再現

結騎 了

#365日ショートショート 191

 希代のスーパーシェフ、鉄野てつの鬼助きすけが死んだ。

 財界人に愛された彼の伝説のレシピは、この世から失われてしまったのだろうか。否、それは一冊のノートとなり、自宅の金庫に保管されていた。発見したのは、息子である吉之助。父親とはそりが合わず、現在は大学で助教授として働いていた。

「どうかお父様のレシピを継がせてください。お願いします」

 吉之助の元には、連日このような申し出が相次いだ。あの鉄野鬼助のレシピを再び世に送り出したとなれば、そのシェフは瞬く間に世界から愛される。しかし、当の吉之助は浮かない顔をしていた。

「なにをそんなつらをしているんだ。レシピの件が煩わしいなら、いっそ売り飛ばしてしまえばいいだろう」

 そう投げかけたのは彼が所属する実験室の教授だった。

「それが教授、実はもう何人かのシェフに試しに調理してもらったのです。例のレシピの一部を見せて」

「ほう、それで」

「誰も父の味を再現できませんでした。私もレシピを見ましたが、特に難しい技術は求められません。調理器具だって、一般の家庭にあるもので十分です。それでも、どのシェフも父の味を出せなかった。なぜだと思います?」

 ふむ…… と考え込んだ後、教授は呟いた。

「なるほど。つまりみんな、君の父に恐縮してしまうんだろう」

「さすがです。まさにその通りで、どのシェフも緊張で手が震えていました。鉄野鬼助の名前を知らない料理人はいませんからね。あまりのプレッシャーに手元が狂ったり、あるいは、自分のオリジナリティを盛り込みたい欲に負けてしまうようです。ただ黙々とレシピに従えばいいだけなのに、それができない。心の弱さが炙り出されてしまう。料理人とは難儀な生き物ですね」

「それは、君の父があまりに偉大だったという証拠だよ。それで、どうするんだい」

 待ってましたと言わんばかりに、吉之助は微笑んだ。

「つい昨日のことです。完璧な父の味に会えました。その人物とタッグを組んで、このレシピを活用していこうと思っています」

「なんと!それはまた急展開だな。どこの有名シェフだい?」

「うちの学生です。料理界のことなんて全く知らない、実験一筋の理系大学生。彼にレシピを見せたら、黙々と再現してくれましたよ」

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