閑話 もらった物

【ホーバック】


 王都 ホーバック家


「ホルマ、今戻った、メルの様子はどうかな?」執事長のホルマに問いかける。


「お嬢様は今日も自室で塞ぎこんでおられます」


ポジャカに貰った袋をホルマに渡す。


「そうか、ホルマ、この中身を1つ大きなコップくらいの湯で溶かしてくれないか?

 旅先で出会った子供に貰ったんだが甘くて喉に良いらしい、

私が飲んで美味しいならメルにも飲ませてやろうと思ってな」


袋を受け取ったホルマが表情を変える。


「ホーバック様、そんな得体の知れない物、大丈夫なのですか?」


「あの少年は、私を助けてくれた中々の知者ちしゃだよ。なんでも樹の樹液を固めた物らしい」


「では、ご要望通りさせていただきますが、念のため私が先に毒見をいたします。よろしいですね? 」


「ああ、わかったホルマは心配性だな」


 屋敷の厨房でホルマは自分で樹液の塊を溶かしてポットに入れる。

 ホルマはポットと2個の小さなガラスの器を銀のトレイに乗せてやって来た。

 ガラスの器の1つにポットから暖かい液体を注ぐ、ガラスの器に琥珀色の液体が注がれた。


 ホルマは器を手に取り口元に持って行く 


「甘い香りがしますね」


 そして器に口を付けた。ホルマの表情が驚きに変わる。


「どうかね? あの少年の事だから妙な物は渡さないと思うが」


「素晴らしいですね、私の表現力の無さを感じました。強烈な甘さと言いますか。

 ただ、体の影響を見ますのでホーバック様はしばしお待ちください」


「そうか、お前のその顔を見てすぐに飲みたくなったが我慢するとしよう」


 しばらく時間を置き、ホルマがガラスの器に琥珀色の液体を注ぐ。


「どうぞ、ホーバック様」「うむ、いただこう」


 そうして、ガラスの器に口を付ける。


 口から香りと強烈な甘さとコクが広がった。


「これは・・・とんでもないな」


「はい、この甘さは特に女性の方に好まれるかと思います、

お嬢様へのお土産にはピッタリですね」


「ああ、そうだな。すまないな、私はつい商売の事を考えてしまったよ」


「では、さっそくお嬢様にお持ちしましょう」


「ああ、そうしてくれ。ポジャカ君には何か礼をしなければいけないな」




【メル】


 私は、声が出なくなってから、ずっとこの部屋から出ていない。


 お医者さまからは断声病という病気で声が出せなくなっていると言われた。


 筆談でお医者さまに、いつ頃声が出せる様になるか聞いてみた。


 お医者様に、この病気の治療法は見つかっていないと残酷な宣告を受けた。


 その後も何か説明されていたが、憶えていない。


 お父様もお母様も、そしておじい様も手を尽くして治療法を探してくれている。


 先日もおじい様が「王都図書館に治療薬らしい記述を見つけたので、ちょっと行ってくる」と言って出かけていった。 


コンコン

「お嬢様、ホルマです。ホーバック様が良い物を持って来て下さいました」

ホルマが来た。


「私もホーバック様も先ほど頂きましたが素晴らしいものでした。

メル様のお口に合うと思いますよ」


 とグラスにポットから琥珀色の液体を注ぐ。


「さあ、どうぞ、お召し上がりください」


私の前に差し出されたグラスからは甘い香りが漂って来る。


その香りに誘われてグラスを口にする。


口の中に広がる暴力的ともいえる甘さと香り、その滑らかな液体が喉に流れ込む。


美味しかった、こんな飲み物は初めて。


「よろこんで頂いたみたいですね」


 のどが少し熱い。


 ホルマに筆談で「すこし休みます」と書いて見せた。


「はい、では失礼します」


 ホルマが部屋を出ていくのを感じながら、私は眠りに落ちた。


目を覚ました私は自分の喉に違和感を覚えた、声が出せなくなってから

ずっと感じていた閉塞感が無くなっている。


「いったい何が・・・」口から出た自分の声に驚く。


「これは夢? 声が出ている」


 でも、テーブルの上にはホルマの持って来てくれたポットとグラスが置いてある。


「私・・・・・治ったんだ」


私はベッドから降りて、おじいさまの元へ走った。




【ホーバック】


ホルマにメルの様子を聞いてから、

馬車に積める大きさの舟の手配と冒険者ギルドへの依頼書をまとめていると

ノックも無しにドアが開いた。


そこにはメルが息を切らせながら立っていた。


 「メル?どうしたんだね? 今、書くものを用意するよ」


 「おじい様、私、声が出ます」


 私は書き掛けの書類を放り出して、驚きの声を上げた。


 あまりの喜びと驚きに動揺が収まらない

 ホルマにお茶を用意してもらい、メルと久しぶりに話をする。


 息子夫婦には手紙を送り、念の為に医師を呼ぶように手配する。


 ポジャカからもらった樹液の塊を手に取り


「これは、古文書に記載されたものと違うが、効能は『青の雫』だったと言う事か」


 と呟いた。


「おじい様、古文書にはどういうふうに書かれてましたの?」


「色は琥珀色で非常に甘い薬・・・そうか溶かして出来た液体の事か」


「これは高価な物では無いのですか?」


メルに言われて気がついた。


「ははは、なんと言う事だ、このホーバックが対価も支払わずに『青の雫』を

貰ってしまうとは」


「もらったんですか?」


「ああ、君へのお土産に『薬ではないですけど甘くて喉に良さそうなので』と言って、渡してくれたんだ」


「ホーバック様、グレイク先生がお見えになられてます」


「おお、そうか。お通ししなさい」


「はい」


息を切らせながらグレイク先生がやってきた。


「ホーバック様、メルさんの声が出たというのは本当ですか?」


「グレイク先生、ごらんの通りです」


「グレイク先生、メルですわ、お久しぶりです」


「メルさん、お久しぶりです。

まことに不躾ながら診察させて頂いてもよろしいかな?」


「どうぞ、私も本当に治ったのか心配ですので」


グレイク先生がメルの口の中を見たり、喉に触れて何か確認をしている。


「メルさんからは、断声病の症状は消えています。ホーバック様、

いったいどの様な治療法を試されたのですか?」


「うむ、それなんだが。どうやらコレが薬らしいのだ」


と言ってポジャカからもらった茶色い塊を見せる。


「これが薬ですか?」


「ああ、王都図書館で断声病の治療薬『青の雫』の記載を見つけてね、

それを作っていた村を探したんだが、100年以上前に疫病で滅びた村だったんだ。

仕方なく近隣の村を訪ねたんだが手がかりすら見つからなくてね

  諦めて帰る時に、ある少年がコレを渡してくれたんだ。

『薬では無いけど甘くて喉に良さそうだからお孫さんに』と言って私にくれたのがこれだ」


 「どうやって、使うのですか?」


 「これを1つ、大きなコップのお湯に溶かすだけだよ」


 「ホーバック様、この薬を是非とも譲って頂きたい」


 「ああもちろんだ。ここに4個あるから持って行きなさい」


ポジャカにもらった袋をそのままグレイク先生に渡す。


 「はい、これで助かる方が大勢います」


 「私は明日にでもこの薬をもらった村に向かうとするよ。

  まだ手に入るなら入手してくるつもりだ」


 「はい、お願いします。では私はこれで失礼します」


 「ああ、手に入ったら連絡するよ」


 「はい、では」


  グレイク先生は慌ただしく帰って行った。


 「グレイク先生はお忙しいのですね?」


 「それはそうさ、断声病は声が出なくなる初期ならともかく

 症状が進めば命にかかわる病気だからね」


メルの顔色が変わる


 「そう・・・・だったんですの?」


 「この娘は、先生がちゃんと説明して下さってたのだが?」


 「声が出なくなって、治らないと聞いてからの事はあまり覚えてなくて、

  ごめんなさい」


 「まあ、メルが元気なら良いか。私は明日から出かけるのでね、

  メルは治ったばかりなのだから大人しくしておいてくれないか?」


 「この薬をもらった村に行くのですね?」


 「ああ、対価を払わないのでは商人ホーバックの名折れだからね」

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