第36話  最後の最後

 ついに、最終回の日が来てしまった。


 麻ちゃんが、ため息をつく。

「ああ、毎週の楽しみがなくなってしまう……」

「そやなあ。でも、また、何か別の楽しみが見つかるよ」

「でも、ハラハラドキドキと笑いと涙を、全部まとめて味わえるドラマってそうそうないよ」

「うん。確かにな。当面は、録画したのを第1話から見直してロスを乗り越えようよ」

「うんうん」

「それに、花村礼役のひと、次のシーズンはドクター役で、ドラマに出るらしいって話もあるよ」

「そうなん?」

「小児科のドクター役。個人経営の総合病院が舞台の話で、そこの院長の次男だか三男役だって聞いた気がする」

「へ~。そうなんだ……。でも、今はまだ天才ピアニストよ。他の役なんて考えられない」

 麻ちゃんが言う。

 

 そうだよな。

 そんなにかんたんに、気持ちは切り替えられない。当分は、僕も、一緒に、ロスを味わいそうな気がする。

「最後の曲は、何になると思う?」

 麻ちゃんが言う。

「そやなあ……。何がいいかなあ」

「私やったら、『心の瞳』が聞きたいな」

「ああ、いいね。合唱コンクールとかで歌ったなあ」

「私は、自分では歌ってないけど、うちの学年の子たちが卒業式で歌うのに選んだ曲がそれだった」

「みんな一生懸命歌ったんちゃう?」

「うん。めっちゃ、一生懸命歌ってた。練習のときも」

「みんなが歌うの聞きながら、まだ卒業式じゃないのに、涙出てきて……。ああ、もうじきこの子ら、卒業するんだ、そう思うだけで、勝手に涙出てきて。めっちゃ笑われた。『まだ、僕ら卒業してへんで。今から泣いてどうするねん』て」

「そうなんや」

「それでね、隣のクラスの先生とも、歌ってるの聞くと泣けるね、って、話してたら、それ聞いてた、同じ学年の別の先生も、『わかるわかる』って言って。その先生は、5月の実力テストのテスト監督してるときに、同じように泣きそうになったって。1年の、まだ小学生のしっぽが残ってた頃から見てきた子らが、大きくなって、難しい問題を一生懸命解いている、その姿を見てるだけで、『よう成長したなあ……って。もうすぐ卒業していくねんなあって思って、泣きそうになった』って。さすがに、5月は早すぎ、て笑われそうで、黙ってたって」


「その先生、卒業式の歌の練習では、泣いてないの?」

「いやいや、泣きまくり。だから、生徒らから見えないように、後ろに立って聞いててね。でも、生徒らもわかってるから、ときどき振り向いて、にやって笑ってたりして」

「なんか、あったかい雰囲気やったんやね。先生と生徒が、めっちゃ仲良しな感じする」

「まあ、いいときばかりじゃなかったけどね。でも、いろんな問題があっても、最後の最後、一緒におれてよかったねって、思えた気がする」


 麻ちゃんが、続ける。

「2年の3学期から転校してきて、問題ばかり起こしてた子が、卒業間近に、ぼんやり校内を徘徊してて、たまたま、廊下で出くわしたの。ほんとなら、すぐに教室行こうって、言うんだけど、珍しく穏やかな顔してた。だから、のんびり、一緒に歩いて、いろいろ話をしてね。

『1年から、うちの学校に来れてたらよかったね、体育祭も、校外学習も、ホームルーム合宿も、スキー合宿も、一緒に行きたかったね。一緒にいろんな行事やりたかったね』

 気がついたらそんなことを言ってた。そしたらね、そのこが、こくん、とうなずいて、『おれも、そう思う。はじめっから、ここにおって、3年間過ごしたかった』って」

「うん」

「『今、そう思えてよかったね。それだけ、この学校好きって、思えてるってことやもんね』そう言ったら、一生懸命、うなずいてくれてた」


 いろいろあっても、最後の最後、

『一緒におれて、よかったね』

 そう言える関係っていいね。

 僕は、麻ちゃんが、一生懸命がんばってきた日々を思う。



 夜になって、ついに、ドラマが始まる。

 ハラハラドキドキし通しで、最終回にふさわしい盛り上がりだ。そして、いよいよ演奏会シーン。

 なんと、最終回のアンコール曲は、『心の瞳』だった。ピアノを演奏しながら、ピアニストも歌う、という。会場にみんなの歌声が溢れる。

 僕も、麻ちゃんも、一緒に歌いながら、気づいたら、歌声は、鼻声に変わっていた。

 最後に、ピアニストと助手が、列車で帰っていくシーンまで、僕たちは、夢中になって見ていた。


「よかったねえ……」

「うん。……ほんとによかった」

 当分、僕も、麻ちゃんと一緒に、ロス決定のようだ。




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