メッセージボトル - 2

 手紙を手に、僕は家に帰った。何も知らない父さんは、


「おかえり。どうだ、仲直りは出来たか」


 と、あえて軽く聞いてきた。僕は濡れた靴下を洗濯カゴに放り込んでから、父さんの隣に座った。その様子をみて、体ごとこちら向けてきた。


-…仲直り、出来なくなった。


「どうした。何があった」


-…帰っちゃった。とても遠いところに。もう会えない。


 涙で声が、後悔で心がぐしゃぐしゃになったまま、僕は話を続ける。父さんは、黙ったまま、僕の話に耳を傾けてくれている。


-僕、どうすれば良いんだろう。多分酷いこと言ったのに、もう二度と、謝ることすら出来ないんだ。それなのに彼女、手紙で僕に一方的にありがとうって、楽しかったって、ごめんとまで言ってくれたんだ。父さん、僕、どうすれば良いんだろう。


 嗚咽が入りまじる僕は、マトモに言葉を紡げた気がしない。でも父さんは、それで事態を理解してくれたらしい。言葉を慎重に選びながら、訥々と話してくれる。


「…信じるしか、ないんじゃないかな。生きていればいつか、きっと会えるって」


 きっと父さんは、どこか海外に引っ越したとか、それくらいにしか考えてないんだろう。そんな前提の言葉に聴こえて、僕は、とても、そう信じる気にはなれなかった。


 だって僕は地上で生きているけど、彼女は海中で暮らしているんだ。それが伝えられれば、どこまで分かってくれるだろうか。でも、やっぱり言えない。


-無理だよ、生きている世界が違いすぎるんだもん。


「それでも、だよ。信じるだけならタダだしな」


 父さんは、コップについだミルクコーヒーをあおる。呑気が過ぎる父さんに嫌気がさして、


-…彼女が、人魚だとしても?


 言った。言ってしまった。でも僕が言ったことはきっと、荒唐無稽に聞こえたに違いないと信じることにしよう。でも父さんは驚く様子を一切にも見せないまま、柔らかに微笑むように言う。


「もちろん。次に会う時は、きっと元の仲のいい友達どうしだ。言うまでもなく、お前は真っ先に謝らないといけないよ。五体を海に投じながらな。したら、助けられるついでに、触れ合えるかもしれないな」


 冗談を口にしながら、もう一杯ミルクコーヒーをあおる。もしかして、最初から分かってたのか、あるいは信じていないのか。どことなく悔しくて、精一杯にぶつけてみる。


-…信じてないでしょ。


「信じちゃダメな話だろう?ま、生きていればそんなこともあるさ」


 そう言ったっきり、父さんはテレビに視線を戻してしまった。父さんは、どこまで知っていて、どこまで分かっているのだろう。あるいは全部が見透かされてるような気もして、僕はとても不思議に思った。


 父さんはこちらに顔を向け直して、「他に言いたいことがあるなら聞くぞ?」と言ってくれたが、もう、ここから先は自分で処理するべきだと思った。大丈夫だと断りを入れてから僕は、手紙と共に部屋に戻った。


 次の日は土曜日だったので、また心置きなく休んだ。日曜には早朝から海岸清掃のボランティアが開かれると聞いたので、母さんと一緒に参加した。父さんは寝坊した。


 浜を見やると、ビニル袋やら、ペットボトルやらが大量に落ちていた。火ばさみでそれらを回収するうち、こんな海を「案外綺麗なのかもね」と言った彼女の顔を思い出していた。


 こんな海でも、綺麗だと言ってくれたのがなんだか虚しくて。次に開かれる時にもきっと参加して、もっと綺麗にしてやりたいと思った。


 そのほかにも、僕に出来る事はあるだろうか。海中のゴミを拾う方法とか、そもそもゴミを捨てさせないようにするとか。そうして僕の関心は、どんどんと海にひかれていった。


 その次の日から、ようやく学校に通うことが出来た。多少のざわめきがあったけれど、それも早々に落ち着いた。一部の友達を除けば、僕に対する関心はないようだ。


 帰りに、僕はまたあの浜に戻っていた。君がここに来ない以上、もう、ここに来る事もそうそうないだろう。


 中身の飲み干したペットボトルからラベルを剥がして、その中にノートの切れっ端に思いの丈を書き殴って放り込んだ。そしてそれを、海の遠くに遠くに着水するように、力一杯に投げつけた。潮流に乗って、沖に流れて、君の元まで届きますように。


 そこに何を書いたかは、墓まで持っていこう。またポイ捨てをするような事になってしまったけど、これくらいの大きさなら誤って飲み込む事はないだろうと信じたい。君の暮らすこの海を汚すようなことはもうしないから、今回だけは見逃して欲しい。お願いだ。


 さよなら。次に会うことはきっと、あってはいけない事かもしれないけど。それも赦されるような奇跡が起きたら、また会おう。

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波の寄せる浜で げっと @GETTOLE

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