第47話  それが僕ら


 どれくらい時間が経ったのだろう。

 目をつぶったけれど、当然眠れなくて、そのまま、僕は、頭の中で、いろんなことを考えていた。


 痛みと疲れで、僕は、確かに、いつもより弱気になっていた。

 麻ちゃんのそばに行きたいと、ついつい言ってしまった。

 それは、つまり、麻ちゃんと同じように、死んでそちらの世界に行く、という意味になってしまう。だから、麻ちゃんは怒った。

 彼女は、いつも、僕には、絶対無事で元気でいてほしい。そう願ってくれているからだ。

 でも。

 なんだか、僕を心配する言葉が、いつもより明らかに多かった。

 事故にあいかけた僕の無事を喜ぶ言葉も、くどいほど何度も言った。

 そして。

 何より驚いたのは、めったに怒らない彼女が、僕に強い口調で、『ばか』と言って、しかも、キライ……とまで言った。

(麻ちゃん、どうした?)

 僕の不用意な言葉のせいもあるけれど、それ以上に、麻ちゃんの反応の大きさが気になってしまう。

 僕は、とうとう、黙っていられなくなって、口を開いた。


「麻ちゃん。起きてる?」

「……うん」

「さっきは、ほんまに、ごめんな。でも、死ぬとかどうとか、そんなんじゃなくて、ただ、麻ちゃんのそばにおりたいな、て思って、つい言うてしもた。ごめんな」

「ううん。こっちこそ、ごめんね。私が、大ちゃんにさびしい思い、いっぱいさせてるよね。ごめんね」

「ちゃうよ」

 僕は、布団の中で、天井を見上げながら、言う。

「あのさ、むしろ、麻ちゃんのおかげで、僕は、さびしい思いをせずに過ごせてるねん。いっぱいおしゃべりして、一緒に笑ったりして、幸せな気持ち、いっぱい味わってきてんで」

 麻ちゃんが、聞いている気配がする。


「人て欲ばりやよな。一つ手に入れたら、もっともっと、てなってしまう。もし、麻ちゃんが、声だけじゃなくて、実際に目の前におったとしても、同じことやったんちゃうかな。もっともっと、求めてしまってたと思う。やから、麻ちゃんは、そういう僕の欲に、ごめんって言わんでええねん。ごめんて言うのは、僕や。僕があんなこと言うたら、麻ちゃんが、悲しい気持ちになるのわかってるのに、言うてしもたから」


 僕は、夜明け前の、まだ薄暗い部屋の中で、麻ちゃんに言う。

「麻ちゃん、僕な、麻ちゃんの手を握りたいし、抱きしめたいし、それ以上のこともできたら、って思うこと、もちろんある。でも、できへんことがあっても、―――それが、僕らやねん。

 僕な、麻ちゃんが、僕に申し訳ないって、自分のせいで僕がさみしい思いする、て気ぃ遣うやろな、て思ってた。だから、そんな気を遣わせへんようにって……気を遣ってた」

 僕は、少し笑う。麻ちゃんのかすかに笑う気配を感じる。

「もう、そういう気の遣い方はやめようと思う。もっと自然に気持ちを出していけたらええなって思う」

「うん」

「麻ちゃん。せやから、僕が、時々欲が出て、そばに行きたいって駄々こねたら、何言うてるん!って、今日みたいに怒ってもいい。でも、時々は、我儘言うてる困った甘えん坊やな、て笑ってや。さびしい思いさせてごめん、て思う代わりに、甘えてるなぁって思ってや。だめかな?」

「……わかった。甘えん坊の大ちゃん。」

「あ、早速?」

「うん。それとね、もう一つ分かったことがある」

 麻ちゃんが、少し笑いを含んだ声で言う。

「なになに?」

「私ね、大ちゃんの、『だめかな?』にめっちゃ弱いってこと。何言われても、なんか知らない間に、説得されてしまう気がする」

「何それ?」

 僕は少し笑ってしまう。

 話しているうちに、次第に、お互いの間の空気が和らいできた。麻ちゃんの声にも、穏やかさが戻る。


「大ちゃん、大好きだよ。さっきは、キライって言ってごめんね。あれ、取り消し」

「ほんまや。それ、めっちゃこたえたで。100回くらい、大好きって言うてくれへんかったら、取り消されへん」

「もう。何言うてるん」

 麻ちゃんが、可愛く関西弁で言う。

「へへへ」

「大好き。大好き。大好き。本日は、ここまで」

「え、もっと言うてくれてもええよ。もっと言うて言うて」

「安売りはしません。1回1回に、100回分くらい心込めてるから」

「しゃあないなあ。じゃあ、大っ好きやで。……僕のは、1回で、200回分くらい気合入ってるで」

 麻ちゃんの、くすくす笑う声が聞こえる。

「あ、でも、私の方がまだ100回分多いね」

「むむ。……大好きやで。ほら、これで200回分追加や。僕の勝ち」

「もう。大ちゃん。子どもみたい」

 麻ちゃんが呆れて笑う。


 カーテンの向こうが、少し白っぽい光を帯びて、明るくなってきた。

 まだ、体の痛みは残っているけれど、心は静かに澄んできた。こうして2人でいられる今を、大切にしよう。


 ―――いつか、僕らが離れる日が来たとしても。

 不安と引き換えに、今手の中にあるものを、放してしまわないように。


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