ライダとの別れ

「さてと、俺も行きますかね」


 ミーシャの姿が見えなくなってしまったあと。

 そう言って、ライダは足元のカバンを拾って踵を返そうとした。


「そっか、ライダもお別れなんだね」

「まぁな。とりあえず、騎士団に戻る前に自分の領に戻らないといけねぇし」

「やっぱり、家督を継ぐ準備があるのかしら?」

「あぁ、それもあるが―――」


 頬を掻き、ライダは少し気恥ずかしそうに口にする。


「俺、婚約者と結婚式を挙げるんだ」

「…………ッ」

「やめなさいっ! ユランが殴ったらライダが死んじゃうでしょ!?」


 いつの間にかアリアが僕の体を押さえていた。

 どうしてだろう? 僕はただ、この幸せ者の顔面に一発叩き込みたいだけなのに。


「俺、正直死ぬんじゃねぇかって思ってたからさ、まさかあいつと結婚できるなんて想像もしてなかったんだ。だから、結構今浮かれてるぜ」

「離して、アリア! 僕は全世界のモテない男のためにこの幸せマウントを殴らないといけないッッッ!!!」

「あなたはミーシャが好きなんでしょう!?」

「それとこれとは話が別だ! 勇者として、僕は夜の魔王になるかもしれない男を倒す!」

「こいつは夜の魔王になる器すらないから大丈夫よ! 頑張っても夜のハーピーだから!」

「……てめぇら、旅の仲間を応援しようとは思わねぇのか? 泣くぞ」


 他人の幸せを全力で応援できるほど、僕は清い人間じゃない。

 主に色恋沙汰で幸せになる男には拳で応援したくなる。


「はぁ……せっかく教会に推薦文書いてきてやったのに、これじゃあ渡す気にもなんねぇな」

「へっ、推薦文?」


 殴りかかろうとした手を止めると、ライダは懐から二通の手紙を取り出した。


「簡単に言えば、貴族の口添えって感じだ。ほら、は教会で働きたいんだろ? だったら、これで試験も通りやすいはずだ」


 教会で働くには試験を受けなければいけない。

 牧師やシスター、神父など全ての役職に存在し、いくら勇者で世に貢献したからといって例外なく受けなければいけなかった。

 だからこそ、ライダの推薦文は嬉しい。

 何せ、教会の勉強などするのが初めてな僕にとっては試験自体が難関だから。


「ありがとう、ライダ! やっぱり持つべきものは友だね! 君の幸せを切に願っているよ!」

「凄い手のひら返しだな」

「手首が捻じ切れんばかりね。前に言った自分の言葉を聞かせてあげたいぐらいだわ」


 僕は過去を振り返らない主義なんだ。


「ほれ、アリアの分もあるぞ」

「あら、ありがとう」


 そう言って、ライダはアリアに一つ手紙を手渡す。


「あれ、アリアも教会で働くの?」

「あなたとは違ってシスターだけれどね」

「それまたどうして? 僕の場合はミーシャと一緒にいたいからだけど……」

「私は単に暇潰しよ」


 そうか、暇潰しなのか。

 確かに、アリアだったらお金にも困っていないだろうし、次の道ぐらい体験したことのない職業をしたみたいという気持ちも分かる。


「二人共、試験は一ヶ月後だからな。ちゃんと勉強しておけよ。じゃないと、俺の準備が水の泡になっちまう」

「アリアも一緒なんだ」

「たまたまね」


 たまたま、と。

 まぁ、一緒のタイミングで教会に入りたいって思っているのなら、被るのも仕方ないのかもしれない。

 だけど、少し不思議なことがある───どうしてアリアは僕の顔を見て言ってくれないのだろう?


「あと、一緒の時期に赴任できるよう知り合いにお願いして調整もしておいたぞ」

「なるほど、偶然だね」

「……偶然ね」

「それと、頑張ってミーシャの建てる教会に行けるようにも手配済みだ」

「へぇー」

「…………」

「合格する前提ではあるが、行きの馬車も二人分予約している」

「…………」

「…………」


 さっきからアリアの方を見ているけど、何故か顔を逸らされる。

 とりあえず、ずっと見ておこう。深い意味はないけど、綺麗な顔をジト目で見つめよう。

 すると───


「あーっ、もうっ! そうよ、ユランと同じ場所に行きたいからシスターになろうとして、ライダにお願いしたのよ! 悪い!? 何か文句ある!?」


 アリアは顔をこれでもかというぐらいに真っ赤にして、僕の胸倉を掴み上げてきた。

 別に誰も悪いとは言っていないんだけど、普通に苦しい。肺に酸素が行き渡らない。


「べ、別に悪いとは思っていないでふ……」

「な、ならいいのよ……でも、勘違いしないでよね」


 機嫌が治まってくれたのか、アリアは僕の胸倉を離してくれた。

 華奢な女の子からは想像がつかないほどの腕力を体感してしまった僕は戦慄しながらも息を整える。


「そんな、勘違いなんかしていないよ」

「……えっ?」

「僕は、ちゃんと君の気持ちを分かっているから」


 アリアは一瞬呆けた顔を見せたけど、すぐさま先程以上に顔を染めた。

 傍から見ていたライダは、何故か「おぉ! ようやくか!」などと言っている。


「ほ、本当に私の気持ち……分かっているの?」


 ほんのりと頬を染め、遠慮がちな上目遣いで僕を見つめてくるアリア。

 どうしてアリアはそんな反応をしているのかは分からないけど───


「アリアもミーシャと一緒にいたいんだよね。大丈夫、ちゃんと分かってるからさっ!」

「もうやだ、この男……ッ!」

「アリアを虐めるのも大概にしろよ、ユラン」


 そんな馬鹿な。


「まぁ、ユランがこんなやつだっていうのは分かりきってたじゃねぇか、アリア。今更どうこうなるわけねぇよ、どうにもなんない男なんだからさ」

「そ、そうね……ユランはどうしようもないぐらいどうにもなんない男だものね」

「おーけー、二人共。喧嘩を売っているなら表に出ようじゃないか」


 怒られた理由は分からないけど、罵倒されているということは分かる。

 まったく、失礼しちゃう仲間達だ。


「まぁ、俺からの最後の餞別も終わったことだし、そろそろ行くわ」


 そう言って、ライダは今度こそと踵を返す。

 まぁ、馬鹿にされて少し腹が立ったけど───最後の最後ぐらいは、しっかりお別れをしよう。


「今までありがとうね、ライダ!」

「達者でね」

「おう、またどっかで会おうや!」


 ミーシャの時とは違い、ライダは名残り惜しそうにもなく先を歩いていく。

 きっとまた会えると信じているのだろう。最後は売られた喧嘩を買いそうになったけど、また会って馬鹿をやりたいなと心の底から願ってしまう。


「あ、そうだ」


 ライダは何かを思い出したのか、手を振っている僕に向かって一瞬だけ振り返った。


「勇者ともなれば、平民でも一夫多妻は認められるからな。忘れんなよ、ユラン!」


 はて、どうしてそんなことを去り際に言ってきたのだろうか?

 僕がミーシャを好きって、ライダも分かっているはずなのに。


「どうしてライダはあんなことを言ったんだろうね?」

「う、うるさいっ」

「えー」


 ともあれ、これで正式にパーティーは解散した。

 それぞれの道を歩くために。

 そうは言っても、僕とアリアが別れることはないだろうし、ライダのおかげで試験に受かればミーシャとも一緒にいられる。


 寂しく思うのは、少しの間だけだろう。




 ───そうして、この日から二ヶ月の月日が流れた。


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