第16話 見たことある・・・

 その現場は、僕の部屋からそう遠くない場所だったので、僕らは歩いてそこへ向かった。道端に、3台も自転車を置くと邪魔になるだろうと考えたからだ。


 町田君の写真に写っていた店のシャッターは閉まっていたので、キズを確認することができた。

 この店は、今はもう営業していないみたいだと、町田君は言う。

 キズは確かに、バイクのタイヤが擦れたような傷に見える。

 シャッターには、他にも細かいキズがあり、それらはキズの周りが少し錆びかけていた。でも、このキズは、錆びかけてもいないし、くっきりとしていて、新しいものに思える。

「これ、やっぱりバイクっぽいな」

 僕はつぶやきながら、周りを見回す。

 麻ちゃんの言っていた手首から飛び散って転がったもの、それは、おそらく

ブレスレットのようなものかも。転がるという表現から考えられるのは、数珠とかガラス玉のような丸いもの。


「このあたりでバイクが転倒してたとしたら、何かその時に、落としてるものがあるかもしれへん。特に、数珠とか、ガラス玉っぽい丸いものとか、ちぎれた紐みたいなものが落ちてへんか、気をつけてみて。それ以外にも、何かの欠片とか、気になるものがあったら、まず、それの落ちている場所や落ちている状態がわかるように、写真を撮って、そのあと、拾ったらこのビニール袋に入れて」

「はい」 

 2人の顔に気合が入る。

 そして、僕が、どうして丸いものをさがせといったのか、なぜか2人は疑問を挟まなかった。とにかく、何でもいいから証拠となるもの、バイクに乗ってた人の痕跡をつかみたい、そう思ったのかもしれない。

 僕は、2人に、ビニール袋とビニール手袋を渡す。指紋がつかないように、ということもあるけど、道に落ちたものを素手で拾うのは、ときに危険なこともあるからだ。


 僕らは、店のシャッターの周りや、近くの植え込みや、街路樹の根元、ガードレールの周辺、そして、車道にも目を向ける。

 一生懸命、植え込みをかき分けるようにして見ていた謙杜が、

「あっ! これ……なんかビー玉みたいな、でも、ちょっと小さい、ガラス玉かな。穴が開いてるから紐を通してたんかな、あれ……? これ……」

「あ、ここにもある!」

 町田君も、声をあげた。

「あ、写真撮る前に、手に取ってしもた」

 謙杜があわてて、ガラス玉をもとの場所に置いて、スマホで写真を撮る。

 

 シャッターから少し離れた植え込みの陰に、ガラス玉はいくつかみつかった。いずれも穴が開いた、きれいな青色のガラス玉。宇宙から見た地球のような、すごくきれいな青だ。

 ガラス玉は、シャッターの閉まった店より少し離れたあたりの、街路樹の根元にも転がっていた。 シャッターの閉まった店と隣の建物の境目あたりによじれたような細い紐と金具がつながったものも見つかった。

「これ、ブレスレットみたいっすね」

 町田君が言う。

 謙杜が、拾い集めたガラス玉を、手のひらの上に、並べる。

「これ……」

 謙杜がさっきと同じように何かを言いかけた。

 そのときだ。

「なにやってんの?」

 制服姿の少年が、自転車を止めて謙杜と町田君に話しかけてきた。

「あ、吉澤。……ちょっとさがしものやねん」

 謙杜が答える。

「さがしもの? こんなとこで? 何か落としたん?」

「あ、ちょっとな。事故の遺留品? みたいなもん」 

 町田君が言う。

 事故、とか遺留品、とかいう言葉が不穏に響いたのか、吉澤と呼ばれた彼の顔が少し引きつる。

「へえ……そうなんや」

「バイクのひき逃げ、ていうのか、当て逃げ、ていうのか。ようわからんけど」

「その証拠品探し」

「で、さがしてたら、めっちゃきれいな青いブレスレットのばらばらになってるやつ、見つけてん。これ、もしかしたら」

「事故の原因作ったやつが落としていったかもしれへんねん」

「指紋とかつかへんように、ほら、手袋して、拾ってるねん」

 謙杜と町田君は、口々に吉澤君に説明している。

「……そ、そうなんや」


 2人の勢いに圧倒されたのか、吉澤君は、少し口数が少なくなった。

「まだ、わからへんけどな。あくまで、想像やし」

 僕は、横から、謙杜たちの勢いを少し和らげるように言う。

「転倒した自転車の子は入院してて、ここに来られへんから、代わりに僕らが見に来てるねん」

「え、入院? その人ケガしはったんですか」

 吉澤君が真剣な顔できく。心なしか顔が青ざめている。

「うん。事故直後は、意識がなかったり救急車で運ばれたりして、大変やったみたいやけど」

「そう……なんですか」

 吉澤君は、しきりに、額の汗をぬぐう。

 その手のひらと、右腕に大きく擦り傷があるのが見えた。

(もしかすると)

 僕の中に、確信に近い予想が浮かぶ。

 僕は続ける。

「警察に届け出て、調べてもらおうと思ってるねん。もしかしたら、もう自分から申し出てはるかもしれへんけどな」

「バイクと自転車の接触事故ですか」

「いや、バイクが自転車の前に、割り込んだ形で、接触したかどうかは微妙やな。でも、非接触でも、相手を危険な目にあわせる原因になった行動をとっていれば、責任がないわけではないからね。ほんとなら、その時点で事故現場の管轄の警察署に申し出てくれてたら、よかったんやと思うけど。接触してもしてなくても、ひき逃げとかのように、悪質な行動と判断されたら、罪に問われることもあるんちゃうかな。」

「そ、そうですか」

「まあ、警察が調べたら、今はあちこち防犯カメラもあるし、見つかるんちゃうかな。事故の瞬間は、その人もびっくりして何もようせんかったんかもしれへんし。きっと、今頃は、非接触やけど、転倒事故の原因になったって、警察に申し出てはるかもしれへん。ひょっとしたら、あのとき倒れた子、大丈夫かなって、心配しながら過ごしてるかもしれんし」 

 僕が話している間、吉澤君はすっかり黙りこんでいた。

 そして、謙杜の手の中にある、ガラス玉を見つめながら、吉澤君は、ふっと息を吐くと、気を取り直したように、

「あ、じゃ、そろそろ、僕、行かんとあかんので。じゃあ、帰るわ」

「じゃあ、ばいばい」「気をつけてな」

 2人の声に、吉澤君は、手を挙げて、自転車に再び乗って去って行った。


「この、ガラス玉のブレスレット。僕、見たことある……」

 謙杜が言った。

 手のひらの上に、丸く円形にガラス玉を並べている。

「クラスの女子がよう似てるやつ、つけてて。で、その子が友達に、話しとったんです。去年のクリスマスに彼氏にプレゼントして、ペアでつけてたのに、最近、彼氏が身につけてへんって、怒ってて。『5千円近くもしてんで。高かったのに。もう腹立つから別れる!』とか話してて」

「これ、そいつの彼氏のやったりして」

 町田君の目が光る。

「そいつの彼氏って誰?」

「いや、それは知らんねん。うちのクラスのやつではないらしいけど」

「そのクラスの女子の連絡先とかわからへんの?」

「う~ん。あんまり女の子のは、知らんねんな……」


 僕らが話している横を、仕事帰りらしい女性が通る。四十代くらいか。

「あら、君、この間、一緒に、自転車で倒れた子を助けた、あのときの」

 と町田君に話しかけてきた。

「あ、そうです。あのとき、病院、ついてってくださって、ありがとうございました」

「いえいえ、女の子やったし、ついていくのは女性の方がええかなと思って」

「どこの病院に運ばれたんですか」

 僕はきく。

 彼女は、ここから自転車で10分ほどの総合病院の名前を言った。


「あの日、病院で診てもろたとき、あの子、擦り傷以外に、そんなに大きなけがはなかったし、頭も検査したら特に問題ないとは言うてはったから、意識は戻ってないものの、とりあえず大丈夫かなってホッとしててんけど。

……いや、実は、気になって、つい今さっき、わたし、病院寄ってみてん。そしたら、まだ意識戻ってへんって。なんでやろね。心配やわ。うちにも同じような年ごろの子がいてるからねえ……」とつぶやいて、

「あ、あかん、早く帰らな。じゃあね」

 腕時計を見てあわてたように、急いで立ち去った。


 僕らが彼女と話してる間に、謙杜は、何人か心当たりに連絡を取っていたようで、

「えっ。ええ? そうなん? ……わかった、ありがとう。あ、そんなん、ちゃうちゃう。ちゃうって。別に、あの子と付き合いたいとか、そんなんちゃうって。でも、教えてくれてありがとう。じゃあな」

 そう言うと、謙杜は電話を切り、そして、僕らに言った。

「わかりました。ペアブレスレットの彼氏。」

「誰?」

「さっきまでここにおった、吉澤くん」

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