神喰の男

木古おうみ

 神喰かんじきなんてのは、ほんとは良くねえ名前なんですよお。



 何代も前から私らはそう名乗っとりますけんど。

 お客さん、ここに来る途中でけえ村があったでしょう。神喰ってのはあっちかし人間が言い出したんですよ。


 日も当たんねえ暗え村に住んどる人間は化けもんと同じ、犬もひとも神さんでも食っちまう、罰当たりなおっかねえ奴らだって思われとったんですけ。


 けんど、おらがの先祖が「神さん食えるぐれえ強えもんばっかの村ならいいじゃんか」つって、おらがん名前になったんです。

 おっかねえでしょお。神喰家の男はそんなんばっかです。そういう血筋です。



 お客さん、怖がんねえでけえろ。

 ああ、寒いんか。火鉢を持って来ましょう。

 私なんかは地主の息子とはいえ、三男坊ですけ、いや、四男かな。下男みてえなもんと思ってけえろ。

 どうせ兄さんに夕餉を持ってかなきゃなんねえんで。


 火が点きましたかな。

 こけえらの夜は夏でも真冬みたいにしゃっけえ空気が入りますけ。

 寒いのも暗えのものどけなんかの病が流行るのもこっちかしばっかで。おまけに、物狂いも多いんだえ。

 ちょっとばかし不平等な気もするけんど、しょうがあんべえ。祟りだけえ。


 他所のひとに言っても嘘っこついてんと思うでしょうなあ。でも、そうなんですよお。

 神喰の男はみんなちょっとおかしい、おっかねえのが生まれるんです。



 私の親父さんはもう死にましたけんど、すぐひとをぼこすわ蹴っさらうわ、おっかねえひとでした。

 お袋さんも耐えかねて井戸んとこで括れてしまったけんど、でだって、水が汚くなるとしか言わねかったよお。



 親父さんにいっとう似てんのは二番目の勝四郎かつしろう兄さんかな。

 顔は細面でお袋さんに似てんだけど。兄さんは身体が弱いけ、今も離れで寝とります。

 一日畑をうねうと二日寝込んじまうようなひとで。頭のいいひとだけんど、おらがじゃ使うところもねえ。へえから、気持ちが倦むんでしょうな。


 おらがに野良犬が入り込んで吠えたとき、布団から出てきて朝餉の皿でぶん殴って頭かち割っちまったんですよお。

 そんときも、死んだ犬とぼっした皿を指して、私に「豊雄とよお、ほかしとけ」って言っただけです。

 似とりますでしょお。



 一番上の正太郎しょうたろう兄さんはもうおりません。

 親父さんと瓜二つで、鬼瓦みてえな顔とでけえ背丈で無口でしたが、ほんとは気の弱い優しいひとでした。


 私が子どもの頃、村で"のどけ"が……ジフテリアって言うんけ、それが流行りまして。

 伝染るもんだから罹ったもんはすぐ見つけなきゃいけねえけんど、ある家が病人を隠しとりまして。

 しょうがあんべえ、見つかったら村の外にほかすのが常だえ。


 結局見つかって、どうすんべかって村のもんがくっちゃべってるとき、親父さんが正太郎兄さんに「おめえ、引きずり出してほかしてこい」って言ったんですよお。

 親父さんには逆らえねえ。兄さんは病人を担いで、がんけんの墓にほかしたんです。みんな、地獄の鬼が引き取りに来たみてえだって言いました。


 けんど、その日から朝っぱら兄さんが「ちっと散歩に行ぐせえ」って毎日寺の方へ行くんです。

 きっと、野垂れ死は可哀想だって飯だの何だの運んどったんでしょお。

 最後は正太郎兄さんものどけになって血い吐いて死んじまった。

 優しい男はおらがじゃ生きてけねえんだえ。



 私はおっかねえようには見えねえって?

 あんがとうごぜえます。けんど、私もまともじゃねえんです。

 ほら、私は髪で顔を半分隠しとりますでしょお。前は今よりひでえ瘤があったんです。

 ちっけえひとの面が私の顔にもう一個ついてるような瘤でした。

 生まれ損なった兄弟がくっついてんじゃねえかって話だえ。


 子どもの頃に誰かが、お袋さんだったか、「こりゃあずつなしだ。隠しとくしかねえ。せいぜいのうのうさんでも拝んだらよかんべ」と布を巻いてくれました。

のうのうさんを見るとよくなるんけ」と聞いたら、「あほんだら」と笑われました。


 そんときの細くて白い顔と同つかつ細くて白い月が私の不具の兄弟が最後に見た景色でした。


 私がそうなったんは、やっぱり祟りでしょうなあ。



 のどけが流行った頃、村で客集めてる祈祷師の親子がおりまして。

 母親の方はえれえ別嬪で、でも、何というか蛇みてえな感じがしました。息子はまだちっちゃくて、母親に合わせて辿々しく念仏唱えとりました。


 村の女はかがみっちょトカゲみてえで気色悪いと言うけんど、男の方は母親目当てで祈祷を頼むでしょう。

 そのうち寺よりも客が押し寄せるようになっとりました。


 地主の親父さんに村の女が何とかしてけえろって言いに来たけんど、親父さんも男だけえ「知らねえ、お前っちらで何とかせえ」の一点張りでした。


 私はまだ子どもでしたし、あの念仏を聞くとどうにも頭が痛えから何とかしてほしかったんですが。

 それを勝四郎兄さんに言ったら、「おめえ、念仏が嫌か。悪霊みてえじゃんか」と細え声で笑われました。


 けんど、その夜、珍しく兄さんが布団から出て「豊雄、祈祷師んとこ行ぐせえ」って私を連れてったんです。

 月もねえ、枯れ枝が蜘蛛の巣みてえに広がるばっかの夜でした。


 外れに着くと、兄さんがちっけえ家の周りの旗だ鏡だのを全部ぼっ壊して、仰々しく焚いとった篝火を倒して火いつけました。月どころか日が出たみてえに明るくなりましま。


 兄さんが転がり出てきた親子に「今日のうちに出てけ」と言いました。

 そんとき、えれえ叫び声がしました。


 かがみっちょみてえに這って逃げる母親についていく息子が私らのことを睨みました。

 その目はまだ覚えとります。

 けんど、睨んだだけですけえ。誰も叫んどらん。叫んだのは私の瘤です。



 私の額の瘤はひとの面しとるだけじゃねえ。ひとみてえに叫ぶんですよお。

 嘘っこついてると思うでしょうけんど、ほんとです。

 兄さんに手引かれて帰る間、烏が鳴いて、瘤が叫んで額が裂けそうで、瘤の悲鳴か鳥の鳴き声がわからんままうちに着きました。



 小火の後、祈祷師がいねえって噂になりまして。女衆は死んだって、男衆は逃げたって、まちまちで。親父さんは何も言いませんでしたけ。


 兄さんは熱出して寝込んじまいました。

 真っ白い肌が火みてえに赤くなって、けんど、汗を拭いたり水を飲ませる私に言うんです。

「おめえもやっぱし神喰の男だんべ」って。


「おらがの先祖は昔、飢饉のとき、あっちかし村から祈りに来た巫女さんをぶっ殺して食っちまったんさ。へえから、俺らは神喰だ。そん時から、おらがは祟られて、化けもんみてえな男ばっか生まれるんだえ」

 何で私も神喰の男なんよと聞いたら、目えギラつかせて笑って、

「おめえ、あの家が燃えるの見て笑ってたじゃんか」


 私は笑っとりません。私の瘤はひと死にやよくねえことがあるたび、笑いとも泣きともつかん声で叫ぶんですけ。

 瘤が生まれ損ないの兄弟なら、あれも神喰の男なんでしょうか。



 それから二、三年か経って、おらがにある男子が来ました。年は私と同つかつ十四、五でした。

 えれえ綺麗な男でしたが、蛇みてえな目は確かに覚えとりました。


 私の額の瘤がまた泣き叫びました。

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