第34話  似てる

「ちょっと教えてほしいことがあって。ほんの少しでいいので、どこかで、お茶していくことってできませんか?」

 控えめだけど、なんとなく断りにくい感じだったので、僕は、

「少しなら」と答える。

「どこか、そちらのご都合のいい場所で、美味しいカフェとか、ご存じないですか」

 彼女が言ったので、僕の部屋からも近く、間違いなく、ケーキもお茶も美味しい店の名前を口にする。

「僕の家からも近いところに、四季っていう店があるんです。そこでもいいですか」

「OKです」


 歩いていくには、ここからは少し遠いので、タクシーに乗る。

 店のすぐ近くの大通りで、タクシーを降りて、歩く。

 店前の鉢植えには、白い小さな花たちが細い茎の先で、揺れている。花の中心部分は黄色で、周りのはなびらは、ひらひらと儚げな白だ。

「可愛い花」

 彼女は、立ち止まり、スマホで、その花の写真を撮った。

 店に入ると、恭平はいなかったけど、顔なじみのバイトの子がいた。今、2階には、お客さんはいないと言うので、僕は彼女にきく。

「2階にしますか? 1階でも?」

「じゃあ、2階で」

 彼女は、答えたけど、目はすっかりケーキの並んだウィンドウにくぎ付けだ。たぶん、僕の言葉は、ほとんど耳に入っていなかったんじゃないか。


「う~ん。迷う。どれがいいかな」

「このフルーツタルトもおすすめです。このシフォンケーキも、店内で食べるときは、フルーツや生クリームも添えてくれるので、食べ応えありです。こっちのフルーツたっぷりのショートケーキも、スポンジのしっとり感とか、程よい甘さとか最高です。フルーツも新鮮で、めちゃくちゃうまいですよ」

 彼女の視線を追いながら、僕はつい解説してしまう。


 ウィンドウの向こうでは、僕が力説するのを見て、バイトの女の子が、

「わたし、解説いりませんね」と笑っている。

「あ、そうだ、今日は、まだ、さくらんぼのチョコレートケーキもありますよ」

 バイトの彼女の指す方を見る。

 いつも売り切れるのが早いので、なかなかタイミングが合わないと、食べられない。麻ちゃんが好きなケーキだ。

「この上下のチョコスポンジの間に、さりげなく挟まれてるさくらんぼのキルシュ漬けが、すごくいいアクセントになってて」

「それにします!」

 彼女は、迷いを断ち切るように力強く言った。

 僕は、フルーツたっぷりのショートケーキを頼むことにする。チョコケーキを頼んだ直後に、ちらりと彼女がそのケーキに視線を送っていたように思ったからだ。店のオリジナルブレンドの紅茶をセットで頼む。


「私が、お誘いしたので、ここは私に払わせてください」

「いえ、そんな」

「おねがいします、ぜひ」

 彼女は、首を少し傾けてニコッと笑った。

 なんだか断れない笑顔だ。

「じゃあ、すみません。ごちそうになります」


 受け取ったトレーを持って、2階に運ぶ。

 店がすいているときは、頼めば、運んでもらうこともできるけど、僕は、自分で運ぶことが多い。彼女は、

「私、粗忽ものなんで、運ぶの、お願いしていいですか」

 お店のスタッフに頼んでいる。

「もちろん、いいですよ」



 2階に上がる。

 麻ちゃんの絵は、いつもの壁にかかっている。見るたびに、甘酸っぱい思いが、胸に湧いてくる。この絵を初めて見たときの、胸を突く切ない気持ちは、沁みるような愛しさへ、変わってきている。それは、成長、それとも、進歩、なのか。

 僕にはわからないけれど、少なくとも、不用意に泣き出して、人を驚かせてしまうようなことは、今はない。



「素敵なお店ですね。壁にかかってる絵も、すごくいい。それに、何よりこのケーキ……」

 目の前のケーキを見て、彼女は、うっとり幸せそうだ。

「こちらのショートケーキも半分、試しますか?」

「え! いいんですか?」

「いいですよ。ちょっと細くなるけど、縦に切った方が、いいかな」

 その方がバランスよく、上にのったフルーツを味わえそうだ。僕は、そっとナイフを入れて、ケーキを切り分ける。彼女が、自分のお皿をくっつけて、切り分けたケーキを受け取る。

「あ、私のチョコケーキも半分にします?」

「いえ。僕はいつも食べているんで。大丈夫ですよ」

「じゃあ、ありがとうございます!いただきます」


 2人で、ケーキの一口目を口に運ぶ。

「美味しい! すごい!」

 こんなお店があったなんて、知らなかったです。めっちゃ、ラッキー! と、彼女は興奮気味だ。


 夢中で食べている彼女は、紅茶のことも忘れているようだ。テーブルの上の砂時計の砂は、すっかり落ちている。

「お茶、いれますか」

 僕は、ティーポットを手にして、彼女のカップと自分のカップに、お茶を注ぐ。

「あ、すみません。何から何まで」

 手を止めて、ぺこり、と頭を下げつつ笑う彼女は、少し幼く見える。最後の撮影の、ちょっと強めの大人っぽいメイクのままなので、アンバランスな感じだ。


「ところで、話って?」

 紅茶を一口飲んで、ホッとした顔の彼女に、僕はたずねる。

「はい。あの、聞いても、笑わないでくださいね」

「笑いません。少なくとも、話し聞くまでは」

 僕は、まじめな顔で、ちょっとだけふざける。

 一瞬、彼女が、僕を軽くにらんだ気がするのは、気のせいか。


「……あの、あなたが、似てるんです。うちの弟に。あまりに似てるんで、もしかしたら、未来から、弟本人が、タイムトラベルで、今の時代に、来てるんじゃないかって、説が」

 笑う、を通り越して、どんな顔をしたらいいのか、わからない。でも、どこかで聞いた話のような気もする。

「何年か前に、ヒットした映画で、『宙(そら)に還る日』っていうのがあったの、ご存知ですか? あれは、タイムトラベルをするのが、女の子だったけど、あれを男の子にしたみたいな、感じで。もしかして……なんて」


 それは知ってる。

 というより、原作者は、僕だ。


「初めて書店で会った日に、びっくりしたんです。それで、今日、また会えて、びっくりして。これはもう何かの偶然というより、運命かも? という気がして、少しでもいいからお話ししたくなって」

「はあ」


 びっくりした。

 でも、彼女のスマホで、弟くんの写真を見て、もっとびっくりした。

 確かに、そっくりだ。

 彼の方が、髪が少し短めで、両方の眉毛がすっきりと見えている。でも、表情も顔つきも、まさに、5,6年前の僕だ。今とそう大差はないのだけど。


「あの映画と同じことが起こってるのかも、なんて」

 そう言われると、僕自身、不思議な気持ちになる。

 あの小説を書きながら、こんなこともあり得るかも、と感じていたのも、確かだ。

 彼女は、映画のDVDだけでなく、原作の本も持っているとのことで、その作者の本が、また読みたいけど、最近見かけないと言った。

(見かけないはずです。あんまり書いてないから)

 僕は、心の中でつぶやく。

 雑誌に、短編はいくつか書いたけれど、1冊の本になるほど、数はない。


「だから、今日も撮影してる間、ほぼ初対面の人だって気が全然しなくて、助かりました」

 そうか。撮影中、彼女が、緊張した感じもなく、僕に安心した笑顔を見せていたのは、そのせいだったのか。なぜか、息が合ってスムーズに動けたのも、そのせいかも。


 おかわりの紅茶を飲み終えて、彼女は、にっこり笑った。ケーキの皿は、すっかりきれいになった。

「美味しいお店を教えていただいて、ありがとうございました。貴重なお時間をいただいてしまって……」

「いえ、びっくりしたけど、僕も楽しかったです」

「あの、もう一つ、お聞きしたいんですけど、いいですか」

「はい?」

「この前、本屋さんであったときに、着てたトレーナーって、どこで買いました?」

「え、あれ……」

 どれを着てたっけ? 一生懸命、思い出す。

 ああ、萌がプレゼントしてくれたやつだった。

「あれは、妹がプレゼントしてくれたやつなんで、きいたらわかると思うけど」

「じゃあ、きいたら、教えてください。弟にプレゼントしたくて。で、今日のは?」

「え、このパーカーですか?」

「はい」

 ネットで買ったので、そのサイトを教える。

 やっぱり、少し押しの強めな彼女は、僕と連絡先を交換する。

「今日は、ほんとにありがとうございました。楽しかったです」

「こちらこそ。ごちそうさまでした」


 店を出て、大通りに出ると、彼女はちょうど来たバスに乗りこんだ。

「じゃあ、また」

 そして、彼女は、バスの窓から手を振る。僕も手を振り返す。僕は、走り出したバスの後姿を見送り、少し急ぎ足で、歩き出す。


(じゃあ、また)

 そう言って、連絡先は交換したけど。

『また』は、あるのかな。ない気もする。


 僕は、家路を急ぐ。

 麻ちゃんの待っている部屋へ。

 帰ったら、この不思議な話を聞かせよう。

 僕とそっくりな彼の写真も見せてみよう。

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