第48話  誰よりも

 

 クリスマスムードの街は、なんだか気忙しい。

 スーパーで、大音響でかかっているクリスマスソングも、早送りみたいに聞こえる。それを聞いていると、なぜだか、追い立てられる気分で、なんでもいいから何かを買わねば! そんな気持ちになるから不思議だ。


 僕は、急いで、メモを見ながら買い物をすませる。和也に、用意を頼まれた食材や調味料もある。どうやら、イブには、また、ごちそうを作ってくれるらしい。

 新しいメニューをマスターするたびに、和也は、僕と丈くんを相手に、試食会を開く。そのどれもが、大ヒットなのだ。当然、僕らの期待感も、思いっきり高まっている。そんなわけで、イブは、和也のごちそうを食べながら、僕ら4人は、夜通し語り明かす予定だ。


 その前に、クリスマスイブイブを、2人で過ごそう、と麻ちゃんが言った。一昨日は、萌が遊びに来ていて、僕は謙杜の家庭教師で留守だったけど、2人は、いろんな話で盛り上がっていたらしい。クリスマスは、僕らにとっては、宗教行事というよりも、親睦行事のようだ。


 スーパーから戻った僕は、元気よくドアを開ける。

「ただいま! 麻ちゃん」

「お帰り! 大ちゃん」

 麻ちゃんの声が弾んでいる。

このところ、毎日のように、来客があって、僕らは、賑やかな日々を過ごしている。だから、麻ちゃんも僕も、なんだかバタバタしながらも、楽しい。


 買い物袋から、買ってきたものを取り出している僕に、麻ちゃんがきく。

「何買うてきたん?」

 萌の影響か、麻ちゃんが、少し関西弁になっている。

 いつも、萌が帰ったあと3日間ぐらい、麻ちゃんは関西弁モードになる。

「……え~とね。チキンといろんなサラダの盛り合わせとピザとビール」

「美味しそう」

 取り皿とお箸とグラスを、二人分用意する。

「はい、麻ちゃんにもビール」

「やった!」

 リビングのローテーブルの前に座って、僕は、自分の隣に置いたグラスに、ビールをつぐ。

「料理は、何がいい?」

「え~とね。チキン。あ、ポテトサラダ。ピザも一切れ」

 僕は、いそいそと、麻ちゃんの皿に料理をのせる。そして、自分のグラスにもビールをついで、同じ料理を自分の皿にものせる。

「じゃあ、乾杯!」

「乾杯!」

 テーブルの上の麻ちゃんのグラスに、コツンと自分のグラスを合わせる。

「まず、どれが食べたい?」

「う~ん。チキン!」

 麻ちゃんが答える。さっそく、チキンをかじって、僕は食レポをする。

「う~ん。なかなかジューシーな仕上がり。このちょっとスパイシーな味付けが

いい感じやね」

「うんうん。いいね。あ、ポテトサラダも一口」

 ポテトサラダを一口、食べる。

「ちょっと粗めにつぶしたポテトがいいね。マヨネーズの量、絶妙」

「やっぱり、玉ねぎ入ってるのいいよね」

 麻ちゃんも言う。

「そやな」


 僕は、麻ちゃんのリクエストに応じて、次々料理を口に運ぶ。

 程よく、お腹もいっぱいになり、ビールの酔いも少し回ってきた頃、

麻ちゃんが言った。

「あ、大ちゃん。テレビ、始まるよ」

「あ、そうか。そやったね」

 僕は、テレビのスイッチを入れる。

 今年、大きなブームを巻き起こした、天才ピアニストのドラマの総集編が、毎日2話ずつ、再放送されるのだ。録画したものをあれほど何度も見たのに、やっぱり、僕らは、そのドラマが大好きで、再放送も楽しみにしていた。しかも、初回は、ドラマ本編の前に、出演者のスペシャルインタビューが流れるということで、それも、楽しみの一つなのだ。もちろん、録画はしてある。それでも、リアルタイムでも見ずにはいられない。


 2人で、ドラマを見ながら、おしゃべりして、一緒に笑ったり泣いたりする。美味しそうな食べ物や美しい景色が出てくると、2人して、うっとりと眺める。

 夢中になって、2時間はあっという間に過ぎていく。



 クッションにもたれて、すっかりくつろいだ僕は言う。

「ねえ、麻ちゃん」

「ん?」

「今年は、ほんとに、いろんなことがあったね」

「うん」

「僕にとって、一番大きかったんは、麻ちゃんと出会ったことやな」

「そう? 私もやよ。大ちゃんに出会えて、ほんとに、よかった」

「ありがとう」

 僕は、心を込めて言う。

「大ちゃん、私ね、大ちゃんの『ありがとう』って声、すごく好き。優しくて温かくて、心にすうっと入ってくる感じ。『ありがとう』って私の一番好きな言葉。それも、大ちゃんの言う『ありがとう』がいっちばん、好き」

「僕も、好きな言葉があるな」

「何?」

「麻ちゃんの言う『大好き』やな」

「ふふ。そうなんや」

「ほら、出し惜しみせんと、いっぱい言うてええねんで」

「もう……大ちゃんてば。――大好きやよ。大好き」

 麻ちゃんが笑いながら繰り返す。

「大ちゃん、だ~い好きだよ。全世界で一番。全宇宙で一番、誰よりも誰よりも、大ちゃんが、大好きだよ」

「僕もやで。僕も、誰よりも誰よりも、麻ちゃんが大好きやで」

「ありがとう。大ちゃん」

 麻ちゃんのほほ笑んだ顔が見える気がする。

「ねえ、大ちゃん。大ちゃんのいろんな顔見てみたいな」

「例えば、どんな?」

「そうやねえ。泣いた顔も、ちょっとふくれっ面な顔も、笑った顔も、眠そうな顔も、寝顔も、そういえば、案外、いっぱい見てるなあ。……あ、そうや、ウィンク!前にしてくれた、ウィンク、かっこよかった!」

「そう?」

「うん。ウィンクって、アイドルでもなければ、サマにならないと思ってたけど。大ちゃんのウィンクは、なかなかに素敵!」

「そう?」

「うん」

「じゃあ、リクエストにお応えして」

 右目で軽くウィンクしてみせる。

「いいね。じゃ、左も」

「左は、ちょっとあんまり上手くいけへんけど……」

 左目を軽くつぶる。

「上手いよ。……素敵」

 麻ちゃんが笑う。

「右も左もとっても素敵。ということで、今度は、両方同時にいこう」

「え? 両方同時やったら、それって、瞬きやん」

「ううん。ダブルウィンク!片方でこれだけ素敵なんやから、両方は、やばいくらい素敵だよ、きっと」

「何言うてるん。照れるやろ」

 赤くなっている僕に、麻ちゃんまで、少し照れくさそうな声で言う。

「へへ。……じゃあ、『せーの』って私が言ったら、ダブルでウィンクしてね」

「了解」

「じゃあ、いくよ。……せーの!」

 僕は、両方の目を静かにつぶる。

 次の瞬間、僕は、頬にかすかに、何かが触れる気配を感じた。

 柔らかで、温かな、優しい感触。

 その直後、どこかで、バタンとドアの閉まる音が聞こえた気がした。

 僕は、急いで目を開ける。

「麻ちゃん?」


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