第11話
◆
修学旅行は全国各地から生徒が集合していくので、最初に行われるのが徐々に集団が大きくなる過程だった。
バスが何台も動員されて、最初はクラスが混ざっていたのが、段階を経て席が埋まっていき、最終的には一クラスが一台のバスに揃う。
僕は乗り換えて二度目で、俊範と対面した。
バスに乗り込んだ僕が席の番号を見ていくと、ひときわ鋭い視線をこちらに向けている男子がいる。服装は古着で揃えたような感じで、馴染んでいるけど、やや主張が強かった。
僕の服装はといえば、量販店で買った安物で揃えていた。
彼の視線と僕の視線がぶつかり、どちらからともなく声が出た。
「上村?」
「内藤?」
その言葉が交錯しただけで、僕たちはまるで数年来の友人同士のように、表情を崩していた。
俊範の隣の席に座ると、彼がすぐにガムを差し出してきた。
「ありがとう」
「VRだとガムは噛めない。現実で噛んでいても、ゴーグルの感度の高いマイクが音を拾っちまう」
「ガムを噛みながら授業を受けようと思ったことはなかったな」
「真面目な上村らしい回答だ」
きみもきみらしい言葉だよ、とやり返そうと思ったけど、それはできなかった。
ここはVR空間ではなく、現実だった。
普段はもう少し回りそうな舌が、少しだけぎこちない。
「森川さんは最後で合流だって言ってたよね」
そう確認すると、俊範がちょっと口元を歪める。
「そう言っていたな。焦れったいとはこのことだ」
俊範としては自分の中にある疑惑を早々に手放してしまいたいのだろう。その点では僕も同じだった。
さっさと楽になりたい、という気持ちは短い人生で何度か経験したけど、その度にもう二度と感じたくない、と思うものの、それはまたやってくるのが常だった。
でも今回の件、森川雛子の一件は、これで終わりだろう。
バスは高速道路をひたすら走っていく。電気自動車なので不自然なほど静かだった。車内では会話がそこここで交わされ、僕と俊範もしばらく話し込んだ。学校の授業のことや、学校の仕組みのことを話して、次にはそれぞれのプライベートの当たり障りのないところを情報交換した。
僕は自分が一年浪人して、今年には十七歳になることを告げた。
「俺はそのまま奈津に入ったけど、まぁ、この学校は年齢は幅広そうだな」
それが俊範の返答で、どうして僕が浪人したのか、なぜ奈津を選んだのか、そんなことには触れなかった。そこが僕の嫌がる領域だと察する力が、俊範にはちゃんとあると僕は解釈した。
そんな彼が雛子について必死になる理由は、きっと俊範の中にある触れて欲しくない領域だろうと、僕は遠慮した。
バスはやがてサービスエリアで停車し、トイレ休憩の後、最後の生徒の整理が行われた。ここでバスにクラスが集合する。僕と俊範は揃ってバスを降り、別のバスに乗り換えた。
乗り込んでみると、もうクラスメイト同士で盛り上がっていて、僕や俊範もそれに加わった。
お前、こんな顔しているのか。結構、美人だな。体育会系な声だと思っていたけど、柔道でもやっているのか。もっと小さいと思っていたのに背、高ぁい。
そういうやりとりが続く中で、僕と俊範は空いている席に並んで座って、クラスメイトとのやりとりに応じながら、視線を走らせた。
雛子は、どこにいるのだろう。
まだ声をかけてきてはいない。
いるはずだ。この中に。
でも、どこに?
最後に乗り込んできた大人、担任の女性教師が静かにするように声を発して、生徒はみんなおとなしく席について口を閉じた。これからの行程が確認されて、生徒の点呼が取られる。
僕の名前も、俊範の名前も呼ばれた。
しかし森川雛子の名前は、呼ばれなかった。
僕は俊範を見て、俊範も僕を見た。
教師が近づいてきて、小声で僕と俊範に声をかける。
森川雛子は欠席。
僕たちは揃って言葉をなくし、頭の中では様々なものがぐるぐると回っていた。
少なくとも僕は、混乱していた。
何が起こったのか、起きようとしているのか、容易には見当がつかなかった。
(続く)
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