第5話 ホーバック

ある日の朝、いつも通り森に向かうと

森の中で車輪の壊れた4頭立ての馬車を見つけた。


村では見た事の無い立派な箱型の馬車だ。


その傍には、立派な髭の男性が座り込んでいる。


「おじさん、どうしました?」


「おお、この辺りの子か? すまないが馬車が壊れた時に脚を痛めてね、

誰か大人の人を呼んできてもらえないか?」


おじさんは私の青い髪を見て驚きながらも、丁寧な口調で私に話してくれた。


「すぐ、お父さんたちを呼んできます」


 私は急いで家に帰って、お父さんとポグナスさんを呼ぶ。

 二人を連れて急いで馬車の所に向かった。


「おお、坊や、大人の人を呼んできてくれたか」


お父さんとポグナスさんで馬車の車輪を予備の物と取り換え、ポグナスさんが御者を務めて馬車で村に戻ってきた。


今は私の家でお母さんがおじさんの脚を手当てしている。

おじさんは都の商人でホーバックさんという人だった。


 村長もやってきた。

「ホーバックさんでしたか、こんな辺鄙は所にわざわざ馬車で来られるとは

何か探しておられるのかね?」


ホーバックさんは足の痛みに顔を引きつらせながらも

「ええ、探し物がありまして。村長は昔、湖の東に村が在った事をご存じですかな?」


「過去の村の記録で見たことはあります、確か、ずいぶん昔に疫病で無くなってしまった村の事ですな」


「その村で僅かに作られた『あおしずく』と呼ばれる薬を探しています」


村長も他の村の人たちも頭を捻っている。


「すみませんが、村の誰も聞いたことも無いですな」

「そうでしょうな、それと湖の小島に祠があると聞いたのですが?」

「はあ、そう聞いてはいます。しかし、ここには舟もありませんし、

 村の者でも小島に行った事がある者はおりませんな」


「そうですか、そういえば冒険者を呼ばれて記録もありましたが?」

「はい、3年程前に湖に巨大な蛇が出ましてな、

調査と討伐を依頼しましたが見つけることすら出来ませんでした」

「巨大な蛇がいたのは確かなんですか?」


「ホーバックさん、あなたを見つけたこの子、

ポジャカの髪は、あの蛇と会って色が変わりました。

もともと、嘘を付くなど考えもしない子だが、

こんな事が起きていて何も居なかったとは思えない」


「そうですか、失礼しました」


「しかし、薬ですか? いったい何の薬なんですか?」


「王都の図書館にあった記録では、断声病だんせいびょうの治療薬だということです」


「断声病ですか?」


「はい、声が出せなくなるやまいです。

症状が進むと呼吸も困難になり死に至ります」


「ほう、そのようなやまいがあるのですか?」


「ええ、その治療薬も『あおしずく』という名前しかわかりませんが、

何か手がかりでも無いか手を尽くして探しています」


「名前以外に手がかりは無いのですか?」


「記録によれば『あおしずく』という名前なのに、

色は琥珀色こはくいろで非常に甘い薬だったそうです」


あれ? それって・・・いや流石に樹液なんてどこでも採れるでしょ。


「それは、変ですな。何故『青の』なんでしょう」


「湖に住む、青い色の神様に捧げられた薬だそうです。

それで『あおしずく』と名付けられたと書かれていました」


「不思議な言い伝えですな」


「まったくです」



うちのお母さんが

「ホーバックさん、この足で動くのは無理です、

おそらくこれから腫れるでしょうから今夜は家に泊まっていってください」

と声を掛けていた。


 その日の夕食はこの村では珍しい来客の為、近所からの差し入れが多く、

私もご相伴しょうばんさせてもらう事になった。


 ホーバックさんも、商人らしく会話も巧みで、あまり世慣れてない両親とも上手く話しをしていた。


 明日の朝、村の大人と湖に見に行くつもりのようだ。


 夕食の後、お父さんは久しぶりのお酒で眠ってしまった。

お母さんは、夕食の後片付けをしている。


 ホーバックさんの商売の話や、都での話は中々おもしろい。

 大きくなったら、1度は都に行ってみるのも面白いかもしれない。


「ポジャカ、怖い事を思い出させるかもしれないが、湖では巨大な青い蛇を見たんだったね」


「はい、友達のジャンガと一緒に湖で見ました。

湖から頭だけを出してこちらを見ていました」


「よく無事だったね」


「私は気絶してしまって、その後の事は覚えて無いんです、

気が付いたら自分のベッドの上で、私の髪はこの色になっていました」


ホーバックさんは、いたずらっぽく笑いながら


「もしかしたら、ポジャカは湖の神様に会ったのかもしれないね」


「神様ですか? あとで思い出すとキレイな青い色でしたが、

その時は怖くて動けませんでした」


「もっとも、古文書に書かれていたのは『青く大きな神』とか『するどきば』に

あおしずく』を捧げたみたいな表現だっかからね

 青くて大きくて牙が有るなら口はあったんだろうね」


「琥珀色で非常に甘い薬を捧げたのですから、甘いものが好きかもしれませんね」


 ホーバックさんは、楽しそうに


「そうか、神様は甘いものが好きか、それは気が付かなかったな」


 と笑いながら、私の頭を撫でた。


私の頭を撫でていたホーバックさんだったが、

何か思い出したのか急に目に涙をためている。


「すまないな、孫の事を思い出してね」


「お孫さんですか?」


「ああ、実はその孫が断声病に掛かってしまって薬をさがしているのさ」


 涙を拭いながら、そう言ったホーバックさん。


「病気に掛かってからは、声も出せなくなって塞ぎこんでしまってね」


「そうだったんですか」


「ああ、それで治療法を求めて王都の図書館の蔵書から、

 治療薬にまではたどり着いたんだがね

 まさか村が無くなっているとは思わなかったよ」


「明日、湖に行かれるのですか?」


「ああ、君のお父さんが案内してくれるそうだ。

ポジャカは湖にはよく行くのかい?」


「はい、ジャンガに引っ張られてよく行きます。

でも、私もジャンガもまだ泳げないので

 お父さんから絶対に水に入らないように言われています」


【ホーバック】

不思議な子だな、青い髪を見た時は思わず驚いてしまったが、

子供とは思えない程話しやすい。


言葉も丁寧で物腰も柔らかい、まるで司祭様と話しているような感覚になる。


【ポジャカ】

翌朝、ホーバックさんは馬車で、お父さんたちと湖に見に行った。

そして、お昼前に帰って来たお父さん達とホーバックさん。

葉っぱを手に持って、何か真剣な顔で話をしている。


「なにかあったんですか?」


「ああ、ポジャカ、君のお父さん達が泳いで小島まで見に行ってくれたんだがね。

 小島には朽ちた祠と何故かこの葉が何枚も落ちていてね。

 君のお父さんによると小島には、この葉をつける樹は無かったらしい。

 それなら、誰が祠に持ってきたのか分からなくてね。不思議な話だろ」


 と、中央のへこんだ葉っぱを見せてくれた。

 どうやら、青い蛇はお供えを受け取ってくれたようだ。


「私は一度、都に戻るとするよ。今度は舟を持って来て小島を調査させてもらおう。

調査の得意な冒険者に来て貰って、昔の村の跡も調査してもらおうと考えている。

ポジャカ、ありがとう、世話になったね、また来るよ」


せっかくなので、ホーバックさんが馬車で帰るときに、

袋に樹液の塊を5個入れて渡した。


「ポジャカ、きれいな物だけど、これは石かな? 」


「いえ、樹から取れる樹液を固めたものです、大きなコップぐらいのお湯に溶かして飲んでみてください。『青の雫』のような薬では無いですが甘くて喉によさそうなので、よかったらどうぞ」


「おお、ありがとう。試してみるよ」


 そうしてホーバックさんは帰って行った。


【ホーバック】

 都に戻る途中、馬を休ませている時に、ポジャカに貰ったコレを1つ取り出して眺めてみた。濃い茶色の円形で平たい物、光沢があって向こうが透けて見える。


鼻を近づけると僅かに甘い香りがした。


「ポジャカは樹液を固めたと言っていたな。

 確かに液体では無いから『青の雫』では無いのだろうが

 甘いと言っていたし、私が試してからメルの土産に良いかもしれないな」







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