第20話 トラベルガチャ




 我に返ったマコトがコートの胸ポケットから取り出したのは、モニター付きのだいぶ型遅れな機種だった。

 どのメーカーでも廃盤になった液晶タッチパネルをスライドさせて内容に目を通す。


 無人都市の電波塔は太陽光発電の予備電源に切り替わっているが、通信の動作はかなり重い。それでも何とか最後までメッセージを読み切り、興味深げにこちらを見ているアーティに問う。


「……ねぇアーティ。しばらくはあいつらに狙われるだろうから俺と一緒にいてもらうけど、それでいい?」

「もちろんです! ずーっと一緒にいますよ、先生!」

「よし、じゃあドイツに行こう」

「……はい?」


 そんな、近所のスーパーに買い物へ行くようなノリで言われても。

 山を切り崩して道を作るような相変わらずのマイペースさに、さすがのアーティもじとりと目を細める。


「先生、ここトーキョーですけど……」

「物理的な距離はあんまり関係ないよ」


 そう言うとマコトは、ベルトに繋いでいた鍵束をおもむろに取り出す。

 パリからトーキョーまでを一瞬で繋いだ謎アイテムだ。


「その鍵って何なんですか?」

「えー……?」


 説明を求められた途端に面倒くさそうな声が漏れる。

 彼の超要約的な話をどうにか噛み砕いたところ、から譲り受けたそれは『魔法の鍵』らしい。

 わからん。アーティは頭を抱えた。


「身体を微粒子化? して、磁場を利用した位置特定を……なんか、そういうやつ」


 一応ロジックはあるらしい。が、本人もよく理解していない。

 必要ないと判断した物事にとことん興味を示さないのは、永く生きすぎた男の悪癖あくへきだ。


(まぁ、実際トーキョーまで来ちゃってるし。近未来技術っぽい何かってことにしておこう……)


 アーティはマイペースな師匠からの解説を早々に諦めた。

 とにかく、鍵を使えばその辺のドアから元々設定してある地点のドアへ飛べるらしい。乗り物酔いを極めし男が日本からパリへ生きたまま移動できたのも、その恩恵だ。『ど〇でもドア』という単語がアーティの脳裏を過る。


「ところで、どうしてドイツへ? 今ヨーロッパに戻るのは危ないんじゃ……」

「あの組織は世界中に支部があるから、どこに逃げても危険度は一緒だよ。それよりもの仕事が優先」


 マコトは意味深に、首からぶら下げた例のレンズフィルターを手に取る。


 デイドリーマーズ関連の写真を撮ること、それが彼の本来の仕事だ。依頼主はワケありばかりで闇稼業も同然。

 そんな異色な仕事が頻発するはずもなく、マコトがほぼ毎日を自宅警備に費やしていたのもうなずけた。


「大丈夫。アーティのことは俺が絶対に守るから」

「せ、せんせぇ~……!」


 まるでプロのニートのようにダラダラと惰性的に生活していた彼から、こんな心強い言葉が聞けるなんて。アーティは素直に感動した。『もしかしなくても、私がヒロイン!?』と脳内妄想が高ぶる。

 その間にもニート疑惑が晴れたマコトは「ベルリンってどれだっけ……?」とぼやきながら鍵束を漁った。


「それでそれで!? どんな依頼なんです?」

「ウエディングフォト。地元のプライベートビーチでひっそりと撮影したいんだって」

「わぁ~っステキ! 私、花嫁さん見るの初めてです!」

「俺も婿は初めてだなぁ」

「……なんて?」


 とんでもないことをさらっと説明された気がする。花婿が、何だって?


 アーティが問い詰めようとした時、二人が登ってきた階段からタマキが現れた。

 小型犬に近い大柄な体躯をのっしのっしと揺らし、マコトの足下にすり寄る。


「うみゃお」

「は? ご飯? さっきデメキン食っただろ。今ちょっと忙しい……」

「ンナァア゛!?」


 ふわふわな尻尾を地面にぺしぺしと叩きつけて、怒っている。

 普通に猫と会話できていることも花婿の話も、もうキリがないので突っ込まないようにしよう。凄まじい順応性を備えた弟子はそう決めた。


「たぶんこれかなぁ」


 琥珀色の石が嵌め込まれた銀の鍵を持って向かったのは、すたれた公衆トイレ。隅には風で飛んできた枯葉やゴミが溜まっている。


(適当なドアって、トイレでもいいんだ……)


 概念ガバガバだなとアーティが密かに思っていると「押すタイプのドアからしか飛べないのが難点なんだよね」と、よくわからないデメリットを説明された。


 扉に向かって鍵をかざすと、何もない空間に光る鍵穴が出現した。

 電子回路のような模様を描くそれに鍵を差し込んで開錠する。

 そしてトイレのドアを開けた先に広がっていたのは――。


「間違った」


 扉の先には便器ではなく、雄大な自然を背に巨大なモアイ像が並んでいた。

 どうやらイースター島らしい。マコトは一度ドアを閉める。


 その次はカナダ、南アフリカ、オーストラリアと続き、5本目でようやくドイツはベルリンを引き当てた。

 左手にはかの有名なブランデンブルク門 がそびえ立つ。すぐ近くの観光案内所のドアへ繋がっていたようだ。


 ソシャゲのガチャじゃないんだから、ネームプレートでもつけた方がいいのでは。

 そんな感想を抱きながら、アーティはマコトの後を追う。

 かくして、二人と一匹は公衆トイレから無事に不法入国を果たしたのだった。




 目指すはベルリンから北へ約300キロ。本土とリューゲン島を結ぶ大橋からさらに北東へ進んだ街、ビンツ。


 美しい海岸線が見渡せる街に、不可視の怪物にめとられた花嫁が暮らしている――。



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