ヒット・フォー・ユー
ゴローさん
ヒット・フォー・ユー
「俺がヒット打ったら、告白するから。返事考えといてくれないか。」
高校野球夏の県予選決勝の前夜。俺、
「ふん‼そもそもあんた打てないんじゃないの?あんた大一番に弱いし。」
少し驚いたような顔を祥太朗にさらしてから、穂波はそう尋ねる。
そう言われて、頭をかきながら、
「耳が痛い、、、でも、この三年間練習してきたから。それを全力でやればいいんだと思う。」
「ふん。まぁ、答えなんて私の中から最初から決まってるんだけどね。振られる覚悟があるなら、ヒット一本ぐらい打ちなさいよね。」
「私もう寝るから。おやすみ。」そう言って穂波は自分の部屋に戻っていく。
一人残された、祥太朗は、「まじかー。いきなり失恋しちゃってんじゃん。」と独りごちながら、明日の決勝に備えて早めに寝るために、自分の部屋に戻ることにした。
そんな二人の出会いは、高校一年生のときに遡る。
◇◇◇
二年前。
俺は幼い頃から好きだった野球をするために、高校の野球部に入ることにした。
その当時の野球部は、夏の大会で三回戦くらいまでは行くが、惜しくも敗れるという感じだった。
だから、強豪校ならではの選抜テストなんかはなく、皆で一緒にうまく野球をしましょう、というスタンスだったので、初心者の俺も除け者にされることはなかった。
そして迎えた、初めての練習の日。
俺は買ったばかりのグローブをうまく扱うことができず、キャッチボールしていたときに、ボールが顔面に当たってしまった。
痛みの悶絶しながら、うずくまっているとマネージャーの体験に来ていた穂波が近寄ってきて、
「大丈夫?歩ける?」
と優しく声をかけてくれた。
一目惚れなんかじゃなかった。
最初は自分のことを心配してくれる優しい子だと思っただけだった。
その後練習の時、穂波が体育教官室にスポーツドリンクを入れるためのジャグを持って来るところを見かけるたびに一緒に持って行くようになった。
そこで他愛もない会話をするようになって。
彼女の満面の笑みを見ていると、心臓が高鳴って。
―――それが恋だと気づくのに時間はかからなかった。
◇◇◇
翌日。
試合は8回まで進んで、2−1でうちの高校が負けている。
そして俺は、相手投手のキレのあるスライダーに手も足も出ず、今の所3打数3三振と散々な結果になっていた。
しかし九回。最後のチャンスを俺らの高校は作る。
五番から始まるこの攻撃。
いつもはホームランを狙っているやつだが、今回は違った。
くさいところをカットして、カットして、カットして、、、15球目でフォアボールをもぎ取った。
ノーアウト一塁。
すかさず次にバッターがピッチャーに取らせるように送りバントをした。
ワンアウト二塁。
しかし、そこで相手のピッチャーがギアを上げたのか、続くバッターは二球目で追い込まれてしまう。
しかし、三球目。鋭く曲がるスライダーにバットを半分投げ出しながらも当てると、セカンド前に転がる。
これが進塁打となった。
ツーアウト三塁。
ここで、今日三本のヒットを打って当たっている八番バッターに回ってきた。
―――頼む‼なんとかしてくれ!
―――最後踏ん張ろう!
二つの想いが球場の中で交錯する。
そんな中注目の初球、、、は投げられることはなかった。
相手の監督がベンチから出てきて、審判に一言話しかける。
八番バッターが一塁に歩き始める。
敬遠だ。
当たっているバッターと勝負するより、当たっていない次のバッター―――つまり俺と勝負っすることを選んだのだろう。
上手な人は、ここで燃えて、絶対に打ってやる、と意気込むところなのだろう。
しかし俺は、そんな事を考えている余裕はなかった。
ここで打ち取られたら、俺だけでは済まず皆の夏を終わらせてしまうのだ。
その上、今日バットに当たる気配すらなかった、あのスライダーを相手は持っているのだ。
終わった。
そう思いつつ、打席に向かおうとすると、後ろから急に話しかけられた。
「あんた、昨日なんて言ったのか覚えてる?『この三年間練習してきたから。それを全力でやればいいんだ』だよ‼あんなカッコつけたこと言っといて、中途半端なスイングしたら許さないから。」
穂波だった。まるで俺の瞳の奥そこにあるものを覗き込むように話しかけてくれる。
それによって、俺がさっきまで考えていたことが、溶けていくような気がした。
もう、開き直るしかない。
そう考えながら、「ありがとう」と穂波に笑いかけて打席に向かった。
初球。スライダーに迷いなくスイングをするが、空振り。
その間に一塁ランナーが盗塁を決める。
ツーアウト二塁三塁。ノーボールワンストライク。
普通、迷いなくスイングできるのはツーストライクになるまで、
そこからは三振しないように気をつけないといけないからだ。
だから、次ストライクにくる球をスイングするときが、迷いなくスイングするラストチャンス。
さぁ来い。
俺はバットを構えた。
◇◇◇
お願い、打って。
チームとしても甲子園に行きたいし何より、、、
私はそう願いながら、祥太朗の打席を見つめていた。
◇◇◇
コツッ
二球目のスライダーに対してフルスイングした結果、ショートの前に力ない打球が転がる。
きっとアウトだろう。だから全力で走らなくてもいいんじゃないか、と頭の中の冷静な自分が話しかけてくる。
それでも、俺は本気で走り続ける。
息を吸うのも忘れて走り続ける。
まるで、、、目先のセーフ以上のものを追い求めるように。
ファーストにはまだボールが渡っていない。
予想に反してタイミングはギリギリだったようだ。
それを見て、足がもつれるようにヘッドスライディングをする。
その時、
頭に強い衝撃が走って、俺に意識はブラックアウトした。
◇◇◇
祥太朗の打球はショート正面に力なく転がった。
しかしフルスイングしたおかげか、打球のはね方が不規則になっている。
それを見てショートが一歩後ろに下がって取る。
その間に、俊足の祥太朗は一塁に向かって近づいていく。
これも、私が祥太朗のことを好きになった理由の一つだ。
足が速いというところも好きだが、何事にも一生懸命、最後まで取り組む彼の姿勢に惚れたのだ。
間に合って!と叫んだ。
それに合わせて祥太朗がヘッドスライディングを開始する。
タイミングはアウト。
しかし送球がそれて、
ヘッドスライディングした祥太朗の頭に当たった。
これによって三塁ランナーに続いて二塁ランナーまで帰ってくる。
でも私はその様子を見ていなかった。
皆が歓喜を爆発させて、ホームベースのあたりに集まっていく。
でも私はその輪には加わらなかった。
「祥太朗⁉大丈夫?」
私は駆け足で祥太朗のところに近寄っていく。
ヘッドスライディングしたところからピクリとも動かなくなっていた。
やばい。
このままじゃ祥太朗が死んじゃうかもしれない。
そう慌てていると、審判の人が声をかけてくれた。
「ヘルメットを着用していたから、軽い脳震盪だとおもうよ。悪いけど、ベンチの涼しいところで様子を見ておいてくれるかな?」
「わかりました。」
私は急いで祥太朗をおぶってベンチ裏に下がった。
◇◇◇
目を覚ますと、俺は見知らぬところで寝ていた。
そして穂波が心配そうに俺の顔を覗き込んでくれていた。
あれ、俺は一塁にヘッドスライディングしたはずじゃ、、、?
まだぼんやりとしている頭でそう考えていると、穂波がわっと泣き出しながら俺に抱きついてきた。
「もう‼危ないことするんだから!心配したんだからぁ」
そう言ってまるで赤ちゃんのように泣きついてくる穂波を受け止めて、俺は尋ねた。
「これどういう状況なの?」
「ショートからの送球がそれて、祥太朗の頭に当たった後、更にそれる間に二人のランナーが帰ってきて逆転サヨナラだよ。」
「まじで⁉良かったぁ!」
俺は胸をなでおろす。これで俺らはまだ野球を続けられる。
ふと、近くに置かれてあった、スコアブックを取って最後の記録を見る。
すると
遊失
と書かれていた。
そこで俺は少し落ち込む。
今日の俺の成績は4打数0安打。
「おれ穂波に告白はできないわ。最後の打席もエラーだし」
おれは弱々しく笑った。
結局俺の恋は相手に打ち明けることもなく終わるらしい。
しょうがない。ナインの皆と合流しよう。
そう思い立ち上がろうとした時、穂波が抱きついてきた。
さっきとはぜんぜん違う、明らかにマネージャーと部員の関係では成立しない強さのハグに俺はうろたえてしまう。
「えっ、えっ?ほ、穂波さん?」
「もう。しょうがないな。私と付き合ってください。」
「、、、えぇー!!」
俺はあまりの衝撃にしばらく思考停止状態に陥ってから、叫ぶ。
「もう!恥ずかしいから早く答えをくれると嬉しいのだけど?返事を聞かせてくれるかしら。」
上目遣いで尋ねてきて来るのを見て、若干頭がくらくらする。
これはさっきのヘッドスライディングのせいだけじゃないだろう。
そして、俺の答えは最初から決まっている。
「俺も穂波のことが好きだ。大事なところでヒットも打てない不束者ですが、よろしくおねがいします。」
そう言うと、二人で吹き出して、笑い合う。
ふたりとも無事付き合うことができて心から安心していた。
ひとしきり笑いあった俺たちだが、穂波が、言いにくそうにオレに言ってきた。
「あの、、、まだ実感があんまり湧かないから、キスしてくれると嬉しいのだけど?」
そう言って目をつむり唇を控えめに突き出す穂波。
そのとても可愛い顔に俺の顔に顔を近づけて、、、軽く頭にチョップを入れた。
「な、なにするのよ!」
頬を膨らまして可愛く怒る穂波に俺は言った。
「正直俺もしたいけど先にやらないと行かないことがあるでしょ。キスはその後ね。」
そう言って立ち上がって、穂波に「皆のところに行こう!」と手を差し出す。
「キス、約束だからね!」
そうやって笑う彼女の笑顔は、今日の天気にも負けていないくらい輝いていた。
この後、俺らは優勝する。
ヒット・フォー・ユー ゴローさん @unberagorou
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