いざ、教会へ
「田舎ねー」
「田舎だねー」
程よく尻が痛くなる馬車の荷台に揺られながら、ボーッと外の景色を眺める。
木々が生い茂る山々、そよ風に揺られ靡く草、のどかの象徴である小鳥の囀り、整備されていない道。
もうかれこれ五時間はこの景色を眺めているだろうか? 初めは見慣れない景色に興奮していた僕達も、今ではすっかり黙って眺めるだけ。
少しは景色が変わってくれれば幾分かマシだっただろうけど、そうでなければ退屈するのも必然であった。
「あれだよね、これは如何に王都が栄えているかって痛感させられちゃうよね。街の喧騒が恋しくなっちゃうよ」
「これじゃあ買い物も不便そうね。たまに依頼でこういう場所には来たことがあったけど、あの時はまだ「すぐ離れる」って希望があったから我慢できたわ」
「四人で一緒に旅をしてた時ですら我慢するのに必死だったからなぁ。特にライダ」
「あれは酒狂いだから仕方ないわよ。酒が補充できなかったらってぶつくさ言って……これから結婚する婚約者が可哀想だわ」
「ははっ、それは同意。よくライダみたいな男と結婚しようとしたよね」
と言っても、ライダは優しいし男らしいし、面倒見もいい。
初めは政略結婚だったかもしれないけど、奥さんになる人はそういう部分に惹かれたんだろう。
まったく、忌まわしい限りだ。リアルが充実しやがって……離れていても届いてほしい、この怨嗟。
「兄ちゃん達、もしかして新しくできた教会で働くのかい?」
御者の人が、チラりと僕達を見て言った。
恐らく、僕達の格好を見て言っているんだと思う。
僕は祭服、アリアは修道服。どれも今まで着たことのない服だ。
でも、これからはずっとこの服を着ることになるのだろう。
何せ───
「えぇ、僕は
ミーシャとライダと離れてから、僕は必死に勉強した。
元より教会には無関係だった僕に事前知識などあるはずもなく、とにかく合格するために一生懸命頑張った。
そのおかげもあって、今はこうして牧師の証である祭服を着ることができている。
まぁ、ライダの推薦文のおかげもあって無事に試験を合格したんだけどね。
だからこそ、僕達はこうして───ミーシャが建てた教会へと向かっている。そこで働くために。
「私はシスターだけれどね」
それは見れば分かる。
もし修道服を着ている牧師がいるのであれば、女装趣味なのかと疑ってしまいそうだ。
「そういえば、どうして牧師になったの? 女性でも一応牧師になれるのに」
「私が牧師になったらユラン達と一緒にいられないじゃない。こんな辺境の場所にある教会で牧師を二人なんて雇うはずもないんだし」
「あ、それもそっか」
こんな辺境に足を運ぶ人など滅多にいない。
だからこそ、あまり人員は割けないのだろう。基本、牧師は一人いれば充分って言われているから。
「それにしても意外と似合っているわね、その祭服」
「え、そう?」
それは嬉しい言葉だ。
あまりこういう格好をしていなかったから似合っているか不安だったんだ。
そうやって褒められると、少しは自信が持て───
「馬鹿にも衣装ってやつね」
それはただの罵倒だ。
「ねぇ、私は似合ってる?」
そう言って、アリアは少しだけ修道服を摘んでこっちに向けてきた。
やはり、アリアは何を着てもよく似合っている。それはきっと、元の素材が群を抜いて整っているからだろう。
艶やかな赤髪も、燃えるようなスカーレット色の瞳も修道服と綺麗に合わさっていた。
いつもローブと三角帽子を被っているから、今の彼女はパーティーの時と同じように新鮮に映る。
「ふむ……八十五点」
「誰が点数つけろって言ったのよ、あァ?」
いけない、こめかみに鋭い痛みが。
アリアから手が伸びてきたところまでは見えたんだけど、視界が塞がってそれ以降が見えない。
僕は今、一体どういう状態なんだろうか?
「ははっ! 安心しな嬢ちゃん! めっちゃ似合っているからよ!」
「本当ですか?」
「ぼ、僕もそう思っておりますッッッ!!!」
とりあえず、ここはご機嫌を取っておこう。
こめかみに走る痛みがそろそろ限界値を超えそうだ。
「そ、そう……ありがと、ユラン。結構うれし───」
「どう足掻いても二番だけど」
「───くなかったから、もう一発いくわ」
「嘘つけないんですごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
牧師として嘘を言うべきではないのだけれど、これは言った方がよかったかもしれない。
こめかみに走る痛みが更に増したような気がする。
「はぁ……ミーシャが一番っていうのは分かるけど、あんまり女の子の前でそういうのは言わないの」
しばらくすると、視界が回復した。
どうやら僕はアリアにこめかみを握られていたようで、それは引っ込めようとした手で分かった。
それにしても、恐ろしい握力だ……今時の女の子は、皆こんな感じなのだろうか?
「あんまり女の子を虐めるもんじゃねぇぜ、兄ちゃん!」
「いや、虐められたのは僕の方だと思うんですけど」
「そういう話じゃねぇって言って……ッ!?」
御者さんが話していると、ふと馬車が急停止した。
いきなりのことに、思わず体勢が崩れてしまう。
「ど、どうかしたんですか?」
「おい、兄ちゃん! 今すぐその嬢ちゃんを連れて逃げろ!」
御者さんは慌ててそんなことを言い始めた。
僕は気になって荷台から顔を出すと、道の先に何人もの男の姿が見えた。
ナイフやら剣やら、鈍器やら。とても愛想がよさそうな面々ではないのがよく分かる。
「あちゃー、山賊に会っちゃったか」
「どこにでもいるものね、野蛮な人って。それで───どっちが行く?」
「うーん……いや、女の子にやらせるわけにもいかないし僕が行くよ」
「呑気なことを言ってる場合か!? ここには護衛の冒険者もいねぇんだぞ!?」
僕は御者さんの声を無視して、荷台から降りる。
相手は十人? いや、二十人ぐらいだろうか。
それぐらいの人達が、こっちを見て下卑た目を向けていた。
「お、おい嬢ちゃん! あの兄ちゃんを止めないと!」
「いえ、気にしなくても大丈夫ですよ」
せっかく魔王を倒して平和な世界になったっていうのに、どうしてこうも畜生は現れるんだろうか?
僕は悪を滅ぼそうとする聖人君子でもなんでもないんだけど、こういうのは……少し腹が立つ。
人の幸せを、簡単に踏み潰そうとしている人間を。
だから僕は拳を振り上げた。
「だって、ユランは」
そして───
「かっこいい
僕の視界に、山賊の背後が現れる。
容赦なく、僕は握った拳を振り下ろした。
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