第25話  へこんでる

「お。丈くん」

「お。大吾」


 マンション1階のエレベーターの前に、丈くんが立っている。

「お疲れさん。今、帰りか?」

 僕がきくと、

「おう。大吾も遅かってんな」

 丈くんが、顔をあげて、ふっと笑う。

「忙しそうやな」僕が言うと、

「うん。今日は、まだなんとか、ましなほうや」

 少し、ため息交じりに丈くんが答える。


「そうか。……ご飯は食べたん?」

「ん、まだ」

「うち、けーへん?」

「かまへん?」

「ええよ。なんなとあるもんで、ご飯にしよう」

「じゃあ、荷物いったん部屋においてから行くわ」

 エレベーターを降りて、丈くんは自分の部屋に入る。

 僕は、「ただいま」と麻ちゃんに声をかけて、荷物を降ろし、手を洗いながら、言う。

「丈くん、今から来るねん。晩ご飯一緒に食べるわ」

「おかえり。ちょうどよかったね」

「うん」


 ちょうどよかった、というのは、実は、この前、和也の話を聞いたときの丈くんが、どことなく元気がないようで、気になっていたからだ。


「おじゃましまーす。ちょっとやけど、食料持ってきたで」

 丈くんが、冷凍の唐揚げの袋を見せる。

「お。ばっちりやん。ビールもあるで。

 これで、メインディッシュは決まりやな。

 誘っといてあれやけど、うち、今、豆腐とか、湯葉とか、ヘルシー系しか、なかったわ。でも、ご飯は冷凍にたくさんあるから、適当に残り野菜いろいろ入れて、焼き飯作るわ」

「ええな。旨そうやん」


 豆腐や湯葉、漬物を、例の皿に盛り付け、大きめの皿に、唐揚げをのせてレンジする。丈くんに盛り付け&レンジ担当をしてもらい、その間に、僕は、冷蔵庫の野菜を適当に刻む。ウインナーも小さく切る。


 唐揚げの前に、ご飯も解凍してもらい、手早く野菜を炒め、焼き飯も作ってしまう。電子レンジとフライパンのおかげで、僕らの晩ご飯は、素早く整った。


 テーブルの前に座って、

「とりあえず、乾杯」

 缶ビールを缶のまま、コツンと合わせる。

 グイッと飲んで、唐揚げに手を伸ばす。

「やっぱ、この組み合わせ最高やな」

 丈くんが言う。

 2人とも、結構お腹がすいていたので、唐揚げも、あっという間に消え、2本目のビールを飲みながら、焼き飯を食べる。具だくさんなのが自慢だが、われながら味付けは、花丸だ。丈くんも、「うっま!」と言いながら、しっかり、おかわりをする。


 人心地ついて、お茶を飲みながら、僕はきく。

「明日も、部活あるん?」

「いや、明日は自主練デーやから、ないねん」

「そっか。じゃあ、今晩は、ちょっとゆっくりできるん?」

「せや。やから、明日は思いっきり昼まで寝たるわ、て思ってんねん」

「せやな。ゆっくり寝て、気力体力回復せな」

「うん」

「この頃、帰りもずっと遅いみたいやし、なんか疲れてんちゃうかな、て、気になっとってん」

「そっかあ。ありがとう」

 丈くんの顔が、少し、くしゃっとなる。

「いや、疲れてるんもそやねんやけど、それ以上に、なんかさ、おれ、ちょっとへこんでてん。……ていうか、現在進行形で、へこんでるねん」


「授業、うまくいかへんの?」

「う~ん。それもあるけど。そっちは、なんとか、自分でがんばってやっていかんとしゃあないとこやからなあ。それは、なんとか、乗り越えやなって思ってるねんけど。でも、それ以上に、ちょっと、人間関係で……」

「先輩の先生たちとの?」

「いや、そっちの方は、むしろ、めっちゃ、ええねん。もちろん、あほなことしとったら、何やってねん、ぐらいは言われることもあるけど。でも、それも、絶対、生徒の前では、言わんと、職員室に帰ってからとか、誰もいてへんとこで、そっと、とか、めっちゃ配慮してくれてはるねん」


「じゃ、生徒か?」

「うん。……そやねん」

 丈くんが、ため息をつく。

「クラスの女子でな、一人、どうしても、まともに、おれと、口きいてくれへん子がおるねん」

「丈くん、なんか失言したとか?なんか誤解されるようなこと言うたとか?」

「いや、なんぼ考えても、わからへんねん。思い当たること、なんもないねん」


「じゃあ、めっちゃ内気な子なん?」

「周りの女子とは、普通にしゃべってる」

「男子とか、男性が苦手なんちゃうん?」

「う~ん。まあ、それもあるんかもしれへんけど、なんか、おれ、いつも、その子にジロリって睨まれるねん。話しかけても、じーって、ひとにらみして、黙って、向こうへ行ってまうねん」

「なんやろな。なんでやろな」


 不思議だ。

 丈くんは、しゃべり上手で、お人好しで、頼もしくて、優しい。和也に負けず劣らず、愛されキャラだ。

 その丈くんを睨む。

 その子は、何を怒っているんだろう?

 でも、人は、ときに、自分の思いがけないところで、とんでもない誤解をされてしまってたりすることもある。


「なんか、思いもせんことで、誤解されてるんかもしれへんな」

「うん。そうかもしれへん。でも、なんかわからへんし、気になってしもて、その子としゃべるとき、必要以上に、緊張して、よけいぎくしゃくするねんな……」

「そうかぁ……それは、きついなあ。本人に聞いてみた?」

「ん? ああ、いっぺん、聞いた。『なんか怒ってるん?』って」

「そしたら?」

「『別に』って、ギロリって睨まれて、よけい、雰囲気悪なってしもた」

 丈くんは、本当にへこんでいる。

 へこんでいる彼を見ながら、なんだか、麻ちゃんが、話をしたそうな気配が僕に、伝わってくる。

 彼女に、声を出して話しかけてもらうべきかどうか、僕も、そして、麻ちゃんも、正直、迷っている。

 でも、今しばらくは、おいといたほうがいいような気がする。

 麻ちゃんも、そう思ったのだろう。黙って、丈くんを見守っている気配がする。


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