第19話 気になってる
やってきた子たちの一人は、どこかで見たことあると思ったら、僕と同じ文学部の子だった。もう一人は、理学部、もう一人は、教育学部。佐野君は、工学部。ぼくともう一人の文学部の子を除けば、みんなばらばらの学部で、流星の言うように、ほんとに、異学部交流だった。
これほどまでに、一人ひとりの興味関心や学びたい分野がちがうと、面白すぎて、いくらでも聞きたい話が湧いてくる。
とくに、僕は、佐野君の話に興味をひかれた。
「オレ、小さいころから、古い建物が好きで。自分で設計するとかより、昔から今まで残っている建物を、ずっと眺めて回って、その構造とかをじっくり調べたいなって。今はないけど、古い文献の中にのこっている建物とか、そういうのを、いろんな古文書とかからデータになるもの集めて、それを、パソコンで再現するとか、そういうのをやってて……」
彼は、資料になる古文書を読むのに苦労していると言った。確かに、あの崩し字は、読みなれていないと、難しい。
休みの日は、京都に限らず、近隣の街へ出かけて、気になった古い建物を見て歩くのだという。その合間に、写真を撮ったりスケッチしたりしたものが、このカフェの壁に飾られている作品たちで、みんなで眺めて、彼の才能にひとしきり感心する。
ほとんどが風景画の作品で、その中に、一つだけ、人物画がある。
どうやら、場所はこのカフェの中で、その人物は、少しうつむいて本を読んでいる。手にしている本の表紙の文字から、それが、
“Skipping Christmas”(スキッピング・クリスマス)というタイトルのジョン・グリシャムの小説らしいとわかる。
肩には、ふわりとした、柔らかそうな髪がかかっている。丸いなめらかな頬には、可愛いらしい笑顔が浮かんでいる。
「もしかして、これ、佐野君の、彼女さんの絵?」
教育学部の吉川さんがきく。
「いや、そんなんじゃないっす。しゃべったこともちょっとしかなくて。前は、よくこのお店に来てくれてはったんやけど、この頃、ん~、ここ半年くらいかな、ずっと姿見てなくて。どうしてるんかなって。でも、連絡先とか知らへんから、気にはなってるけど……って感じっす」
「そうか~また来てくれはったらいいね。なんか、すごく楽しそうに本読んではる感じが伝わってくるね、この絵」
文学部の後輩の仙田さんが言う。
「めっちゃ優しさや愛のこもった絵やね」
理学部の戸田さんが佐野君にほほ笑みかける。
僕は、その絵を見ながら、なんだかとても懐かしいような、とても切ない気持ちになって、胸がきゅうっとなる。
「大ちゃん、どしたん? 泣いてるん?」
横にいた流星が、そっと僕にささやく。
言われて初めて、僕は自分が泣いていることに、気がついた。小さい声やったけど、みんなが僕の方を振り向いたので、僕はあわてて笑いながら言う。
「いや、めっちゃ、いい絵やから、感動して、涙出てきた。なんか甘酸っぱい初恋の切なさとか、思い出すような……。あかんわ。僕、涙もろすぎて、すぐ泣いてまうねん」
「そやねん。ほんま、大ちゃん、めっちゃ涙腺ゆるゆるやから」
流星が笑いながら茶化すように言って、みんなも笑う。
「それだけ、感受性強いってことですよ、いいやないですか」
戸田さんが言う。
「いや、こんなに心に響く絵を描けるってすごいよね」
みんなで、佐野君を見る。
彼は、照れくさそうに首をすくめながら、笑っている。
6人で、いろんな話をするうちに、あっという間に時間は過ぎていく。
5時を少しまわったところで、佐野君のおばさんが、2階に上ってきた。そして、
「もうちょっとしたら、準備に入るよ~」と佐野君に言った。
6時からのイベントはピアノと歌のミニコンサートで、少しテーブルを動かしたり、ピアノを動かしたりするのだと言う。
僕たちは、イベントの準備を手伝うことにして、自分たちの使ったテーブルの上を片付けたり、他のテーブルを移動させたり、ピアノの位置をずらしたりした。
テーブルの上に、小さな丸みを帯びたグラスに入ったロウソクを置いていく。
照明を少し落として、ロウソクに火をつけたら、きっとすごく雰囲気がいいだろう。
準備をするうちに、僕らも、そのミニコンサートを見たくなったけれど、チケットは完売しているとのことで、残念ながら、今日の参加はむりそうだった。
でも、毎月1回やっているイベントだそうなので、次は、早めにチケットを買おうとみんなで話した。
佐野君は、ウエイターをするので、そのまま店に残り、僕らは、今日は解散することにした。でも、まだまだ話は尽きなかったので、またこのメンバーで集まろな、と約束を交わした。
解散したあと、みんなそれぞれの方向に散っていき、僕と流星は二人で歩き出す。
流星は、今から家庭教師のバイトがあると言う。
「大ちゃん」
「ん?」
「来てよかったやろ?」
「うん。めっちゃ楽しかった。なんぼでも聞きたい話が湧いてきて。3時間があっという間やった」
「よかった。大ちゃん、ほっといたら、いつも家の中ばっかりで、出てけーへんもん。これからも、時々誘うからな。そしたら、めんどくさがらんとつきあってや」
「うん。わかった。……今日は、ありがとう。流星」
心を込めて、お礼を言う。
「どういたしまして」
大きな丸い瞳をキラキラさせて笑うと、流星は、通りを左に折れて、バイト先に向かっていった。
流星と別れて歩きながら、僕は、絵の中の女性が読んでいた本、”Skipping Christmas“を読んでみようと思った。
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