第8話
「また会ったな……勇者たちよ」
姫さまが、まだすこし苦しそうだが威厳のある声でつげた。
そうか、こいつらが……。
人の子にけがをさせたのを、勇者にかくせなくなる。姫さまのやくそくに障らなければいいが……!
ハーフエルフのアーチャーはおれからはなれた。
「その傷、あいつらにやられたのね」
女戦士がアーチャーにこえをかける。
「おれがやりかえしたんだ……そいつが先にしかけてきたんだ。姫さまはやくそくを守ったぞ!」
おれは地にささった矢をゆびさした。
「姫さまの傷と、あの矢がしょうこだ」
勇者たちはざわついた。
ハーフエルフにエルフが何かみみうちした。
「おまえら、だましたな!」
守るほうがむずかしい約束を姫さまにさせ、わなにかけた……おれにはそうおもえてならなかった。
「それは違うよ。あたしの独断だ。みんなとお姫さんに会いたくなくて、森で一人で過ごしてたんだ。そのとき見つけちまって、憎しみを抑えきれなかった……。仲間と呼ばれなくなるのも、覚悟してた……」
勇者はひどくかなしいかおをした。
「アーチャー、君を見捨てはしないよ。そんなことするわけない。けど……」
まるでひとりごとのように、しかしおれたちにもきこえるように、勇者はかたる。
「魔王一族に恨みがあるのは彼女だけではない。生き残りがいる限りこうした争いが起こるのか……。先に帰った魔術師の爺さんには、見せられないな」
とつぜん姫さまが叫んだ。
「おまえ……体が……!」
おれのからだが、矢の刺さったあたりから少しずつ灰にかわり、風にちらされつつある。
「お姫さん……本当にごめん……あんたのナイトはもうすぐいなくなる。あたしの矢には聖なる力を付与してあったんだ。持ち主は聖人でもなんでもないのにね」
「そんな……」
「ねえ、本当に私たちと共に、祈りに生きる望みはありませんの? 誰もが信仰で結ばれた友となりうるのです。アーチャーも同じ女子修道院に入る予定ですが……怨恨もまた乗り越えるべき試練と申せましょう」
おれはよろいごとドサリとじめんにくずれおちた。もうすぐほんとうに死ぬ。すると姫さまは女の園にいられるようになるのだ。
だがアーチャーはあきらかに気まずそうにまゆをひそめている。
「是非もない。私は私を憎む者と争いながらしか生きられないのだな……。だが、貴様らの手には掛からぬ」
姫さまは首だけになったおれをかかえ、のこった装備品から剣を引き抜いた。
「もはや、こうするしかないのだ。邪魔立てするな」
かなしい。
姫さまを生き延びさせることはできないのか。
姫さまはおれの剣で勇者たちを牽制しながら、がけのうえにあるいてゆく。
「見て。この鎧にも花の紋章が……」
女戦士のこえがとおくきこえた。
やがておれの耳もとに、姫さまのうつくしい声がながれこんできた。
「外に出られて面白かったわ。あなたのおかげよ。いままでありがとう」
姫さまのうでにぎゅっとつつみこまれ、なにもみえなくなった。かなしいのに、おれはとてもしあわせだ。
跳躍する姫さまのあしおとがして、おれたちはおちてゆく。
姫さまも、おれも、このよからいなくなる。
バサッ
ふいに風向きがかわる。
姫さまはおれを持ちかえ、そのおすがたがみえるようにしてくださった。
「私、翼が生えた!」
それは鮮やかにおれのこころにきざみつけられた。
魔王さまゆずりのつばさで、姫さまはちからづよく飛んでいる。
そしてまた、姫さまはおれを向かい風からかばうようにつつみこんだ。
いしきがうすれてゆく。
あのよはほんとうにあるのだろうか?
それはわからない。
おれはすべて消えてしまっても、姫さまと、どこまでも飛んでゆけるきがするのだ。
(完)
最期の忠義 蘭野 裕 @yuu_caprice
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