作之治さくのじつうその男は「自分はこの村で生まれたけんど、父なし子で母親が死んで行ぐとこがねえ、どうか雇ってけえろ」と土に額をついて頼みまして。


 親父さんは好きにすりゃよかんべと言ったきりです。

 へえから、奴はおらがの下男になりました。



 作之治は器量もよけりゃ働きもんでしたけ、おらがの使用人の評判もたちまちようなりました。


 そん頃、鬼みてえな親父さんも身体をぼっ壊しまして、奴は親父さんと勝四郎かつしろう兄さん両方の世話を焼いてました。兄さんが癇癪をぶっけても奴は笑って耐えとりました。


 村のもんもおっかねえって寄り付かねえ私の面見ても何にも言わねえで、私を兄さんと呼ぶんですよ。

 奴が仕事を全部かっぺらうから、私は台所でえどこにも居場所がのうなりました。



「ありゃあ兄さんが家を焼いた祈祷師の息子だべ。何考えとるか。俺らが憎くねえんだべか」

 私が言うと、瘤が否と言いました。瘤は赤ん坊みてえな言葉を話すようになりまして、たまにふたりでくっちゃべってたんです。信じねえでしょお。


 瘤は私が何ともねえことも、痛えとか寒いとかおっかねえとか言うけ、赤子を抱えとるみてえなもんです。

 瘤は親父さんや兄さんが近づくと泣いて、作之治が来ると笑いました。



 あるとき、瘤とくっちゃべっとったら作之治が来て、布を解いた私の面を見たんです。

 しまったと思いました。これは家族にも明かしたことがねえけ。


 けんど、奴は怖がんねえで「痛むけ」と聞きました。

「痛かねえけど、勝手に喋るけ困っとる」

 私は髪で面を隠しながら答えました。


「しょうがあんべえ、こりゃあ生まれ損ないの兄弟だえ」

「そりゃ人面瘡だえ」


 作之治は「そういう病がある、腹ん中で兄弟がくっつくなんてこたあねえ」って言いました。奴は流行り病に詳しかったけ。瘤は何ともつかん声を上げただけです。

「兄弟じゃねえなら大事にすることもなかんべかな」

 私が言うと、作之治は笑いました。



 親父さんはいよいよまずくなりました。

 使用人の間じゃ、作之治を跡取りにしたらどうだんべかって話が出てました。

 兄さんは病弱で私はいかれだけえ。


 勝四郎兄さんは離れで寝ついたままでした。

 作之治はもうおらがの主みえてなもんでしたけ、誰も兄さんに構いませんでした。

 布団に蛆が湧いて、縁側に烏が来んのを私が追っ払いました。


「みんな俺が死ぬのを待っとるんだべ」

 兄さんは更に痩せて白くなっとりました。作之治の飯は食わねえけ、私が粥を運んどりました。


 兄さんはひでえ癇癪で私をぼこすときもあったけんど、たまに文机を持ってこさして、私に読み書きを教えてくれました。


「おめえは俺が死んだらひとりだけえ、知恵をつけなきゃしょうがあんべえ」

 と、痩せこけた手で私に筆を取らせました。

「おめえは物狂いだけえ、いいように食い物にされんじゃなかろうか。神喰の男なら喰われるより喰えや」

 おっかねえだけなら恨めるけど、たまに優しいとどうしたらよかんべかわかんねえ。

 そんときはいつも瘤が啜り泣きました。



 朝っぱら、作之治が私を呼びました。

 ついてくと、しゃっけえ土間で親父さんが同つかつしゃっけえくなって、霜が降りとりました。

 もうずつなしです。転がった粥の器に雀が集っとりました。


「どうすりゃよかんべか」

 私が仰天しとると、作之治がいつもみてえに笑いました。

「死体は焼けばいいべ」

 瘤がでけえ声で叫びました。


 私が額を抑えると、作之治は私を引っ張って庭の隅の厠の裏に連れて行きました。

 奴が鋤で土をほっぽじって、穴を見せました。中にはちっけえ白い骨が埋まっとりました。


「この村じゃ双子が生まれたら片方は厠の土に埋めるんだえ。兄さんの片割れはとうに死んどる。瘤は偽もんだけ、構うこたあねえ」

 作之治は綺麗な、けんど蛇みてえな顔で笑いました。

「仕返しの機会だえ」

 その目がギラついて、奴が父なし子ってのは嘘っこだとわかりました。あの目は神喰かんじきの男の目だえ。



 私は落ち葉を集めて、厠の裏で親父さんに被せました。

 作之治は火いつけた木を持って私に渡しました。あの夜と同じ鳥の声がして、私は枯葉に火を放ちました。

 瘤が声を上げました。泣いたんじゃねえ、確かに笑ったんですけ。


 濡れ落ち葉は中々燃えきらねえ。

 火が爆ぜる音に、瘤の赤ん坊みてえな声が重なっていかれそうでした。


 追っ払おうと振り返ると、笑い声だと思ったのは鳥の声でした。

 親父さんの器に集っとった雀が転げて死んどったんですけ。


「次は勝四郎さんか」

 作之治の両目は離れを見とりました。

「神喰の男は生かしといたらおっかなくてしょうがあんべえよ」


 私はやっとの思いで、

「俺も神喰の男だえ」

 とだけ言いました。



 答えを聞く前に、離れの襖が空いて、寝着をはだけた兄さんが飛び出しました。筋張った喉を震わして、

豊雄とよお、逃げろ」

 と、私に言いました。兄さんのでけえ声を聞いたのは初めてでした。

 兄さんの声よりでっけえ叫びが聞こえて、頭ん中がかっと赤くなりました。



 私は隅っこまでぶっ飛ばされて、瘤が焼けた鉄をねじ込まれたみてえに熱くなりました。

 真っ赤な視界に、真っ黒焦げの鬼が鍬を持って立っとりました。火をつけたときはまだ息があったんです。

 親父さんは煙を噴いてから今度こそ死にました。



 血がどくどく流れて、赤い視界に、鍬の刃に破れた瘤が首チョンパされた赤子みてえにへばりついてんのが見えました。


 そんとき、思い出したんです。私が瘤を覆ったとき、お袋さんはとっくに括れとりました。

 私に布を被せて、のうのうさんに祈るよう言ってくれたのは勝四郎兄さんでした。私の瘤が最後に見た細くて白えのうのうさんです。



 私は立ち上がって、鋤をとりました。

 へばりついた瘤を摘んで、ほっぽじった穴のちっけえ骨の上にほかしました。もう泣き声もしねえのに頭ががんがん痛みました。

 へえから、離れで騒ぐ声の方へ向かって、勝四郎兄さんに馬乗りになっとる作之治に鍬を振り上げました。



 最初っから家じゃなく奴らを焼いときゃよかった。ばっくらやかがみっちょを追っ払うにゃあ火しかあんべえよ。



 お客さん、そんな顔せんでけえろ。

 こんなのは、暗くておっかねえ村で聞いた夢物語だと思えばよかんべ。


 けんど、嘘っこだと思うなら裏をほっぽじってみりゃあいいでしょお。

 双子の片割れは厠の土に埋めるんです。私と作之治が生まれたのは同つかつだけえ、片方埋めなきゃしょうがあんべえ。



 今じゃ神喰の男は、私と勝四郎兄さんだけです。

 兄さんは歩けねえようになりましたけ、離れから母屋に引き取って今も一緒に暮らしとります。


 けんど、あれから熱もあんまり出さねえし、癇癪も落ち着いて、今でもたまに私にんねかって勉強を教えてくれるようになりました。

 昔っから、私にだけはたまに優しいひとだえ。



 やっぱし、あの瘤は私の兄弟じゃあねえんでしょお。

 瘤は寂しがりで、おっかながりで、優しくしてくれんひとが好きで、どう考えても神喰の男じゃねえですけ。


 ほら、見ますかあ。こうして髪を上げるとほら、額の横っちょのところが抉れて、大雨の後の赤土みえてになっとりますでしょお。

 ここが瘤のいたところです。獣に食われたみてえでしょお。


 見た目ほど悪くはねえんです。

 何たって、私は神喰です。犬でもひとでも神でも食って食われて、いっとうおっかねえ男が最後に残る。それがおらがですけ。



 今じゃ私が、神喰の当主です。

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