第4話

     ◆


 談話室で、僕たち三人は顔をつきあわせていた。

 正確にはアバターを向かい合わせていたのだけど。

「本気で言っている?」

 僕の質問に、フーム、などと俊範が唸るような声を出した。はっきりしない返事だ。

 たった今、俊範が言ったことは容易には聞き流せないものだった。

「まぁ、本気も何も、こういうのも取らぬ狸の皮算用っていうと思うけど」

 それが俊範の返事で、僕は思わず雛子と顔を見合わせてしまった。

 俊範が言ったのは、生徒を対象にログの解析をやってみたい、という際どい内容だったのだ。

 それが本気だとは言っていないが、しかしやってみたら何かが見つかるだろう、と思っていることも俊範は明かしていることになる。

「余計な波風は立てない方がいいと思うよ」

 僕の指摘に「私もそう思うかな」と雛子が続ける。

 その先はない。沈黙の中で僕と雛子が俊範を眺める形になった。

「でもさぁ、気にならないか」

 俊範がわずかにうつ向けていた顔を上げる。

「俺たちはこうして友人関係を形成しているけど、それはいったい、誰と誰の関係なんだろう」

「何が言いたいわけ? アバターだから人間同士の付き合いとは違う、なんて言い出さないよな?」

「人間同士の付き合いだと俺も思うよ。ただ、実際に対面しての関係とはちょっと違う」

「どこが違う?」

「信頼、という奴がちょっと違う」

 俊範が身を乗り出す。

「人間同士の繋がりで、そこには信頼がある。ただ、俺たちは相手が言葉を発しているのを見ているわけではない。俺たちの関係は、どこに生じているんだろう。アバターとアバターの関係だけではなく、人間と人間の関係でもありながら、変な表現だけど、相手が人間かははっきりしないんじゃないか」

「それって、僕や森川さんが人間じゃなくて、人工知能の流暢な会話能力によって出力された音声を流している、ってこと?」

 変なことを言うなぁ、と雛子が笑う。

 僕も笑いたかったけど、俊範が黙っているので、なかなか何も言えなかった。

「え? 二人とも本気になっているの?」

 雛子の言葉に、僕は首を左右に振った。

「余計なことだと僕は思うよ、内藤。余計なことだ」

「どうせ誰も引っかからないさ」

 俊範があっけらかんというが、アバターの表情は変わっていない。うっかりしているのか、それとも何かを伝えるためにアバターの表情を操作しないのか。

「僕は」

 念のために明示しておこう。

「僕はアバター同士でも、人間関係は人間関係だと思っているし、そもそも人間の生身と生身が現実で交流を持ったとしても、相手が本当に何を考えているか、思っているかは、はっきりとはわからない。そのわからない部分を、暴き立てるのは何か違うと思う。わからないまま、付き合うしかないんじゃないかな」

 立派、立派、と今度こそ俊範のアバターが満面の笑みに変わる。

「この学校に通う奴の例に漏れないらしいな、上村も」

「まさにね」

 雛子はずっと黙っていた。僕と俊範の様子に興味があるかないか、アバターを見るだけではわからない。彼女も表情を変えていない。

 VR学校はまだ少なく、それ以前に入学しようと思うものが少ない。ほとんど全ての中学生なりが普通の高校に進学し、日々を送る。

 VR学校である奈津高校は、そういう意味で現実世界の従来型の高校に通えないものが自然と集まっている。

 人間関係に傷ついたもの、失望したもの、そこまでいかなくても苦手なもの、学校に馴染めなかったもの、様々な理由で従来型の高校を諦めた少年少女が多い。

「僕のことを知りたいとは言わないよね、内藤も」

 小さく声を上げて俊範が笑う。

「まさかね。こうやって話していても、上村が何かと入れ替わるとは、思えないよ」

「へぇ、どうして。もしかしたら僕のこのおしゃべりも人工知能の再現かもしれない」

「上村の喋り方は独特だしな、俺でもさすがに中身が変われば気づく」

 喋り方が独特、か。

 別に嫌な指摘でもないけど、不愉快な思い出が蘇る引き金になりそうだったので、深く考えるのはやめにした。

「ま、俺も深入りはしないよ。面倒ごとはごめんだ」

 気付いたので、からかい半分に指摘してみる。

「もしかして面倒ごとに首を突っ込んだ結果、この学校に入った感じ?」

 今まで聞いたことのない、忍笑いが返ってきた。

「かもしれないな。そういう性格なんだ」

 冗談なのか、それとも真実を少しだけ覗かせている自虐なのかは、はっきりしない。

 僕としては俊範は信用できる友人だし、仲良くしたいと思っている。

 彼が僕をどう感じているかは知らないけど、僕から見れば魅力的な人格なのだ。

 今のようなふざけた態度も、面白い。僕にそういう要素がないからだろうか、と思ったりもするけど、僕が俊範のような人格になれるかといえば、不可能だ。

 そういう唯一無二の個性が、人間にはあるんだろう。

 午後四時半になり、まず雛子が去って行き、俊範も帰って行った。

 午後五時前、人気が少なくなった談話室で僕はゆっくりと小説を読んでいた。国内小説の、中国が舞台の歴史小説だった。

「こんばんは」

 背後からの声に振り返り、自然と指が動く。方向をリセット。アバターが椅子に座っているままだから、不自然な姿勢になったのだろう、相手がクスクスと笑う。

 長い髪の毛を背中へ下ろした女子生徒が僕の向かいに回り込み、席に座る。

 僕はもう一度、彼女に向き直ってアバターの方向をリセットした。

 僕は彼女を待っていたのだ。



(続く)

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