第15話 欧州監視哨




「んで、研究班のミスで麦畑の怪物が地下施設から脱走! 腹を空かせて逃げた先のパリで爆食! 生態系破壊しまくっちゃいました~!」

「フィリップさん、ちょっと黙ってください」

「え~、ヤダヤダ! デキる部下の珍しい失態を事細かに暴露したいっ!」


 場所はミュンヘン。

 とある建物内の薄暗い一室に、複数の立ち姿がホログラム映像で浮かび上がる。


 ヨーロッパのウォッチャーたちがつどったリモート会議の最中に、両手を顎に添え身体をくねらせる細身の男がいた。


 彼はヴィジブル・コンダクターのドイツ支部長、フィリップ・ライザー。

 紺色の髪をサイドで編み込み、後ろで一まとめにしている。細身だがやたらと背が高い。190㎝以上はあるだろうか。

 シルバーのハーフフレーム眼鏡が真面目な第一印象を与えるが、それは詐欺に近い。実際は先の通りだ。


『ライザー支部長、カタリナがエネミーアイズのデータベースに不正アクセスをしている件については?』


 一人のホログラムから、抑揚のない機械的な音声が投げかけられた。これは合成音声再生の技術的問題ではなく、本人の個性によるものだ。


「自分が指示しました、フランチェスカ統括。始末書は今朝送信済みです」

「すみませんねぇ、ユーリはそういう危険を冒したいお年頃なんですよ。若気の至りってやつです」

「あんたは本当に黙ってくれ」


 フォローするどころか煽っていくスタイルの上司に、ユリウスは古傷が残る額に青筋を浮かべながら牙を剥く。日頃から色々と気苦労が絶えないようだ。


 合成音声の主は統括官フランチェスカ。

 ヨーロッパ各支部のウォッチャーが名を連ねる欧州監視哨おうしゅうかんししょう、その最高責任者である。年齢性別共に不詳の、謎多き人物だ。

 顔の上半分を真珠のような光沢を放つ仮面で隠しているせいもあり、「ヒューマノイドなのでは?」などという安易に否定できない噂もある。


 そこへ新たなログイン通知が鳴り響く。


『ボンジュール! ごめんなさいね、間抜けなワンコの尻ぬぐいのせいで遅れちゃったわ』


 ホログラムで再現されたのは、緩くカールした銀髪が特徴的な美女。

 なめらかなラインを描く身体は蠱惑的こわくてきに見えるが、軽い下心で触れてはいけない。不躾な男は漏れなく蜂の巣にされる。傲慢にも聞こえる口調は自信の表れだ。


 彼女はフランス支部のクロエ・デュ・ノエル。

 ヨーロッパ所属のウォッチャーの中で討伐数第2位を誇る、指折りの精鋭だ。ちなみに1位はドイツの忠犬ユリウス。

 自尊心の強い彼女は、目の上のたんこぶであるユリウスに絶えず対抗心を燃やしている。


『パリのデイドリーマーズには、自然死で食事をまかなえるほど数を減らしてもらわねばなりません。引き続き掃討をお願いします、ノエル』

『もちろん、フランチェスカ様の命であれば。でもせっかく名誉挽回のためにパリへ招いてあげたのに、この体たらく……。ワンコ、腕が落ちたんじゃない?』


 精巧なホログラムがユリウスをじとりと睨む。ウォッチャーの番付にあまり意味がないと思っている彼は、何かと突っかかってくるプライドの高いクロエが率直に苦手だ。


 そこへ上司面をしたフィリップが「まぁまぁ」と間に入る。

 謎に得意げな男を前にして、クロエは美しい顔をあからさまに歪めた。


「クロエちゃん、めんごめんご! 今度おいしい腸詰め送るから許して~」

『アンタの脳みそを腸詰めにしてやろうかフィリップぅ! 相変わらず腹立たしい顔ね! 謝るくらいなら応援の一人や二人よこしたらどうなの!?』

「だってパリを守るのは欧州監視哨おうしゅうかんししょうが誇るシルバーガトリング・クロエ様じゃん。ドイツボクらが足引っ張るのも申し訳ないし~」

『……ふんっ。わかっているならいいのよ、エセ眼鏡』

(あいかわらずチョロいな、クロエは……)


 彼女の癇癪かんしゃくは面倒なので適当に流しておきたいというのが、ユリウスの本音だ。これ以上噛みつかれないよう言葉にはしなかったが。


 とにかく、これでヨーロッパ27カ国を守る欧州監視哨おうしゅうかんししょうの全9支部、その代表が一同に集った。

 20人弱の顔ぶれをホログラムの中心で見渡したフランチェスカは、相変わらず感情の乗らない平坦な声で告げる。


『さて、やっと全員揃いましたね。オルブライト、さっそく新規のエネミーアイズと思わしき男について報告してください』

「はい」


 ユリウスは指示に従い、二枚の空間ディスプレイを表示させる。そこに映るのは一人の青年と肥満気味な猫。

 猫はともかく、オッドアイの東洋人に鋭い視線が集まった。



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