怪物の花嫁

第14話 偏食種・グルメ




 麦畑の怪物が最初に確認されたのは、ドイツ西部のリッタースハウゼンという長閑のどかな町だった。


 町から続く廃線跡を辿たどった先に広がる麦畑。

 黄金色こがねいろに輝く収穫期には、手伝いをする子どもたちの姿があちこちで見られる。

 しかし仕事もそこそこに、彼らは友人と遊びはじめた。よくある光景なので、大人たちは気にも留めなかったと言う。


 子どもの背ならすっぽり隠せそうなほど茂った黄金の麦隴ばくろうを、少年少女が駆ける。


 一人の少女が、麦畑の中に咲いた矢車菊やぐるまぎくの一帯を見つけた。青、白、紫。色とりどりの花が風に揺れる。手入れをおこたった畑に群生する、いわゆる雑草だ。だが、幼く純粋な目には美しい光景に映った。


 少女は母親へ花冠を作ろうと、矢車菊を摘んだ。

 慣れた手つきで次々と編み込み、それを持って母親の元へ駆け出そうとしたのだろう。後ろから頭を落された死体は、うつ伏せの状態で発見された。



 ドイツには古くから『麦婆むぎばあさん』と呼ばれる怪異が存在する。麦畑で遊ぶ子どもを頭から食ってしまうらしい。

 重機が行き来する畑に子どもたちが入らないようにするための、よくある作り話だ。



 ――麦畑で遊ぶと、麦婆さんに食べられてしまうよ。



 世界中で報告が上がる心霊現象や伝承、UMA的存在のほとんどは、デイドリーマーズに帰結する。

 この怪異の正体こそ、麦畑の怪物だったのだ。


 町外れにあるゴミ屋敷から、気狂いした実行犯の首つり死体が見つかった。

 実体を持たない怪物は、自らの手で人間を殺すことができない。どうやらうつ病を患う女の夢見に現れ、麦畑で遊ぶ子どもの頭をなたねるようそそのかしたらしい。


 デイドリーマーズ対策の専門組織であるヴィジブル・コンダクターは、麦畑の怪物を子どもの魂を好む偏食種グルメと断定。


 偏食種グルメとは、デイドリーマーズの中でも食に快楽を見出す奇行タイプのことを言う。天寿の自然循環を破壊する、悪食あくじきの災厄だ。

 魂には、味があるらしい。処女、胎児、苦悩で自死した物書き、恋愛に狂った男女など、特定の条件下の人間を意図的に殺害してその魂を食らう。



 麦畑の怪物を討伐対象と認定した組織は、ドイツ支部からユリウス・オルブライトとカタリナを派遣した。

 彼らの働きにより災厄の偏食種グルメは捕縛され、町には平穏が戻ったのだが……――。






 リッタースハウゼンから南東へ500キロ離れた南ドイツの大都市、ミュンヘン。その地下深くには、ドイツ全土から集められた怪物たちの呻き声が響く。


 情報転写式具現装置リアライズは、実体を持たないデイドリーマーズを擬似的に具現化するシステムだ。データとして入力する仮の器の完成度が、討伐の成否を左右する。


 偏食のせいで既存のデータを流用できず、しかも総じて個体能力が高い厄介な存在、偏食種グルメ――。彼らの器を作ることは困難を極めた。


 殺しきれなかった悪食たちを収容する地下施設では、データ収集のための研究が今も密かに行われている。



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