第37話  眠そうな

「なあ、これ、大吾ちゃうん?」


 夜、帰宅した丈くんが、僕の部屋に、やってきて、開口一番そう言った。

 丈くんの手にあるのは、結婚式場のパンフレットだ。

「お、丈くん、結婚するんか?」

 僕は、わざととぼけて言ってみた。

「ちゃうわ。大吾こそ、これ、どないしたん?」

 

 実は、僕も、昨日、三井さんからもらって、見ていたが、なんとなく、麻ちゃんに見せたくなくて、カバンの中にいれたままにしていた。

 撮影した日に見せたものは、僕一人のものがほとんどで、チャペルでの一枚だけが、相手役と2人一緒のものだった。あの写真の僕は、あまり僕らしくなくて、別人のように見てもらえるかなと思ったのだ。

 ただ、パンフレットには、普段とそれほど変わらない僕が、相手役と2人で写っている写真が、結構たくさん載っている。

 そりゃそうだろう。結婚式の写真なのに、ひとりで写ってるのばっかりだと、それは少々、いや、かなり問題だろう。とはいえ、2人で写っている写真に、やはり、僕は、少し後ろめたさを感じていた。



 昨日の朝、研究室で会うなり、三井さんが、嬉しそうに、カバンから取り出したのが、例のパンフレットだった。

「できました! これです!」

 彼女が、あまりに嬉しそうに大きい声で言うものだから、教授をはじめ、そのとき研究室にいたみんなが、集まって、そのパンフレットをのぞき込んだのだ。


「うっわ~、なんですか。これ。」

「いつ、結婚しはったんですか」

「ちゃうちゃう。これ、パンフレット」

「え~、でも、なんか、この相手の人と、めっちゃ、ええ雰囲気ですよ」

「ほら、これなんか、めっちゃ幸せそう」

「めちゃ、ほほ笑み合ってますやん」

 みんな口々に言う。

「もしかして、彼女さん?」

「ちゃうちゃう。その日たまたま会った人」

「え~、ほんまですか~」

 パンフレットには、どのページも、様々なシーンの2人の写真がある。そして、一番最後のページには、どどーんと、見開きで、チャペルでの写真があった。


「うわ~。この、チャペルでの写真、わあ~」

「うわあ~。きれい。私も、ここで結婚式する」

「ほんまやねえ。いや、めっちゃ雰囲気いいね」

 次々、声が上がる。やはり、チャペルでの写真は、みんなの反応がめちゃくちゃ大きい。見開きいっぱいの、大きい写真を使っているせいもあるけど、何より、写真の醸し出す雰囲気が、他のとは、ちがう。迫力もある。厳かで凛とした空気と、それでいて、切ないくらい深く温かな雰囲気と。

 それが、西條さんの写真の魅力だ。


「先輩、実は、めっちゃ、かっこよかったんですね」

「ん?」

「いや、いつも結構、眠たそうな子犬みたいやから、ここまでイケメンと思ってませんでした」

「なんやそれ」

 褒められたり、ディスられたりしながらも、概ね好評で、中には、そのパンフどこでもらえますか? と三井さんに真剣に聞いている後輩もいた。お兄さんが、ちょうど結婚が決まったばかりらしい。

 三井さんは、早速、PR効果が出た! と喜んでいる。


「そのパンフレットは、差し上げます」

 三井さんがそう言って、渡してくれたので、僕はそれをカバンに入れた。

 彼女のカバンには、まだ、数冊入っているようだ。

「恥ずかしいから、あんまり広めないで……」

 と頼んだけれど、

「それじゃ、宣伝にならへんでしょう」

 と笑ってかわされた。

 確かに。


 自分でも、覚えていないような表情の写真もある。

 とくに、庭で撮った分はそうだ。あのときは、まず、びっくりしていたのもあったし、撮られることも初めてで、必死だったから。



「大吾、これ、彼女か?」

 丈くんが、真剣に言う。

「ちゃうちゃう。その日たまたま会った人」

 正確に言うと、2回目やけど。

「なんか、めっちゃ、雰囲気がええから。まじで、彼女かと思ったわ」

「フォトグラファーの人が、すごい人でな、めっちゃ、的確な指示してくれはって、すごく動きやすかってさ。そのおかげで、こんな感じで写ってるねん」

「へえ~。そういうもんなんや……」

「それより、なんで、式場のパンフなんか持ってるん?」

「いや、学校でさ、今度、娘さんが結婚しはるっていう先生がいてはって、これ見せてくれてんや。で、見て見てって言うから、見たら、大吾おるやん。びっくりして、

『これ、おれの友達です』っていうたら、『え! そうなん! サインもろてきて!』って言われてん」

「え、冗談やろ?」

「いや、本気。やから、これ貸してくれはってん」

「うそやろ~」

「ほれ。ペンもあるで。ここのところに、ささっと」

「まじか……」

 しぶしぶ、パンフレットのできるだけ端の方に名前を書いたけど、ほんとによかったのか?

 あとで、なに真に受けてるん、って笑われるんちゃうか……

と心配になったけど、丈くんは、満足そうだ。

「ありがとう。じゃ」

 丈くんは、サインが終わると、さっさと自分の部屋に帰って行った。


「大ちゃん」

 麻ちゃんが、話しかけてきた。

「大ちゃんも、そのパンフレット、持ってるんでしょう」

「……うん」

「見たいな。見せて」

「……うん」

「カッコいい大ちゃんが見られるんでしょう」

「なんかテレくさいねん」

「そんなこと言わずに。ね」


 ほんとは、麻ちゃんが、さみしい気持ちにならないか、心配なのだ。二人で写ってるところなんて。でも、そんなこと言えない。

 テレくさいからヤダ、ということにして、抵抗したけれど、麻ちゃんの頼みに負けた。

 そして、僕は、カバンから、パンフレットを取り出す。


 ページをめくるたびに、麻ちゃんが声をあげる。

「うわ。大ちゃん、素敵。カッコいい」

「そう?」

 褒められて、ちょっと嬉しくは、ある。

「うん。いつも眠そうなワンコみたいなときも多いから、こんなにイケメンだとは思わなかったよ」

 麻ちゃんが、笑いながら、でも、けっこう本気で言う。


 ……今夜は早く寝よう。

 どうやら、僕は、あちこちで、寝不足の子犬認定されてるらしい。


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