第43話 そのことだけは
「おつかれ~」「おつかれー」「ありがとう~」
バイトを終えた和也が、合流した。
和也の部屋からも近い居酒屋だ。
まずは、ビールで乾杯だ。
一足先に来ていた丈くんと僕で、唐揚げや、フライドポテト、焼き鳥など、つまみをいくらか頼んでおいたので、和也は、早速、それらを頬張る。
「まじで、ええ店やな。和也が、本気で目指す気持ちわかるわ」
丈くんが、言う。
「せやろ。おれもいつか、あんな店をやりたいねん」
「ええなあ。そうやって、はっきりと、目指してるもんがあって」
僕には、和也のまっすぐな熱意が、眩しい。
「そういう大吾かて、やりたいことや、勉強したいことがあるから、今、院に行ってるんやろ?」
「まあな。でも、なんか、時々思うねん。僕自身は、面白いと思ってやってても、果たして、これ、世の中の何の役に立つんやろ、って思ってしまうことあるねん」
僕が言うと、
「そうか……。たしかに、世の中の流れ的には、役に立つことや、実利のあることこそ、値打ちがある、みたいな傾向あるよな」
和也が、ビールのジョッキを置いて、ちょっと真面目な顔で言った。
「うん。文系なんか、特に、儲けにならへん、って思われがちなとこあるしなぁ」
僕は、少し愚痴っぽくなる。そんな僕に、丈くんが言う。
「いや、理系でも、基礎研究には、なかなか予算つけへん、とかっていうやん? 即、役に立つ、儲かる、得する、それが最優先になってて。でも、基礎研究がどんだけ大事か、ってところ、実は、文科省もわかってへんのちゃうかって気がする」
「すぐには役に立たんでも、誰かが研究して残しておいたその成果が、何年かたってからでも、役に立ったりするんやけどな。それに、研究ってさ、役に立つからするってだけじゃなくて、普通に、興味持って面白いからするっていう取り組み方もあってもええと思うねんけどな……」僕は言う。
「そやけど、実際、役に立つことが一番ええこと、みたいな風潮、世の中全体に、あるよなあ。うちの生徒らも、よう言うてるわ。苦手な教科やるとき、とくにな。『こんなん、勉強しても、何の役に立つん?』って」
丈くんが言うと、和也が、少し苦笑いして言った。
「……それは、おれも、よう言うてた。英語なんか、とくにそう言うてた。『おれ、海外なんか行けへんし。日本から出えへんから、英語なんか要らん』て……」
「あ、それな。それは、おれも、めっちゃ言うてたな」
「まあ、英語で、いっぱい単語やら、文法覚えなあかん時には、みんな一度は言うたことあるんちゃう? 僕も、言うたことあるもん」
「そうか……」
えらそうにいいながら、実は、僕たち自身が、『役に立てへんもんは、いらん』発言をしまくっていたことが判明して、笑ってしまう。
「あかんなあ。勝手なことばっかり言うてるなあ、おれら」
丈くんが、苦笑いする。
「ほんまやな」
「でも、麻さんとか萌ちゃんとか、外国語好きな人は、英語いらんて、言うたことないんちゃう?」
和也が言った。
「う~ん。どうかな。萌は、『世界中に、日本語、特に関西弁、広げたい。そしたら、どこの国行っても、関西弁通じるからええと思わへん? そうするために、外国語勉強して外国に行くねん』って言うてた」
「日本語広めるために、外国語やる、か。ちょっと面白いな」
丈くんが笑う。
「麻ちゃんは、外国語好きやけど、一番好きなんは、日本語やって言うてた」
「そうなんや……」
和也が、静かにうなずく。
そして、しばらく黙っていたかと思うと、改まった声で、言った。
「あのな、大吾。怒らんと聞いてな。実は、おれな、麻さんのこと知ったとき、大吾が、早くあの部屋出たほうがええんちゃうかって、ちょっと思ってんや。……いや、最後まで、ちゃんと聞いて」
僕の顔が、一瞬、曇るのを見て、和也が必死で言う。
「麻さんが、めっちゃええ人なんは、おれもわかる。大吾が、好きになるのもわかる。でもな、悲しいけど、もう、この世には、声だけでしか、いてはれへん人やん? ……そんなん、あとあと絶対辛くなるやん。好きになればなるほど、もっと、辛くなるやん。一緒にやりたいこと、いっぱいあっても……できへんやろ。そんなん苦しいやん。
大吾がそんな思いするんやったら、できるだけ早く、彼女から離れたほうがええんちゃうんか。このままやったら、きっと、いつか辛い思いするんちゃうんかって……。正直、めっちゃ心配してんや。それでな、おれと丈くんで、いろいろ話し合ってん」
「……」
「おれもな、はじめは、和也の言うこともその通りやって思った。でもな、大吾の部屋で、4人で話してるうちに、おれも和也も、わかってきてん。大吾と麻さんが話してるのとか聞いてると、もう、すでに、大吾は、そういう気持ち、乗り越えてきたんやなって。
たぶん、おれらの知らんうちに、めっちゃ、さみしかったり、辛かったり、そんな段階、1人で越えてきたんやろなって。やから……」
丈くんの声が、詰まる。僕は、顔があげられない。涙が、頬を伝うのがわかる。下を向いたままの僕に、和也が言った。
「やから、おれらは、決めてん。おれらは、大吾を応援しよう、て。大吾が、この先、彼女のことで、もし悩むことがあっても、なんでも、話聞くし」
「ひとりで、気持ち持て余すときは、おれらに、言うてくれたら、話、絶対、聞くから」
「ほんま、聞くしか、できへんで、情けないねんけどな、それでも、……聞くから」
和也と丈くんの言葉は、ひたすら、温かく心強かった。僕は、やっとのことで、
「ありがとう」と言った。
そして、下を向いたまま、急いで、涙をぬぐう。
「ありがとうな。そんときは、頼むわ」
僕は、顔をあげて、笑顔を見せる。
「おう」
丈くんが、短く答え、
「まかせて」
和也が、ニコッとした。
そして、僕らは、追加のつまみと、ビールを頼んで、そこからは、和也のバイト先でのいろんなこぼれ話で、大いに笑った。丈くんの可愛い教え子たちの話にホッとしたり、僕のバイトの話、結婚式場の新郎役の話に盛り上がったりした。
楽しく酒に酔いながら、僕は、心の中で思う。
和也と丈くんは、これから先のことを、心配してくれている。
でも、僕は、麻ちゃんとのことについて、もう、先のことは、考えないようにしようと思っている。現実から、目をそらしているだけなのかもしれない。
それでも。
一緒に過ごせる今。
今だけを考えようと思う。
いつまで一緒にいられるのか。何一つ、確かなことはわからないけれど。
麻ちゃんの声のそばにいられる今を、僕は、しあわせだと思う。
そのことだけは、確かだから。
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