第18話 ええやろ?


「大吾せんぱーい!」

 僕は、大学図書館へ行こうと、構内を歩いていた。

 呼ぶ声に振り向くと、幼馴染の後輩、小川流星だった。

「お、流星。久しぶり~。どう、経済学部は? おもしろい?」

「まあまあやな。……ところで、大ちゃん、どこ行くとこ?」

「いや、時間空いたから、図書館でも行こかな、って」


 流星とは、保育園の頃からの知り合いだ。

 大学に入ったとき、もう大学生なんやから、大吾先輩と呼ぶとか宣言していたけど、いったんしゃべりだすと、すぐに、『大ちゃん』に戻ってしまう。

 彼の目がきらっと光る。何かたくらみがあるときの目だ。少し、彼は萌と似たところがある。


「今、ヒマですか?」

「今? ん~何があるん? 内容にもよるな」

 僕は、少し警戒する。

「ミーティング」

「なんの?」

「異学部交流ミーティング」

「うーん。要するに合コン?」

「そうそう。今日の2時から。カフェでお茶しよう、ていう合コン」

「飲み会じゃないんや?」

「メンバー未成年もいてるし。健全に、昼間にお茶飲もかって。で、急に都合悪なったやつが一人おって、それで、誰でもいいから、一人誘おうってなってん」

「あんたなあ、誰でも、って……」

 流星は、その可愛らしい顔とは違い、口が悪く、容赦がない。

「あ、ごめんごめん。言葉のあややから、気にせんとって。とにかく、行こや、大ちゃん。な?」

 流星の大きな目が、僕の目をのぞきこむ。


(今日は、やめとくわ。他の子誘いや)と言いたい。

 ……でも、僕は、この目に弱い。小さいころから。

「なあ、大ちゃん。……ええやろ?」

 流星が、少し首を傾けて、お願いモードになる。

 黒目の大きい瞳をキラキラさせて、ほほ笑む。

 あかん。……むり。

 断るの、無理。

 

 僕が、ガクッと肩を落として降伏したのを見て、流星は、にっこり笑う。

「じゃ、行くで。大丈夫、夜の飲み会ほど時間とれへんし」

 僕の腕をとって、すたすた歩きだす。

「な、何人くらいくるん?」

「男女3人ずつ。ぼくら入れて」

「みんな学部の子?」

「わからへん。院のひともおるかもしれへん。一応2時間の目安で、そのあとは自由。あ、ちょっと待って、先に、電話するわ」

 流星は、合コンの連れらしい相手に電話をしている。

(あ、おれ。大丈夫。無事つかまえた。じゃ、予定通りで。今から行くわ)

 つかまえられた僕は、ため息をつく。

 僕は、自分より年下の子に、何かを頼まれるのに弱い。甘えたいくせに、甘えられたい、という矛盾した性格のせいだ。萌と流星は、そんな僕の習性?を誰より知っている。


 着いたカフェは、案外、僕の部屋からも近いところにあった。

 あまり通ったことのない道沿いにあって、落ち着いた佇まいの古民家風の2階建てだ。店の入り口のそばに、大きな鉢植えのアジサイが咲いている。きれいな青色だ。

 1階は、喫茶スペースと、テイクアウトできるケーキやスイーツの販売コーナーもある。2階も喫茶スペースで、最大6人までが一緒に囲めるような丸テーブルが、いくつか置かれている。

 イベントスペースとしても使われているのか、部屋の端の方にアップライトピアノが1台置いてある。

「雰囲気良いでしょ? ケーキもめっちゃ美味しいねんで」

 流星がささやく。

「お待たせ~」

 流星は、窓に近いテーブルのそばにいる人物に手を振る。

「おう。テーブルここでええか?」

「うん。ありがとう」

「今日は、夕方、6時からイベント入ってるけど、それまでは、自由に貸切りで使ってええよって、店長が言うてくれはったから」

流星に答えると、彼は、はにかんだように、にこりと笑って、僕にぺこりと頭を下げ、

「こんにちは。佐野恭平です」

「こんにちは。初めまして。伏見大吾です」

 僕も頭を下げる。

 彼のおばさんが、このカフェの経営者で、ここは彼のバイト先だという。

 そして、今日2時からは、彼は、合コンの参加者の一人にもなる。

「まだ、20分ほど時間あるから。ちょっとのんびりする?」

 流星が言う。

「そやな。ところで、席はどうする?」

「男女交互にすわったらいいんちゃう?」

 2人が相談しているのを聞きながら、僕は、部屋を見回す。壁には、水彩画らしき絵の額がいくつもかかっている。そのほとんどが、風景画だ。

 京都のなにげない街並みや古寺の四季折々の景色が、柔らかなタッチで描かれている。塔や建物の軒下とか、すごく細かいところまで、丁寧に描き込まれているのに、それがうるさくなく、逆に、しっとりした実在感を引き出している。それに何より色遣いが僕の好みだった。

「ここの絵、好きやなぁ」

 僕が思わず声に出して言うと、

「え、ありがとうございます。それ描いたんオレっす」

 佐野君が言う。

「え、そうなん?めっちゃ、すごいなあ。あとで、ゆっくり見せてもろてもええ?」

「もちろん! 見てください」

 そのとき、にぎやかな笑い声と共に、階段を昇ってくる足音と、女の子たちの声がした。

「こんにちはー。お待たせしました」


(やれやれ……。合コンて、実はちょっと緊張するし、苦手やねんけどな……)

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