第26話  確かに

「丈くん、誤解やったら、いつか絶対とけるから。あんまり、へこんだらあかんで。ふつうに、いつもの丈くんでおって、めげんと、その子にも話しかけて行ったら、いつか、誤解があっても解けるんちゃうかな」

 僕は、一生懸命言う。

「せやなぁ。それを信じて、もうちょい、ねばってみるわ」

「うん。でも、なかなかつらいよな……」

「せやねん。ほんま、へこんでまうわ」

 丈くんは、苦笑いを浮かべる。


 ちょっと弱気になっている丈くんに、

「それでも、僕は確信持ってるし。丈くんを、嫌いになるやつはおれへん。おったとしたら、何かの誤解があるときや」

 僕は、力を入れて言う。

「自信もて。僕が保証する」

「そ、そうか。そこまで言われたら、おれも、なんか、元気湧いてきたわ。ありがとう。なんとか、がんばってみるわ」

 丈くんは、照れたように、ちょっと笑顔になった。



 その夜遅く。

 丈くんが自分の部屋に戻ったあと、麻ちゃんが言った。

「丈くん、何年生の担任?」

「2年生やったと思う」

「丈くんを睨む子、私、知ってる子かもしれない」

「え?」

「あのね、丈くんの勤めてる学校、実は、私の勤めてたところと同じなの」

「そっか。なんか、そんな気がしてた」

「どうして?」

「初めて、丈くんが引っ越してきた日に、学校の名前口にしたとき、麻ちゃん、あ!って声出したやん。それで、もしかしたらな、って思ってた」

「さすが、大ちゃん。するどいね。でも、何も言わなかったね」

「うん。まあ、そのうち、話題になることもあるかなって思ってた」

「そっか……。私が、1年担任してたとき、クラスにいてた女の子が、丈くんの話してた子に似てる。たぶん、その子だと思う」


「麻ちゃんのときも、睨んでた?」

「うん。ギロリって睨まれて、私もへこんだ。話しかけても、いつもすっと、目をそらして離れてしまうし。私、何かしたかなあ?ってすっごく不安になって」

「他の生徒や先生とは、普通にしゃべるの?」

「その頃は、入学して間もなくで、他府県からの転入やったから、小学校のときの友達も誰もいてないし、始めのうち、いつも、ひとりで、怒ったような顔して、座ってた」

「うん」

「このままやったら、クラスから浮いてしまうかも、って心配で」

 麻ちゃんも、悩んでいたらしい。

「それでね、毎日、ずっと見てたの。その子の様子」


「そしたらね。わかってきて。睨んでるみたいやけど、それはただ単に、そういう顔つきなだけ。ほんとは、めっちゃ、よく気のつく優しい子でね。ちょっと接し方は不器用だけど、困ってる子に、黙って手を差し伸べることができる子だった。ただ、大人には、緊張して気を遣ってしまって、ぎくしゃくしてしまう、ってことも、わかった。私、彼女の顔つきに惑わされて、気難しい子だろうって勝手に、思い込んで見てしまってた……たぶん、彼女には、それが伝わってたんだと思う」


「クラスの子らは、ちゃんとその子の良さに気がついたんやね」

「うん。担任より、一緒にいてる時間が長いっていうだけじゃなくて、勝手な思い込みで判断せずに、ちゃんと、その子のこと、見てた。私の方が、気づくの遅かったよ。……情けないことに」

 麻ちゃんの声に、懐かしさが滲む。

「でも、気づいてから、一気に距離が縮まって。他の、まだあの子と馴染んでない先生方にも、こんないい子なんです、て、いっぱい話していくうちに、みんな、次第に分かってきて。そしたら、お互いの笑顔がいっぱい増えていって。相変わらず、あの子の目つきはきついけど、笑い合えるようにもなって」


 麻ちゃんは続ける。

「だから、丈くんに、ちゃんと様子を見てて、いいところ見たなって思ったら、身構えずに、さらっと、『お、ありがとう』とか『ええやん』とか、笑顔で声かけていったらいいよって。大げさに褒めるんじゃなく、ほんとに、ふつうに。丈くんが、へこんでると、あの子もよけいに、丈くんから離れてしまう。不器用で恥ずかしがりで、気ぃつかう子やから、相手が、自分に気を遣ってると思ったら、逃げて行ってしまう子やからって。大丈夫、ちょっとずつ慣れて、気持ちがほぐれていったら、笑い合えるようになるよ」


 翌日。

『昼まで寝る』と丈くんは言っていたので、僕は、彼に、メールを送った。

 麻ちゃんからの言葉とは言えないので、両親に相談したら、同じようなことを経験したと言って、アドバイスされた、ということにした。


 昼過ぎ。

 丈くんから、ありがとう、とメールが届いた。


『人は見た目が9割』なんていう言葉もあるし、それが、真理を突いている、と感じるときも、ないではない。

「でも、見た目だけに振り回されたら、なんかめっちゃもったいないってことやな」

 僕が言うと、麻ちゃんは言った。

「うん。……人の気持ちや心の中って、はっきり見えるわけじゃないし、100%理解できるわけじゃないけど、でも」

 麻ちゃんの言葉に、僕は続ける。

「あきらめたくないよね。わかろうとすることを。目に見えるものだけやなくて、目に見えなくても、確かに存在するものはあるんやから」


(なあ、麻ちゃん)

 僕には、彼女のうなずく気配が、わかる。

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