第16話 エネミーアイズ




 不可視インヴィジブル状態のデイドリーマーズの視認と接触。その両方が可能な存在をエネミーアイズと言う。不老不死の能力も特徴の一つだ。


 イレギュラーな存在である彼らは、未だ謎多きデイドリーマーズの情報を独自に保持している。

 それは真昼の悪夢に苛まれる人類にとって希望であり、宝そのもの。


 しかし、宝はヴィジブル・コンダクターへ開示されることはなかった。理由は定かではない。

 彼らは追跡の手を逃れ、今もこの世界のどこかに息づきながら徹底的に黙秘を続けている。

 無知は罪ではないが、知識の独占は大罪だ。そのため人類の敵、エネミーアイズと呼称される。


 待ち焦がれた情報源に参加者がざわつく中、クロエが秀麗な眉根をつり上げて口を開いた。


『まぁまぁイイ男ね。でも何よこれ、ファーストネーム以外ほとんどアンノウンじゃない』

「対象のロットナンバーは不明。入出国履歴も確認できなかった。どうやってパリへ足を踏み入れたのか、その目的も。居住していたアパルトマンも既にもぬけの殻だ。カタリナが引き続き調査しているが、あまりに情報が少なすぎる」

『ちょっと、ちゃんと本腰入れて調べてるの? あんたのところのジャンク品、まさかさぼってるんじゃないでしょうね?』


 まっさらな調査結果に高飛車なパリジェンヌが大きな棘を刺す。

 当然の指摘だが、バディへの侮辱的な蔑称べっしょうは無視できない。それまで冷静だったユリウスの眉間に一筋の深い皺が寄る。


 険悪な空気が流れたその時。

 不遜な微笑みを浮かべるクロエの背後から、子ども特有のソプラノボイスが収音された。


『姉様、カタリナは僕の友人です。同胞に最低限の敬意すら払えない狭量きょうりょうな姉様は、嫌いです』


 傲慢な態度を内側から爆散させるほどの威力を放つ声に、クロエは血相を変えてガタガタと震え出す。

 エリートのプライドは跡形もなく消え去り、ツンとつり上がったゴールデンアイには涙が浮かぶ。


『はわ、はわわわわわっ! ミシェル、お姉ちゃんが間違っていたわ! だから嫌いだなんて言わないで、お願いよぉお!』


 妙齢の美女は十歳そこそこの姿をした少年にすがりついた。

 彼は姉と同じ銀髪だが、その性格を表すようにサラリと癖がない。幼い輪郭に不釣り合いな両目一体型のサイバーサングラスが、嫌に目立つ。


 クロエのバディであり実弟のミシェルは、姉よりもだいぶ落ち着いた声で『どうぞ、続けて下さい』と話を戻した。

 姉がアクセルなら弟はブレーキのようなノエル姉弟に辟易へきえきとしながらも、ユリウスの報告は続く。


「現場からはリアライズ前のデイドリーマーズが死骸で発見された。カタリナが討伐した摂食種イートの親玉だろう。このデブ猫がほとんど食い潰していたが……」


 空撮用のドローンにわざと寄り目&舌出しの変顔をする狡猾こうかつな暴食猫。アレルギー持ちのユリウスとはどう転がっても相容れない存在だ。「今度会ったら容赦なくペットキャリーにぶち込む」と、密かに闘志を燃やす。


「そして男の写真解析で引っかかった最古の記録が、これだ」


 追加表示されたのは一枚のモノクロ写真。銃を持った現地住民と支援団体の数人が肩を組んで微笑んでいる。


「1960年代、ベトナム戦争中に撮られた一枚だ。画像処理をした右端に注目してくれ」


 最新技術によって解像度の向上したカラー写真に切り替わる。

 ユリウスが指差す先に、簡易テントの前で現地の子どもと話す一人の青年がいた。

 偶然映り込んでしまった80年前の写真の中で、彼は今と変わらぬ美しい風貌で微笑んでいる。


「精神体のデイドリーマーズと接触ができ、かつ不老不死の可能性があること。この二点から我々が長らく求めていた新規のエネミーアイズと推定。捕縛のためにヨーロッパ全域に包囲網を敷くことを進言する。報告は以上だ」


 この果報に、ホログラムのウォッチャーたちは一気にざわついた。


 ヴィジブル・コンダクターが組成された200年の間に確認されたエネミーアイズは5人。その都度大規模な捕獲作戦が敢行されたが、不死の力と類稀たぐいまれな身体能力により、いずれも失敗に終わっている。


 彼らは人類の敵であり、同時に情報と言う名の宝でもある。簡単に手に入らない物ほど欲するのが人間だ。鈍い光を放つウォッチャーたちの視線が、青年の写真を串刺しにする。

 それは普段から機械的な冷たさを持つ統括官も同様だった。


リアライズ理解が具現化の鍵となるならば、我々はまず相手を知らなければなりません。そのためにはエネミーアイズの持つ知識が必要です。この件はアメリカ本部と他地域の監視哨かんししょうにも共有しますが、彼らを捕らえるのは我々です。努々ゆめゆめ先を越されてはいけませんよ』


 口調こそ平坦だが、フランチェスカの言葉には有無を言わさぬ圧力が込められている。

 個性の塊であるヨーロッパのウォッチャーたちをまとめ上げる長の指示に、各国の代表は生唾を飲み込んで力強く返事をした。


 そこへ、ユリウスはもう一面のディスプレイを表示させる。



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