第4話
伊織が顔面蒼白でいなくなってしまった。急いで後を追いかける。校舎裏を曲がるともう見当たらなくて。見失ってしまった。どこにいってしまったのだろうか。この先は裏門の向こうに河川があるだけなのに。フェンス越しに流れる川が視界に入った。転んだプールサイドが視界によぎる。跳ねる水滴。暑い日差し。熱を帯びた傷口。冷えた指が愛おしそうに足を包む。肌を這う伊織の舌の感覚。温かくて湿り気を帯びた柔らかな質感。傷を覆い愛撫するような感触。恍惚な表情を浮かべる伊織の顔。背筋がわずかに痙攣する。体の芯に触れられたように頭の中が真っ白になった。私一人に向けられた執着が瞳に垣間見える。長い間私だけが抱えていた感情。喉から手が出るほど欲していたものがそこにあった。恋焦がれても同じ気持ちになることはないと諦めていたのに。
「どこにいるの。返事して」
呼びかけても返答はない。草むらをかき分けると川を眺める伊織の姿。うずくまり啜り泣く声が耳に届く。小さく可憐な私だけの愛おしい人。抱きしめたい気持ちを抑えて横に座る。
「ここにいたの。探したよ」
嗚咽する声。ガラス細工に触れるように縋りつく手は小刻みに震えていた。小さなささやきは聞き取れず。耳を澄ますと重なる懺悔の言葉。
「大丈夫だよ伊織。もう怖くないよ」
優しく頬を撫で涙を拭う。
「沙智。ごめんなサい」
針で刺されたような痛み。首筋を流れる液体が地面を染めた。
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