メッセージボトル - 1
堤防の上を走る僕らは港を通り過ぎ、やがてあの浜の元まで戻ってきた。父さんは突然に車を止めて、僕に降りるように促した。
「行ってきな。思い立ったが吉日、だ」
そう言って父さんは、僕を置いて一足先に帰ってしまった。それを横目で見送って、そして広がる海を、浜を、正面に捉えて臨んだ。
君と出会った頃にはとても暑かった海風も、だいぶ涼しさを取り戻していて、季節は移ろったのだと思い知る。寒くなる前には沖に戻りたいって言っていたから、早ければこの時期かもしれない。もうちょっと遅いと信じたいけれど。
あんなに勇み奮っていた心も体も、いざ海を前にすると竦み上がって、一歩踏み出す勇気すら脅かされそう。でも、もう退いてもいられない。重たいのは、いつも一歩目だけだ。その一歩をむりやり踏みしめて、君と出会った浜へと進入した。
と言っても、まあ、君は居ない方が多かったわけで。今日の今日で、会えるとは思っていないけれど、あんなに勇んで進み来たのに、君の姿は見えなくて。僕は、ひとりでに肩透かしを食らった。
帰ろうと思ったその時に、ふと、波打ち際に瓶が落ちているのを発見した。近づいて見てみると、中に手紙が入っている。メッセージボトルだろうか。インターネットの成熟期に差し掛かっている今になって、どうしてメッセージボトルが落ちているのだろうか。興味本位で、拾い上げてみる。
幸いにも中身を取り出すのに苦労はしなかった。意外にあっさりと落ちてきた中身を読んでみる。
-拝啓、名前も聞き忘れちゃった君へ。
まず先に、二つほど謝らさせてください。
一つ。君の名前を聞き忘れてしまったこと。そのせいで、君のことを『君』としか呼ぶことが出来ません。
一つ。私が言ったことで君を怒らせちゃったまま、君と離れなくちゃならなくなったこと。ホントは仲直りしてからにしたかったけど、時間は私を待ってくれませんでした。ごめんなさい。
君とはじめて出会った時、私は、酷く君を怖がったのを覚えています。なにせ私は力が強いほうとは言えないし、怪我もしていたから自由が利くとは言い難くて。大昔には、私達の仲間が食べられたという話も聞いたことがあったので、ああ、私もそういう目に遭わされるのかなと、思っていたのです。
だから私は怖くてたまらなくて、もう、いっそ一切にも苦しまないように、一思いにやってくれと、内心、祈っていました。
でも、君は離れようとしました。あとになって、君は万が一、私が君を害するような人だったとしても、あるいは逆に君が私を害するような人だったとしても、互いに逃げやすい状況にしたかったんだと気付きました。
これは私の勘なので間違ってるかもだけど、その瞬間に、君はとても繊細で、心優しい人なんだと気付きました。
話が通じる。襲うような事はしない。たったこれだけのことが、どれほど嬉しかったか。新しい友達が出来た嬉しさも相まって、私は君にいろんなことを聞いたと思います。菓子パンのこととか、学校のこととか、スマホのこととか、君の友達のこととか。
聞いている限りだと、友達は多くなさそうですね。その人たちが真に信頼出来る人たちなら良かったのだろうけど、あんまり心を開いていなさそうでもあったので、私は少し心配です。私は大勢に集まって、ワイワイガヤガヤするのが好きだから、余計にそう考えるんでしょうけどね。
あと、あのスマホの事。私らの使うスマホは、君たちが使うスマホを参考に作られたらしいということを噂に聞いたことがあったので、似たようなものだろうと考えていたんです。ほとんどの人は、それを否定してくるのですが。
でも、君のスマホはあまりにも高機能で、君がそんなものを当然のように使いこなしているのがとても羨ましかったです。見聞きするほどに、とてもわくわくしていました。いつか、あんなに素敵なものが使える日が来たら良いな、なんて考えてしまいます。
一方で君も、私のことを色々聞いたと思います。家族の話とか、好きな食べ物の話とか。クラゲは本当に美味しくて、調子に乗って食べすぎて、お腹を壊すこともしばしばあったくらいです。君の口に合うかはわかりませんが、手に入ったらぜひ食べてみてください。
あ。それと最近、クラゲをまた食べました。君に話しているうち、またあの食感が忘れられなくなって。それに、あのクラゲっぽいのの正体と、クラゲとの違いはなんとなく分かるようになったので、次こそは間違えないっていう自信ができました。これは、君と出逢えたおかげかもしれません。
君と過ごしたこの夏は、とても有意義で、楽しい時間でした。叶うなら、ずっとこの近くで生活したいほどです。でも、私にはママがいて、弟がいて、妹がいます。ママを心配させ続けるわけにもいかないですし、弟妹たちの面倒もみてあげなければなりません。
君が私に会う度心配してくれたことですが、くれぐれも体は大事にしてください。それに、家族や、信頼出来る友達との時間も。君は繊細すぎるから難しいところもあるかもしれませんが、君に合う人達はきっといるはずだから。だからどうか、君は君のままで、君の良さを見失わないでください。
君は人を分け隔てなく愛せる博愛精神の持ち主で、そして、困った人に、見返りを求めることなく手を差し伸べられる、美しい心の持ち主なのだから。
さようなら。二度と会えることはないでしょうが、そんなことがあったら、どんなに素敵なことでしょう。じゃあね。
-この浜で出会った、君の友達より
僕は愕然とした。読み進めていく内に、視界が滲んで文字が見えなくなっていく。寄ってくる海岸線が、僕の靴にぶつかって跳ね上がる。
僕はとうとう堪えられなくなって、手紙を抱きかかえるように、その場に蹲って泣いた。声を上げて泣きたいのに、息も胸も苦し過ぎて、どれだけ絞り出しても出てきてはくれなかった。
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