第14話

       ◆


 期末試験が終わったその放課後、僕がさすがに疲れてログアウトしようとすると、俊範が近づいてきた。

 ただアバターが近づいてくるだけのはずなのに、逃がさないぞ、という意思が感じ取れたので、僕は足を止めて待っていた。

「夏休み、どう過ごす?」

 彼が歩みを止めないので、僕はそれについていった。二人で自然と談話室へ向かう。

 この学校の生徒はリアルでメールしたり電話したりすればいいものを、自然と談話室で話をするような傾向がある。

 俊範の話は歩きながら始まった。

「森川に会いに行こうと思うんだけど、お前、どうする?」

「例の恋愛感情云々に関係するなら、僕は遠くから見守っているから、自由にやってよ」

「彼女が替え玉を使っているか、それを知りに行くんだよ」

「だったら余計に嫌だ」

「そう言うな、住所を聞き出したのはお前、つまり共犯だ」

 廊下で足を止めて、じっと俊範をを見た。彼が居心地悪そうに、わずかにアバターの首をひねった。

「そう睨むなよ。ちょっとしたイタズラさ。森川も特に気にしないだろう」

「気にしないか、本人に聞いた?」

「本人に話したら、きっと断られる。それでも押しかけたら、それは迷惑行為だろ」

 現時点での計画でも、迷惑行為に変わりはない。

「僕は行かない。興味もない」

「逃げるのか?」

「逃げるわけじゃない。正確に判断して、立ち位置を調整しているだけ。内藤らしくないな、何をそんなに熱くなっているわけ?」

「気になるんだよ。落ち着かない」

 何故、気になるのか。何故、落ち着かないのか。俊範には答えようがないんだろう。

 本来的な気質、個性のようなものが今、俊範を動かしているようだった。

「とにかく、僕は行かない」

 そう僕は突っぱねた。俊範も深追いしなかった。しなかったけど、後ろから付いてくるアバターからは、正体不明の圧力が感じられ、それは第六感に近いものかもしれない。

 談話室で席について、しかし俊範は無言。そう、彼は僕に雛子に関する提案をしたいのであって、もう彼の話は終わっているのだ。ここまでついてきたのは、僕を説き伏せるため、宗旨替えさせるつもりかもしれなかった。

 僕は黙っていた。その様子はほとんど俊範を無視しているに等しかった。

 一方の俊範だって、僕の意思を無視して、無理やりに引きずり込もうとここに居座っているのだから、同じようなもの。

 でも結局、俊範は「考えておいてくれ」と席を立って行った。

 それを見送ると、談話室に入ってくる雛子が見えた。ちょうど俊範とすれ違い、二人が言葉を交わしたようだけど、ここまでは聞こえてこない。

 雛子が僕の前に座った。

「何の話をしていたの? 内藤くんがこんな早くに帰るなんて、珍しい」

「テストで疲れたんじゃないの? 僕も疲れた」

 そうだねぇ、と雛子のアバターが微笑んでいる。

 この時の僕はどうかしていたのだろう。

 なぜなら、俊範の計画を暴露したも同然のことを口走ったのだから。

「夏休みに、三人で現実で会わない?」

 雛子はすぐに反応しなかった。

「私、あまりそういうのは、気乗りしないかな」

「どうして?」

「外見にあまり自信がなくて。だから修学旅行の時も、熱が出ちゃったのかも。怖くて、不安で、それで」

「別に僕も内藤も、何も思わないと思うよ」

 僕の言葉はできる限りの軽い調子、なんでもない言葉のように発音したけど、雛子はすぐに答えなかった。

「二人を信用していないわけじゃないけど、ちょっと……」

「そうか」

 ここに至って、この話題を切り出したものの、どこに落ち着ければいいか、それがわからない僕だった。

「いや、忘れて。興味本位っていうわけじゃなくて、夏休みの思い出作り、っていう程度だから」

「ごめんね。修学旅行に行けたら、また違ったんだろうけど」

「本当に、気にしないで。僕の方から内藤には伝えておく。森川さんに悪いようにはしない」

 自分で言っておきながら、本当に僕が雛子のためになる働きかけを俊範にできるか、その自信は少しもなかった。すでに俊範は僕では止められないほどの行動力を見せている。

 この後、しばらく僕は雛子と話していた。

 全く自然な会話だ。僕が知っている森川雛子そのものである。

 それを俊範は、別人だと、森川雛子本人ではないという。

 僕にはそうとは思えなかった。何も不思議なところ、疑うところはない。こうして話していて感じるのは、楽しさであり、穏やかな空気だった。森川雛子の人間性が表に出た、独特の雰囲気が広がってる。

 俊範は何を気にしているのだろう。馬鹿馬鹿しい。そう思ったりもする。

 雛子が笑い声をあげる。何でもない会話の一場面だ。

 間違いなく彼女は笑った。

 僕も笑っていた。

 それでいいじゃないか。



(続く)

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