想い人との別れ

次回から毎日9時と18時に更新( ̄^ ̄ゞ


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 パーティーから三日後。

 僕達は魔王討伐の功労者として各イベントごとに参加させられた。

 挨拶やら褒賞式やらパレードやら。魔王を討伐したというのに、何故か目まぐるしい日々を送っていた。

 何故だか色んな貴族の人に娘さんを紹介されたり、御前試合だとライダと観客の前で試合をさせたりとよく分からないこともあったけど、それは余談。


 いよいよ……僕達は、それぞれの道を歩き始める。


「寂しくなります……」


 多くの神官を背後霊よろしくバックに待機させているミーシャがシュンと悲しそうな表情を浮かべる。

 王都の入り口。聳え立つ門の前で、僕達はミーシャの見送りをしていた。



「そうだね、超寂しくなるね……ッ!」



 瞳から大量の涙を流しながら。


「泣かないの、ユラン。ほら、これで顔を拭きなさい」


 横にいるアリアが僕に向かって布巾を手渡してくる。

 その気遣いという名の優しさがとても嬉しい。僕は遠慮なく受け取った布巾で涙を拭った。


「……ありがとう、アリア」

「あ、ごめん。それ、さっきライダが鼻水をかんだやつ───」

「ほわたぁっ!」


 そして、僕は気遣いを思い切り地面に叩きつけた。


「ごめんなさいね、渡す布巾を間違えちゃった。わざとじゃないのよ、決して」

「明らかな故意だと思う」


 悪びれる様子が一切感じられなかった。

 なんてばっちいものを渡してくるんだこの女は。

 というより、どうしてライダのかんだあとが彼女の手元に残っているのか不思議で仕方ない。


「あ、あのっ! もう少しゆっくりしてから出発してもいいですか……? 具体的には、一ヶ月ぐらい!」

「神官さん達は?」

「あそこで待っててもらいます!」


 そうか……あの神官さんは一ヶ月もあそこで放置されるのか。


「まぁ、寂しくなるのは仕方ねぇよ。でも、ミーシャはこれから故郷に帰って夢を実現させるんだろ?」


 ライダが苦笑いを浮かべながら、寂しそうにするミーシャを元気づける。


「……はい、女神様からお礼をたくさんいただきましたので」


 そう言って、ミーシャは懐から小袋を取り出した。

 どうやら、僕の渡したお金は充分教会を建てられるような額だったらしい。

 始めは「どうしてお金がここにあるのでしょう!? 落とし物ですか!?」などと必死に落とし主を探していたミーシャだったけど、アリアが「女神様からのお礼」だと言った瞬間に納得してくれた。

 渡してほしいって言ったのに、まさかアリアがミーシャの枕元にそのまま置いておくとは思わなかった。

 サンタの季節にはまだ早いというのに。


「だったら夢を叶えてこいよ。どうせこの国にいりゃいつかは会えるだろ」

「そう、ですね……はいっ、その通りです! では、これから一日五通ぐらい皆さんにお手紙書きますっ!」


 いけない、そこまでいくと新手の嫌がらせだ。


「ふふっ、先程まで寂しく感じていましたけど、少し元気が出てきました」


 ライダの言葉で元気をもらったのか、ミーシャはその愛らしい顔に満面の笑みを浮かべた。

 そして、そのまま僕のところに駆け寄ってきて……何故か抱き着かれた。


「ふぁっ!?」

「ユラン、またお会いしましょう!」


 どうして抱き着いてきたの? という疑問が僕の頭を混乱させる。

 加えて体を包み込む柔らかい感触と、仄かに甘い香りが鼻腔を刺激して、脳内を揺さぶり始めた。

 だがしかし、ここはお別れの場面だ。

 戸惑ってあたふたするよりも、きっとこういう時は同じように笑って見送る方がいいのだろう。


「ははっ、スグニマタアエルサー」

「ユラン、鼻の下が伸びてるわよ」


 こら、そういうのはいちいち指摘しないの。


「……ユランには感謝しています」


 ミーシャは僕の胸に顔を埋めたまま、抱き締める力を強くさせた。

 どうしたんだろう? そんな疑問が脳裏に浮かび上がり、伸びてしまっていた鼻の下が元に戻る。


「私も分かっています。ユランがいなければ魔王を倒すことはありませんでした」

「いや、別にそんなことは───」

「ふふっ、謙遜もユランの素敵な部分ですね」


 ミーシャの笑みが向けられる。

 それだけで、早まる胸の鼓動が否定したかった言葉を遮ってしまった。


「ユランは……ずっと、私の中では勇者ヒーローです。誰のものでもありません、魔王を倒すまでの役職なのかもしれません。それでも、私の中ではこれからも───勇者ヒーローですから。それを、別れの最後に言いたかったです」


 ミーシャは僕の胸から離れる。

 そして最後に、その小さな手で僕の手を握ってきた。

 でも、それも一瞬のこと。


「では、あまりここにいても名残惜しくなるのでいきますね!」


 名残惜しい感触が手から離れ、ミーシャは神官達の下へ向かい始め、手を振りながら最後まで可愛らしい笑みを向けてくれた。

 少しずつ遠のく姿を見て、どこか胸に寂しさと温かい何かが込み上げてくる。

 寂しくはあるけど、こういうお別れもいいかもしれない。

 胸に込み上げる寂しさを抱え、僕達はミーシャと同じように手を振った。


「じゃあね、ミーシャ!」

「はいっ! では皆さん、またどこかで―――へぶっ!?」


 ……。

 …………。

 ………………我慢だユラン。

 ここでコケたことに対して何か言えば、せっかく感動のお別れ演出がコメディになる。


「うぅ……痛いです」

「だ、大丈夫かしらミーシャ……?」

「だ、大丈夫です! 私は至って元気ので! ですのでっ!!!」


 なんだろう、この和やかムードは。

 噛んだことをなかったことにしようとしているミーシャがトニカクカワイイ。

 駆け寄ったアリアも、思わず苦笑いだ。


「ごほんっ! 皆さん、またどこかで!」


 そう言って、何事もなかったかのように最後の言葉を言い切ったミーシャは神官達の用意してくれた馬車に乗り込んだ。

 これからあの馬車でミーシャの故郷に向かうのだろう。遠のく馬車を見送りながら、和やかムードで消え去ったはずの一抹の寂しさが再び胸に込み上げてきた。


「そういえばユラン、ミーシャには言わなくてよかったの?」

「ん? 何が?」

「あなた、これから牧師になるんでしょう? それも、ミーシャの建てた教会で」

「まぁ、そのつもりではいるんだけどね。牧師の試験も受かっていないし、そもそもミーシャのいる教会で働けるかも分からないから言わないでおこうかなって」


 僕は牧師になるよ! と言ってなれなかった時、僕はかなり痛い男となるだろう。

 ならば、ここはサプライズ精神で黙っていた方が僕に対するミーシャの印象も傷つけなくて済む。

 もちろん、死ぬ気で牧師になってミーシャの傍にいるつもりだけど。


(とはいえ、やっぱり寂しいなぁ……)


 もう見えなくなってしまったミーシャの姿。

 それは想い人だからか、それともパーティーの仲間だからか。

 僕は消えてしまった彼女を思い出して、ぽっかりと胸に何かが空いたような感覚を覚えた。


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