第39話  いつのまに

「うっまー。これやこれ!最っ高やな」

 丈くんは、上機嫌だ。


 久しぶりに、丈くん・和也・僕の3人で、うちで飲み会だ。

 修行のおかげで、さらに腕をあげた和也と僕とで、つまみと惣菜を作る。丈くんは、仕事帰りに、飲み物を調達してくれた。


「ほんま、マジで、料理上手になったな、和也。この春巻き、めっちゃ美味しいで」

「ありがとう。こっちのレンコン饅頭のあんかけも、熱いうちに食べてみ。めっちゃ自信作」

「ほんま、めっちゃ、うまいな」

 今回、僕は、ほとんど和也の助手と化していた。和也は、手際も違うし、味付けが何といっても、絶妙だ。


 缶ビールを何本か空けて、上機嫌の丈くんが言った。

「なあ、大吾。お前、いつのまに彼女出来たん?」

「え? いや。どういうこと?」僕は、ちょっとうろたえる。

(ちょっと待て。麻ちゃんが、誤解するやん)

「なになに。何それ?」和也が、身を乗り出す。

「いや、夏場は、熱いから窓閉めてエアコンかけてたから、あんまわからんかってんけど、エアコンかけんと窓開けて、自然の風入れるようになってからさ、なんか、夜とか、時々、大吾の部屋から、女の人の声するねん。はじめ、電話してるんかな、と思ってんけど、一緒に、窓からの景色見てるような会話とかしてて。これは、絶対、彼女が、泊まりに来てるんやなって思ってさ」

「え……」

 どうやら、窓を開けて、麻ちゃんとしていた会話を、丈くんは聞いていたらしい。

「なんか感じのいい、きれいな声の人やなあ」

 丈くんが、言う。

「だれだれ? え、いつのまに……おれ、何もきいてへんぞ」

 和也が、言う。

「せやから、おれ、ジャマしたら悪いな、と思って、週末とか、あんまり、誘えへんようにしててんや」


 そうやったんか!

 2学期は、体育祭に文化祭に中間テストに実力テスト、行事だらけで、あほほど忙しいと聞いていたから、それで、丈くんからは、誘ってこないのだと思っていた。

 まさか、僕と彼女に遠慮していたとは……

 そういえば、たまに、僕が誘うと、ほんまに大丈夫か? と念を押すように、きいてたっけ。


 2人とも、ビールの酔いも手伝って、期待の眼差しで、僕を見ている。

「で、そろそろ、白状せえよ」


 う~ん。

 僕は、一瞬、迷った。

 でも、どうやら、僕も、酔ってしまったみたいだ。この際、思い切って、彼らに、

麻ちゃんのことを打ち明けることにした。


「あのな……。驚かへん? いや、びっくりすると思うけど、びっくりせんと、聞いてくれる?」

「びっくり……て。なんかようわからんけど、うん。びっくりせんと、きく」

 2人が、僕に向かって、身を乗り出す。


 僕は、意を決して、麻ちゃんに話しかける。

「麻ちゃん、ごめんな。急やけど、丈くんと和也に、紹介してもええかな?」

「うん。ええよ」僕に答えてから、

 麻ちゃんが、ゆっくりと穏やかな声で話し始める。謙杜もファンになった、きれいな声だ。

「……あの、びっくりされると思いますけど。私、野上 麻といいます。以前、この部屋に普通に住んでたんですが、今は、声だけになって……住んでます」


 どうやら、2人とも、麻ちゃんの声が聞こえたようだ。2人は、すっかり固まってしまっている。

「麻ちゃんは、1年ほど前に、急病で亡くなって、声だけの存在になってからも、ずっとここに住んでて、そこに僕が引っ越してきた、というわけで」

 ぼくが、少し補足する。


「じゃあ、今まで、ずっと、ここに、いてたってこと?」

 丈くんが、途切れ途切れに言う。

「ごめんなさい。びっくりさせたらいけないって、今まで、ずっと、黙ってて……」

 麻ちゃんがすまなそうに言うので、僕は、急いで付け足す。

「前に、丈くん、クラスの子のことで、悩んでたやん。あのとき、アドバイスしてくれたん、麻ちゃんやってん」

「え……。そ、そうやったんや。……あ、ちょっと待って! 名前、野上さんっていいましたよね。おれ、知ってる! うちの学年の先生も生徒も、時々、めっちゃ懐かしそうに話してる人や……そうか。そうやったんか……」

 丈くんの口調が熱くなる。


 そんな丈くんの横で、ずっと黙っていた和也が、口を開く。

「なんか、ちゃうなって思っててん。大吾の部屋と丈くんの部屋。隣同士で、間取りも部屋の向きも、ほとんど変わらんのに、ふしぎと、大吾の部屋、入った瞬間、めっちゃ気持ちよくて居心地ええなぁって。いや、もちろん、丈くんの部屋が、居心地悪いわけじゃないねんで。それでも、なんか、不思議な感じで……その訳が分かった気ぃする……」

 和也が、ぽつぽつと言う。

「おれも、同じこと感じてた……」丈くんもうなずいている。


 そして、どちらを向いたらいいのかわからないらしく、僕の座っている横の壁に向かって話す。

「あの、きいていいですか」

「はい、どうぞ」

「あの、おれらの姿って、野上さんから見えるんかなって」

「見えます。見ないようにすることもできます。例えば、お風呂とかトイレとか」

「なるほど。逆に、野上さんの姿を、おれらが見ることは?」

「……いえ。それはできなくて。それと、この部屋以外の場所に行くこともできないみたいで……」

「そうなんや……。でも、こうして話ができて、よかったです。おれ、アドバイスもらってから、ちょっと時間はかかったけど、今では、あの子から声かけてくれるようになって」

「そう。よかった。……いい子でしょう?」麻ちゃんが言う。

「はい。でも、おれ、ときどき、めっちゃいじられたりして」

「そう? めっちゃ、仲良くなったんやね。いいなあ」

 麻ちゃんの言葉に、丈くんは、なんだか嬉しそうだ。だんだん表情もほぐれてくる。


 和也も、そんな丈くんを見ながら、少しずつ、表情が柔らかくなってきた。

「大吾が、なんか前より優しい雰囲気になったの、野上さん、いてるからなんやろうな。なんか、そんな気がする」

 和也が、言う。

「え、前は、僕、優しくなかったんか?」

 僕が、言うと、

「ん~、いや、なんかさ、どこか、クールで、冷静っていうか。いや、涙腺ゆるくて、涙もろいのは前からやけど、なんか昔より、もっと熱いところが見えるようになった気がする」

 和也の言葉に丈くんもうなずく。

「うん。確かにな。なんか、温かみ、というか、前より熱い男になってる気ぃする」

「……そうなんかな。ようわからんけど」

 自分では、そんなに変わった気はしないので、僕は、首をひねる。


 そんな僕に、麻ちゃんが言う。

「そうかあ……大ちゃんって、クールだったんだね。ふふ」

 少し、笑っている。

 麻ちゃんには、甘えた顔もいっぱい見せているから、ちょっと恥ずかしい。


 僕らは夜通し、4人でおしゃべりをして、気づくと、日付は変わっていた。

 和也と丈くんは、いつのまにか、すっかり、麻ちゃんと、話をするのに馴染んでいる。ただ、どこを見て話したらいいのか慣れなくて、2人とも、僕の横の、壁の方を見て話しかけている。僕も、初めはそうやったな。


 そんな彼らの様子に、僕は、心底ほっとする。

 びっくりされて怖がられなくて、よかった。

 麻ちゃんの声も、ホッとしたように、明るい。

(よかったね。麻ちゃん・・・)


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