!?」


 頭を叩き割って仕留めたと思ったレプタンの体がバタバタと動き、カティは驚きの声を上げた。


「こ、この!」


 レプタンのしぶとい生命力に顔を引き攣らせながら、カティはペダルを踏み込む。

 ワークバウの鉄の足裏がレプタンの胴中を踏みしめた。


「もう一回!」


 引き抜いたスコップを、今度は穴を掘るような要領でレプタンの首に打ちこむ。


「GIGYA!?」


 濁った悲鳴と共にレプタンの頭部が跳ね飛ばされる。


「やった……わぁっ!?」


 ほっとひと息吐いた隙に横からもう一匹のレプタンに突進され、カティのワークバウは後方につんのめって仰向けに倒れた。

 六点ハーネスで体を括り付けていなければ、シートから放り出されていた所だ。


「うぅー……」


 衝撃でくらくらする頭を振りながら、レプタンの位置を探して覗き窓を覗き込む。

 大きく開いた赤い口腔と、白く輝く牙が見えた。


「ひっ!?」


 ワークバウの胴体に馬乗りになったレプタンが、コクピットハッチを内蔵した胸部に食いついた。

 覗き穴から鼻が曲がるようなレプタンの口臭が流れ込む。

 追加装甲に牙を突き立ててガジガジと抉り取ろうとする異音が響き、カティは思わず泣き声をあげた。


「や、やだぁぁぁっ!」


 元々カティは辺境の開拓村の農民だ。

 奴隷狩りにあった時に受けさせられたバンド適性検査を通ってしまったため、無理やりバンダー化手術を受けさせられた口であり、戦いの心得や覚悟などない。

 コクピットを噛み潰されるかも知れないと言う恐怖に、垂れ目気味の瞳からは涙が零れ、膀胱もまた限界に達していた。

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