回想〜少女にとっての勇者〜
───少女にとって、彼は
「うぇぇぇ……お、お姉ちゃん……!」
「大丈夫です、大丈夫ですよ」
少女の目の前には、泣きじゃくる小さな女の子。
あちらこちらからは怒号が聞こえ、瓦解する建物が崩れ去る音が響き渡る。
少し前に見た時は活気溢れる街だったのに、やって来た時にはすでにこのような形だった。
それが、優しい少女の心を抉る。
「きっと君のお母さん達も大丈夫です! 皆、もう私の仲間が避難させているはずですから!」
それでも、少女は笑い続ける。
ウィンプル越しの金髪が土煙で汚れようとも、抱き締める女の子の涙で修道服が濡れてしまおうとも。
安心させるために、無事にここを抜け出すために。
(今ならここから出てもいいでしょうか……?)
少女達がいる場所は、方向も分からなくなってしまった瓦礫の小さな隙間。
そのおかげで敵に見つからずに済んでいるのだが、出てしまえば隠れ蓑はなくなってしまう。
それでも、いつかは抜け出さないと女の子を母親の下に連れて行くことができない。
「……さ、行きましょう」
少女は心の中にある勇気を振り絞って、女の子を抱き上げる。
―――分かっていたことではないか。
自分が世の平和を望み、魔王を討伐するという役目を引き受けてしまった以上、どこに行ったって危険はすぐ横にある。
誰かを助けるということは、誰かと同じ目に遭わなければいけないということだ。
救いの手を差し伸べるために。
自分は敵を葬るだけの力はないけども、間違いなく人を救う力を賜ったのだから。
少女は心の中で己を鼓舞し、瓦礫の下からゆっくりと顔を出す。
すると———
『グルォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!』
―――少女の目の前に、一頭の獣が現れた。
全長は少女の体などゆうに越し、禍々しくも竦んでしまうような黒い毛皮と獰猛な瞳が少女達を捉える。
まるで、獲物を見つけたと言わんばかりに。
涎と共に流れる雄叫びが、それを如実に表していた。
「あ、ァ……」
少女も一人の人間だ。
特別な力を賜り、世の平和を願っていたとしても年端もいかぬか弱い女の子。
そんな人間が、目の前に『死』を与えられてしまえば、固めた勇気もすぐに瓦解するのは当たり前だろう。
誰も責めない。その場でへたり込んでしまったとしても、自ら足を運んで女の子を助けようとした行動は褒められるべきだ。
―――助けは来ない。
今頃、皆はこの街の人間を避難させているはずだから。
分かり切っている。分かり切っているけども。
「たす、けて……」
少女の口から、そんな言葉が漏れる。
それは少女の勇気を、心の底にある生存本能が上回ってしまったからだろう。
『アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!』
獣の腕が大きく振るわれた。
迫りくる、明確な死。あのような鋭い爪と巨腕で薙ぎ払われてしまえば、少女も女の子も綺麗な挽肉になるのは間違いない。
少女は女の子の体を抱いて、目を瞑る。
せめて、この女の子だけは最後まで怖い思いをさせないように。
―――その時だった。
「誰が手を出していいって言ったよ……この害獣風情が」
ドゴォォォォォォォォォォォォ!!! と。
何かが吹き飛ばされるような衝撃音が響き渡った。
恐る恐る少女は目を開ける。
ゆっくりと視界が光を取り戻していく中、そこに現れたのは一人の少年だった。
「……遅くなってごめんね」
短く切り揃えた白髪を携え、握り締めた拳に血を纏わせて。
少年は、少女達を庇うかのように立っていた。
「確かにさ、ミーシャの行動は偉いよ。きっと優しい君だから、そんな勇気が持てたんだと思う。でもさ……もう少し自分を大切にした方がいい。その子と同じように、君を心配する人だっているんだから」
そう言って、少年は少女に向かって笑みを向けた。
汚れている血とは不釣り合いな、優しくも温かいもの。
それが、死を直前にして湧き上がってきた少女の恐怖を一瞬で拭い去る。
『グルォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!』
いつの間にか目の前から消えた獣が、瓦礫の先で雄叫びを上げる。
そして、怒り狂ったのか少年に向かって巨体を走らせた。
「安心してよ」
それでも、少年は拳を握る。
「躾のなっていないペットを、ちょっと躾てくるからさ」
そして、少年は拳を振るった。
まだ、獣との距離が開いているはずなのに。
それでも、少年の拳は巨体に届いた―――正確に言えば、目の前の少年が拳を振りかざした瞬間、少年の体はすでに獣の頭上にあった。
振り下ろした拳は容赦なく獣へと突き刺さる。体格差があるにもかかわらず、断末魔さえも与えることもないまま一撃で葬り去った。
「ったく、一発で死ぬんならそもそも襲ってこないでよ……これなら、束で来てくれた方が楽だったじゃん」
―――今回生まれた勇者は、歴代の中で最も力があると言われている。
それは勇者が持つ聖武具が強力だとか、そういう話ではない。
圧倒的な戦闘センス。
それと、歴代の勇者の中で唯一の魔術師。
それらが、少年を『最強』だと言わしめる。
「これからはさ、ちゃんと大きな声で「助けて」って言ってよ」
少年は血塗られた拳を抜いて、少女に言った。
「そしたら、僕は君を助けるからさ」
勇者は誰のものでもない。
全ての人類のために存在し、その役目は魔王を倒すまで終わらない。
彼が平和のために拳を握り続けるのも、平和が訪れるまでの話だ。
でも、それでも―――
「ありがとうございます……ユランっ!」
───この時の少年は間違いなく
それは、魔王が討伐された今でも変わらない。
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次話は18時に投稿です!
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