閑話 青の賢者
【イリシメル】
以前、セラメル殿に聞いた
『初めてですよ、あんな地獄のような光景を見たのは』
あの話を聞いた時、恐れを抱いたのは間違いない。
でも、本当には理解出来て無かった。
今、見せられている光景は地獄だった。
あの時、ポジャカ様が警告された時。
誰もが、目に見えない圧力を受けて動けなくなっていた。
そして理由のない恐怖感が身体に流れ込んで、私は息が出来なくなった。
その私に、甘い薬を飲ませたポジャカ様が、
今、一人で【黒き獣】に向かって歩みを進めていた。
馬車から出てすぐに、地面に叩きつけられる。
それでも立ち上がって、ゆっくりと歩きだす。
周りの騎士や大人達が、圧力と恐怖に動けない中で
ただ一人、ゆっくりと向かっていく。
何度も崩れ落ち、土にまみれながら
脚に活を入れる様に叩きながら
ゆっくりと、ゆっくりと
そして、とうとう立ち上がれなくなって
倒れた姿勢のまま、今度は腕を使って前に進みはじめた。
『初めてですよ、あんな地獄のような光景を見たのは』
腕を使って前に進んでいたが、
とうとう腕の力も尽きたのか
ポジャカ様の動きが止まった。
「ガッ、ギッ」
人の口からこんな音が出るのか、
ポジャカ様が立ち上がろうとしている。
全身を震わせながら、ポジャカ様は立ち上がった。
それでも、【黒塚】は遙か向こうだ、
見ている私達にすら絶望的な距離にみえる。
その時になって妙な物に気が付いた。
ポジャカ様の後ろに、大きな水の塊が浮かんでいる。
なんで、あんな物が?
『初めてですよ、あんな地獄のような光景を見たのは』
「ヒィ~~~~~」私の口から無意識に悲鳴が出ていた。
悲鳴が出ているのに、頭では理解出来ていない。
今、何が起こったの?
私だけでは無かった、周囲から悲鳴が上がっていた。
それを聞いて、私はやっと、その状況を受け入れた。
【黒塚】にたどり着くために、自分の背中に水魔法を叩きつけたんだ。
ポジャカ様の身体は、宙を飛んで【黒塚】に叩きつけられていた。
その音は、およそ人の身体が出す音には聞こえなかった。
それを見ている人間すべてが【死】を連想した。
ポジャカ様が、ピクリと動いて身体を【黒塚】から引きはがした。
そして、石の蓋のあたりで見えなくなった。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
圧力と恐怖が消え去っていた。
「ポジャカを救え!」
「青の賢者様をお助けせよ!」
そこには、全身に傷を負いながらも生きていてくれた、
ポジャカ様の姿があった。
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