第12話
◆
グループ行動は、結局、適当なグループにくっついて参加した。
予定していた場所にはほとんど行けなかったけど、僕も俊範も、それを悔やんだり、あるいは怒りを覚えることはなかった。
それよりも森川雛子のことだった。
宿の部屋は元から二人部屋、自然と僕と俊範である。
風呂に入って、僕が髪の毛をドライヤーで乾かしている間、俊範は持参したゴーグルで目元を覆ってベッドに腰かけていた。ドライヤーの音は聞こえたはずだけど、彼はキャップを右手だけにつけ、何かをしきりに操作している。
「風呂、空いているよ」
声をかけると、ああ、と返事があった。そしてこちらを振り返って、ゴーグルを額の方へ押し上げた。
「雛子と音声通話できるけど、お前も参加するか、上村」
「音声通話って、アカウントはどうやって調べたわけ?」
「俺には俺のツテがあるってこと。そこの端末を使おう。スピーカー代わりに」
部屋には備え付けでテレビがあった。
俊範はあっという間にゴーグルとテレビを接続した。ゴーグルに映っているだろう映像がテレビにも表示され、俊範の指のキャップによる操作で、呼び出しが始まる。
テレビのスピーカーから呼び出し音。
しかし出ない。
「夜遅すぎるんじゃないかな」
僕は無意識に時計を探していた。壁を探し、そうか、ここは家ではない。視線が少しさまよい、テレビの画面の隅に表示されている数列に気づいた。
二十一時四十二分。
やっぱり遅いだろう。
まだ呼び出し音は続いてる。
「諦めよう。もう寝ているよ」
そう僕が言った時、呼び出し音は途切れ、すぐに回線が切れてしまった。
思わず僕と俊範が視線を交わした理由は、メッセージを残すか確認する音声が流れずに、切れたことだった。
意図的に切られた、のだろうか。
あるいは雛子は電話に出ようとして、しかし何らかの操作ミスで切ってしまった?
俊範はもう一度、かけようと指を動かし始め、僕は反射的に俊範の手首を掴んでいた。
ここはVR空間ではない。暴力行為の警告もでない。
何より、僕が掴んだのは生身の人の腕だった。
自分から掴んでおきながら、反射的に手を離していた。
俊範は俊範で驚いたようだけど、何も言わずに指を動かした。
再び呼び出し音が鳴る。
一度、二度、三度。
途切れる。
「もしもし?」
その声を聞いた時、僕は思わず溜息を吐いていた。
森川雛子の、聞き慣れた声だった。
「こっち、内藤と上村」
そう俊範が切り出す。
「修学旅行のホテルだよ。急に休みになって、その、驚いた」
雛子が姿こそ見えないが、申し訳なさそうに答える。
「ごめんね、昨日の夜から急に熱が出て、それでやめたほうがいいかな、って話になっちゃったの。前日のうちに連絡できれば良かったんだけど」
その雛子の説明に、僕は安堵していた。
そう、よくあることだ。世の中では修学旅行や、大事な試験の当日になって体調を崩す奴が、数え切れないほどいるんだ。
それから俊範が雛子に「お大事に。こっちはこっちで楽しむよ」などと声をかけ、僕も似たようなことを言った。こういうとき、何を言うべきかは、僕の経験の中ではデータが不足しすぎている。
通話が切れ、僕がほっと息を吐く横で、俊範が顎に触りながらじっとテレビを見ている。テレビのモニターは、ゴーグルの待機モードのそれに変わっていた。
沈黙の後、俊範が「どう思う?」と聞いてきたのには、本当に驚いた。
「どう思うも何も、森川さんはきっと風邪だし、何も思うところはないよ」
「本当かな」
僕もここに至って、この友人がかなり疑りぶかく、そうせざるをえない経験を経てここにいるとわかってきた。
でもそれは個性の一部だし、その一点だけで内藤俊範という人物を評価する気には、僕はなれなかった。むしろこういう人間味こそが、僕には大切にすら思える。
「本当だということにしておこう。すでに首を突っ込みすぎているし、これ以上はやりすぎだ」
「俺はすでにやりすぎだという自覚があって、それならいっそ、行けるところまで行こう、と思っている。そう言ったらどうする?」
「それは内藤の自由。僕は僕で、やりたいようにやる」
「例えばそれは、俺を力づくで止めるとか、森川に告げ口するとか、そういうことか?」
いいや、と応じた時の僕は、果たしてどんな顔をしていただろう。
アバターではない、僕の実際の顔は。
「僕は何もしない。黙っているよ」
「安全地帯から見物しよう、っていう魂胆か」
「きみが危なくなったら、助ける気ではいる。それは森川さんが危なくなっても同じだけど」
かっこつけだよなぁ、というのがこの時の俊範の返事だった。
彼はテレビの電源を落として風呂に向かい、僕は部屋で一人でラジオを聞いていた。今時、部屋にラジオを置く理由がわからないが、インテリアか、もしくはもっと直接に、台を兼ねているんだろう。実際、そのラジオの上に間接照明が載っていた。
風呂から出てきた俊範が、地方局のテレビでも見ておけよ、と笑ってテレビの電源をつける。
僕は雑音がひどくなったのでラジオの電源を切り、自分のベッドに腰かけてテレビのチャンネルを変えていく俊範を眺めた。
自分が何を考えているのか、自分自身でもわからなかった。
僕は彼に、森川雛子を探ることを代行させているのだろうか。本当は僕も真相を求めていて、しかし善人ぶって動こうとせず、代わりに俊範を動かしているのか。
止めようと思えば今、強く、止めることができるはずだ。
でも僕はそれをしない。
僕自身が何を望んでいるのか、僕にはわからなかった。
俊範がテレビの話をしてこちらを見る。僕も笑みを見せて、自然なそぶりでテレビに集中した。でも本当に自然なそぶりだったかは、僕にはやはりわからない。
VR空間ではそんなものは滅多に求められない。
現実はあまりにも微細な要素が多すぎる。
でも人間はその現実から、完全に分離することはありえないのだ。
おそらく。
きっと未来永劫。
(続く)
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