第24話 目指すもの
翌朝、僕たちは、のんびり起きてきて、朝食の用意をした。
昨夜、いったん目が覚めたときに、炊飯器をタイマーでセットしておいたので、ご飯はしっかり炊けている。
冷凍には、レンジで温めるだけの焼き魚が何切れかあるし、海苔の佃煮もある。浅漬けの素で、きゅうりと白菜をさっと漬物にしてもいいし、玉子もあるから目玉焼きを作るのもありだ。(だし巻は僕にはむり)
「ベーコンとウインナーあったわ」
隣から帰ってきた丈くんが、袋を顔の前で振りながら言った。
僕の家に、肉系の食材がなかったので、丈くんが、
「おれとこの冷蔵庫も、みてくるわ」と言ったのだ。
「野菜は、こんだけ」
ひからびかけたニンジンが1本。
「適当に切って、炒めたらええか」
「おれ、やるわ。朝定食風なやつ、作るわ」
「ほんま?」
「じゃあ、助手するから何でも言うて」
「よっしゃ、じゃあ、丈くんは、皿とか箸とか、テーブルの準備しながら、レンジで調理したらええやつ、その焼き魚とか、頼むわ」
「おう」
「大吾は、野菜洗って、ボウルに入れるのんと、きゅうりと白菜の浅漬け係、頼む」
「よっしゃ」
ちょっと広めなキッチンで良かった。
僕らは、和也の指揮のもと、それぞれの任務を遂行する。
例の仕切りが4つある皿にのせられたのは、美味しそうなだし巻玉子と焼き魚(鰆の西京焼き)、ベーコンと千切りにした人参を炒めたもの、きゅうりと白菜の浅漬け、可愛らしく手を挙げて踊っているような、タコさんウインナーというラインナップだ。
「すご。このタコさん、ほんまに、ちゃんと顔あるやん」と丈くん。
「すごいなあ。可愛いなあ。それに、このだし巻!なんか、めちゃプロな感じ」と僕。
「ふわっとして、じゅわっとくる、この感じ。味付けもサイコーやな」
2人とも、口に運ぶ手が止まらない。
僕らの大絶賛を受けて、和也も満足そうな顔をしている。
「修行の成果や」
「そうかあ。がんばってるねんなあ」
僕らは、和也を頼もしく見つめる。
昨夜、彼は、留年を決めた理由を話してくれた。
修行して料理の腕前をあげること。それと同時に、自分の店を持って経営していくのに、必要なことを勉強すること。
さらに、どこでどんな店を開くのがいいか、リサーチをしたいのだと言う。
学生時代を過ごした、この京都で、自分の店を持ちたいと考えているという。
「毎日、勉強したいこといっぱいあって、めっちゃわくわくするねん。いろんな人の話も聞いて、誰がどんなものを求めてるのか、数字として出てるデータだけやなく、自分の実感としても感じたいねん」
和也はいつも笑って明るくて元気いっぱいだ。
それは、ただ単に、彼の性格によるものじゃない、自分のやりたいことや、目指すものに向かって、必死で進もうとしているからなのだろう。
彼は、自分で食べ歩いて、美味しいなと思った店に、修行させてほしいって頼み込んで、バイトさせてもらったりもしているらしい。
「最初は、めっちゃ冷たく断られてんけど、しつこく毎日行って、そのお店で、客として食べて。それで、すき見て、店前の掃除したり、お客さんが出はった後のテーブル片づけたりして。それで、『また来ます』って言うて帰るんを繰り返しててん。
そしたら、ある日、しゃあないやっちゃ、言うて厨房へ入れてくれはってん。そこから、ほぼ毎日修行させてもろてる。大学あるから、行かれへんときもあるけど」
和也のまっすぐな熱意が届いたのだ。
「修行きびしい?」僕がきく。
「うん。でも、親父さん、あ、店のご主人な、修行させてもらうようになってからの方が、優しい。怒鳴りつけられたりとかするんかな、と思てんけど。そんなんしはらへんねん。ぴしっと、言わはるとこは言わはるけど、基本穏やかやねん」
「へえ。なんか、めっちゃ厳しいこと言われて、先輩とかにも偉そうにされて、ってよくドラマとかであるやん。あんな感じと、ちゃうんや」丈くんが言う。
「ちゃうちゃう。あんなぁ、親父さん、あったかい料理作りたいねんって。ぎすぎすした空気のなかで、誰かが怒鳴ったり怒鳴られたりしてるような中で作られた料理やのうて、食べた人の心の中まで、あったかい気持ちになるような、そんな料理をだしたいねん、て」
「なんか、ええなあ。おれも、そういう人の作りはった料理食べたい」
「ほんまやなあ。僕もそう思うわ」
僕は、なんだか胸が熱くなってくる。
丈くんも、どうやら同じ思いらしい。
「せやろ。やから、『おれもです!おれも、そんな店を作りたいんです!』って言うたら、にっこり笑って、『道のりは遠いで。精進しなはれ』って言わはってん」
和也の話し方から、彼がその親父さんのことが大好きで、そして、とても尊敬しているんやというのが、伝わってくる。
『~しはる』という敬語が、しょっちゅう彼の口から出てくる。無礼なものいいは、もともとしない奴やけど、それでも、それほど敬語を使うイメージはない。誰にでも、人懐っこい口調で、どんどん懐に飛び込んでいくタイプだからだ。
僕には、和也が眩しく思えた。
丈くんも同じ思いだったのか、
「おまえ、すごいなあ」
少し、ため息の混じる声で、言った。
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