魔王を討伐した歴代最強の勇者、聖女が好きなので辺境で牧師になる
楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】
プロローグ
「じゃあ、魔王討伐を祝して───」
「「「「かんぱーい!!!!」」」」
豪華なシャンデリアが会場を包み込む中、僕達は隅っこの方でグラスを勢いよく突き合わせた。
会場は賑やかな喧騒に包み込まれており、老若男女問わず皆の顔には笑顔が浮かんでいる。
───それもそのはず。
五百年も人類を苦しめてきた魔王がついに討伐されたのだから。
これを祝わずして何を祝うというのか? 大勢の人が敗北を重ね、倒れていき、それを超えてようやく討てたんだから今日ぐらいは
見れば、僕達のいる王国と仲の悪い他国の重鎮の姿もある。
つまりは、そういうことだ。
「それにしても、まさか俺達で倒せるとは思っていなかったな」
目の前にいる大男が酒を片手に笑いながら口にする。
屈強な体躯と、僕を頭一つ分抜かしている身長が異様に目立ち、整っているルックスが目を惹く。
───名前を、ライダ・ホースキン。
ホースキン伯爵家の次期当主でありながら、王国騎士団の副団長を務める男。そして、パーティーで盾役だった人間である。
「そこは同意するけど、主に倒したのはこいつでしょ? 魔王を倒した時も、私達は雑魚で手一杯だったわけだし」
そう言って、赤髪の少女は僕の方に指をさしてくる。
紅蓮のような真っ赤な長髪に、真紅の瞳。同い歳とは思えないほど大人びた端麗な顔立ちは男の視線を否が応でも奪ってくる。
普段はローブに三角帽子を被っているんだけど、今はパーティーだからか夜空のように淡い黒のドレスを着ていた。
大人びた彼女が余計にも大人びて見える。貧相な胸部でなければ、僕はきっと鼻の下を伸ばしていただろう。
名前をアリア。魔術師協会に所属する若い天才魔術師であり、パーティーで後方支援を担当していた女の子だ。
「ここまできてそれ言う? どう見ても皆で勝ち取った勝利じゃん! 皆がいたからこそ倒せたんだから!」
とりあえず、持ち上げられたから謙遜しておく。
だけど、実際に皆がいたからこそ魔王を討伐できたわけだし、僕だけの勝利じゃない。
というより、マリアに至っては魔王軍の幹部を三人ほど単独で倒している。これだけで僕だけの力じゃないのは明白なのに。
「その謙遜が胸に刺さるわ───ねぇ、歴代最強の勇者様?」
皮肉を口にしながら笑うアリア。
だけど、その顔は冗談を言っているのだと分かるぐらい浮かれているものだった。
たまに見せるこういう顔は、やっぱり彼女の魅力なんだなと思う。
だから、僕も同じように冗談めかして口にした。
「刺さる胸もないじゃん、このひんn───」
ずぶり。
……。
…………。
……………………あっ。
「目が、目がァァァァァァァァァァァァッ!?」
僕の眼球から聞こえてはいけない音がっ! 痛いッ! っていうより溢れる涙で前が見えないんだけどッッッ!!!???
「まったく、変なことを言う口には困ったものだわ」
「だったら口でよくない!?」
目が、目が本気で痛い。
思わず涙で前が見えなくなってしまうほどであった。
「だ、大丈夫ですかユラン!?」
そんな時、ふとのたうち回る僕の傍からそんな声が聞こえてきた。
温かい光が僕の目を覆い、しばらくするとアリアに痛めつけられた眼球が視界を取り戻す。
すると、目の前に現れたのは───女神だった。
皆がドレスコードを身に纏っている中、一人だけ金の装飾に彩られた修道服を着ている少女。
ウィンプル越しから覗く艶やかな金髪。愛くるしく、それでいて可愛らしい端麗な顔立ち。透き通ったアメジスト色の双眸には目を奪われ、小柄な体躯からは安心させるような優しい雰囲気が醸し出されていた。
そんな彼女の姿を見ているだけで、胸が高鳴る。
彼女の名前はミーシャ。女神の恩恵を一身に受けた教会の聖女であり、パーティーでは回復役を務めていた子。
そして───僕の想い人だ。
「ありがとう、ミーシャ……君がいなかったら、僕は永遠に
「ふふっ、目が治ってよかったです。それにしても、どうして急に目が痛くなったのですか?」
一連のやり取りを見ていなかったのだろうか?
この眼球に対する理不尽極まりない暴力を振るわれた瞬間を。
「気にしないで、ただ緑豊かな山々じゃなくて彼方を見渡せる水平線だって言ったらこうなっちゃったんだ」
「あの、ピクニックの話なのでしょうか……?」
胸部の話だ。
「そういや、お前らこれからどうするんだ?」
心配すらしてくれなかったライダが急にそんなことを訪ね始めた。
「これから、ですか……?」
「あぁ、魔王も討伐して俺達のパーティーは役目を終えて解散するだろ? 俺は騎士団に戻って家督を継ぐが、お前達はどうすんのかなーって」
そういえば、魔王を討伐し終わったあとのことなんて考えてなかった。
というより、そもそも今まで何か目的があって生きてきたわけじゃないし、目的がなくなった以上、何をするのかなど決めてすらいない。
「アリアはどうするの?」
「私は特に決めていないわ。あなたが協会に戻るなら、戻ろうかなって思っていたぐらいね」
「へぇー、そうなんだ」
「そうなのよ」
「…………」
「…………」
「………………で、どうして僕基準なの?」
「い、言わせないで……」
そう言って、頬を染めながらワインを飲み始めたアリア。
はて、理由がよく分からない。魔術師協会はそもそも強制力がないので、仕事がほしければかおを出すぐらいの場所だ。
戻る戻らないは各々の自由なんだけど……どうして僕基準なんだろ───
「ハッ!? そういうことか!」
「な、何よっ」
「ま、まさか僕を虐めたくて……!?」
「お前、アリアが可哀想だとは思わねぇのか?」
解せない、どうして僕は怒られるのか。
「はいっ! 私は故郷に教会を建てて、そこで働こうと思います!」
その時、横にいたミーシャが可愛らしく手を上げてアピールを始めた。
「教会に戻るんじゃねぇのか?」
「いえ、もう女神のお告げはありませんし、聖女としてのお役目は終わりました……ですので、これからは一人のシスターとして働こうと思っています。私、故郷に教会を建ててそこで働くのが夢だったんです!」
なんて素晴らしい夢なんだろうか?
純真無垢さが伝わってくるようで、これは是非とも応援したくなる。
(でも、そうしたら離れ離れになるんだよなぁ)
大聖堂に戻るんだったら幾分か会いやすいけど 、ミーシャの故郷は辺境の村だしおいそれととは会えない。
それは辛い。すこぶる辛い。
僕がその故郷の村に住むっていう選択肢もあるけど、それだと「え? わざわざ田舎に来るぐらい私に会いたかったの?」などと思われてしまうかもしれない。
まだ告白もしていないのに、そんなバレ方は普通に嫌だ。
せめて自分の気持ちをしっかり口で伝えて想いを知ってもらいたい……ま、まだ勇気は持てないけども。
(いや、待てよ……方法はあるじゃないか)
僕の脳裏に、あるアイデアが浮かんだ。
だからからか、思わず口元に笑みが浮かんでしまう。
「教会を建てるっていうが……金はあんのか? お前、もらった金は今まで孤児院とか教会に寄付してきただろ」
「あ、あぅ……そうでした」
思い出したのか、ミーシャはしゅんと肩を落としてしまう。
その姿を見ていると……なんだか心が苦しい。
だから僕は立ち上がってアリアの近くまで寄ると、こっそり懐から小袋を取り出した。
その中には、城をも余裕で建てられるほどの白金貨がぎっしり詰め込まれてある。今まで勇者として働いていた時に稼いだお金だ。
「アリア、これを」
「……なに、これ?」
「僕とミーシャの結婚資金と、老後の生活費だよ」
「付き合ってもいないのに厚かましいわね」
夢を見るぐらいはいいじゃないか。
「それで、これをミーシャに渡せってこと?」
流石、パーティーを組む前から魔術師として共に過ごしてきた仲だからか、渡しただけですぐに理解してくれた。
流石はアリアだ。貧相な未開拓地だと馬鹿にしてごめんね。
「うん、僕から渡しても受け取らないだろうからね。枕元にでも置いておいてほしいんだ。女神様からのプレゼントって言えば、きっと受け取ってくれるはずだよ」
「別にいいけど……あなた、好きだからって流石に人がよすぎない? これ、ユランの全財産でしょ?」
「んー……確かに好きだって理由もあるけど───」
肩を落とすミーシャをチラリと見て、僕は口元に笑みを浮かべた。
「ここまで頑張った女の子の夢ぐらい、叶えてあげたいなって思ったんだ」
文字通り命を懸けて、人のために頑張った女の子。
だからこそ報われてほしいと思う。平和にしてくれた女の子の夢ぐらい、僕は叶えてあげたい。
それが、ミーシャの今までに対する対価としては充分なはずだ。
「(……羨ましいわね)」
「ん? 何か言った?」
「なんでもないわよ」
そう言って、アリアは頬を緩めながら渡した小袋を懐にしまった。
何を言ったか気になるけど……まぁ、これ以上突っ込んだら瞳に暴力を振るわれそうだからやめておこう。
「それよりミーシャとライダは分かったけど、ユランはこれからどうするか決まっているの?」
「ん、僕? 僕はミーシャの話を聞いて決めたよ───」
「おぉ、勇者よ! ここにおったか!」
言いかけた途端、ふと背後から声がかかった。
そこには、この国の国王である妙齢の男の姿があった。
「突然じゃが、一つお願いがあったの。もしよかったら、うちの娘と婚約───」
「あ、いえ。僕は牧師になるので」
「……は?」
は? って言われても───
「ミーシャと一緒にいるには、教会で働くのが一番ですから」
魔王を討伐して、勇者という役目を終わった。
そんな僕は想い人と一緒にいるために……牧師になることを決めた。
勇者としてではないユラン自身の、第二の人生だ。
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次話は12時過ぎに更新!
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