ツインじゃなくてダブル
それから、僕達はミーシャに色んなところを案内してもらった。
礼拝堂の奥にある扉を潜った先が生活空間になっており、キッチンやダイニング、浴室といった部屋が存在していた。
ここはミーシャの家でもあるのだから、生活空間が充実しているのは当然だろう。
今後、僕達もここで暮らすことになる。しっかりと家の中はかなり広く造られているのはかなり嬉しかった。
「最後に、ここがお二人に寝てもらうお部屋になりますっ!」
そう言って、ミーシャは最後の部屋を案内するべく扉を勢いよく開け放つ。
そこはファンシーなぬいぐるみと机、小さなソファーと……大きなダブルベッドが置かれてあった。
「ま、まさか、ユラン……ッ!?」
「いやいやいや」
ダブルベッドを見た瞬間に、アリア体を抱いては僕から距離を取り始める。
僕が用意したわけじゃないというのは分かり切っているはずなのに、どうして僕がわざとダブルベッドを用意したと思われているのだろうか。
「あ、あのさ、ミーシャ……ここで僕とアリアが寝るの?」
この際、ぬいぐるみとか男に似合わなさそうなものは置いておこう。
問題はベッドだ。百歩譲って、ベッドが二つで同じ部屋で暮らすというのなら我慢できる部分もあった。
しかし、ダブルベッドとは主に恋人同士が使うものではなかろうか? いくら旅の間、寝食を共にしたとはいえ流石に付き合っていない男女が同じベッドというのはどうかと思う。
「ふぇっ? 私もここで寝ますよ?」
三人はもっとどうかと思う。
「(ねぇ、アリア……これは意図してやっている感じなのかな? それともミーシャの可愛い天然さん?)」
一旦離れ、こっそりとアリアに耳打ちをする。
「(まぁ、十中八九設計ミスね。それか、寂しさが頂点に達してしまって「少しでも一緒にいたい」という願望が現れてしまったとか)」
「(なにそれすっごい可愛い。心が温かくなっていく気がするんだけど……もしかしてこれって恋?)」
「(そうね、頭に「すでに」がつくでしょうけど恋ね。まったく……ばぁぁぁぁぁぁぁぁぁっかじゃないの)」
「(あ、はい……すみません)」
なんかアリアが冷たい。
「(まぁ、ともかくそういうことじゃないかしら? 一番寂しがってたの、ミーシャだし)」
ミーシャは存外寂しがり屋なのは、手紙を五通も毎日送るという発言と別れ際の態度でよく分かった。
きっと、僕達と離れた寂しさを配属される仕事仲間とで穴埋めしたかったんだろう。それがこのような事態を引き起こした、と。
牧師が来るんだから「同じベッドってどうなわけ?」と思わなくもないけど、理由が可愛いから許してしまいそうだ。
「そっか、なら仕方ないね」
「そうね、ユランが野宿なのは心苦しいけど」
もはや中ですら寝かしてくれないのか。
「せめて中に入れさせてよ!? リビングのソファーとか、雑魚寝とかでいいじゃん!」
「それが嫌なら土の中でも───」
「なんてことを」
男と一緒に寝たくないという気持ちは大いに分かるんだけど、永眠を促すのはいかがなものか。
せめて土の上で雨風を凌がせてほしい。風邪を引くのも時間の問題になってしまう。
「ダメですっ! しっかりベッドの上で寝ないとお体を壊してしまいます!」
「……ならせめてもう一つベッドを用意しろって言ってもいいのかしら?」
「やめたほうがいい。純粋にミーシャは心配してくれているだけだから」
しかし、雑魚寝等が禁止されるのであれば僕はダブルベッドで寝なければいけないということになる。
つまり、二人で寝るという想定をされたベッドで三人。とても窮屈そうだ。
それに—――
(ミ、ミーシャの横で寝るって……僕の心臓が持つかな?)
想い人が横で寝ていて、僕の理性が頑張ってくれるかとても心配だ。
それどころか、興奮して寝られないというのも十分にあり得る。
まだそんな関係じゃないっていうのに、流石に横で寝るというのは女性経験皆無な僕にとってハードルが高い。
「よし、アリア。ものは相談なんだけど」
「……何よ?」
「僕が端で寝て、アリアを真ん中というのはいかがだろうか?」
「~~~ッ!?」
アリアもミーシャの次ぐらいに可愛い女の子だ。
普通であればそれだけで男として苦しいものはあるけども、ミーシャが横にいるよりかはマシなはず。
僕の安眠のためにも、是非アリアには間に入ってもらいたい。
「そ、それって……私の横で寝たいってこと?」
どうしてアリアは頬を染めてモジモジし始めたのだろうか?
よく分からないけど───
「その通りだ」
「ッ!? な、なら……仕方ないわね」
「うしっ!」
僕は思わずガッツポーズをしてしまう。
これで安眠は確保できたも同然だ。今後、同じ屋根の下で暮らすのであれば、理性が吹き飛んで情事になってしまう事態は避けなければいけない。
……そう考えると、アリアが一緒にいてくれてよかった。
「(や、やっぱりユランも男の子……なのね。ミーシャが好きっていうのは分かってるけど、私もまだ可能性はあるのかしら? だ、だって一夫多妻は認められてるし!)」
感謝を伝えたかったけど、何やら髪をいじりながらぶつくさ独り言を呟いていたので何も言えなかった。
あまり邪魔はしちゃいけない空気みたいだ。
「わ、私……少し頭を冷やしてくる」
そう言って、自分の世界に飛び込んだアリアはゆらゆらとおぼつかない足取りで部屋を出て行ってしまった。
顔も赤かったし、もしかしたら長旅の影響で体を壊したのかもしれない。
(念のため、様子でも見に行こうかな)
アリアの体調が本当に悪いなら心配だ。
だから僕はアリアのあとを追うように部屋を出ようとする。
その時———
「……ユラン」
ふと、背後から急にミーシャの手が伸びてきた。
そして、その手は徐に僕の腰へと回される。
「ど、どどどどどどどどどうしたのミーシャ!?」
いきなり抱き着かれたことに戸惑ってしまう。
柔らかな感触、鼓動が思わず早まってしまう彼女の体温、仄かに香る甘い匂い。それらが全て想い人のものだということが、余計にも僕の足をその場に留めた。
「寂しかったです」
「え、えーっと……?」
「ずっと、離れ離れになって……寂しかったです」
でも、彼女の消え入りそうな声が一瞬にして僕の冷静さを呼び戻した。
不安だったんだろう―――やっぱり、ミーシャが誰よりも一番寂しがり屋だから。
僕はアリアと一緒にいたけど、彼女はこんな辺境で一人だった。その寂しさは、決して僕達じゃ分かり得ないだろう。
「嬉しいです、またユラン達と一緒にいられることが。涙が出ないように、ここまで我慢してたんですよ……?」
溜め込んでいた気持ちが、吐き出された。
それは間違いなく彼女の本心で、ずっと我慢してきたものなのだろう。
だから僕は安心させるように、そっとミーシャの手を取った。
「確かに寂しかったかもしれないけどさ」
「ユラン……?」
「これからは、ずっと一緒だよ」
僕だけじゃない、アリアだって一緒だ。
あの時、魔王を討伐するためだけに集められた四人だったけど―――それ以上に、頼もしくて楽しいメンバー。
きっと、今後の生活は……彼女にとって、寂しさなど感じさせることのない色鮮やかな日常がになるはずだ。
そうさせるし、そうなるよう努力していく。想い人のこんな声なんて、あんまり聞きたくないからね。
「はいっ!」
ミーシャは僕から離れ、満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は見蕩れるような美しさもあり、年相応の女の子が見せる無邪気で心の底から出てきたものだった。
(あぁ、やっぱり……)
僕は、彼女のこんな笑顔が好きだ。
それは、あの時からずっと—――
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