第14話 信じる?

「あのさ。伏見先生は、幽霊とか、そういう不思議な存在って信じる?」


 謙杜がそう言ったとき、僕は、めちゃくちゃドキッとした。

 週に3回、僕は、ここ築島家で、高3生の謙杜の家庭教師をしている。教科は、英数理。 

 僕の専攻分野は、文科系だ。でも、もともと、高校時代、理系科目が得意で、むしろ英語よりは、理数で点数を稼ぐ方だった。おかげで、今は、その得意科目がバイトに生きている。

 そして、謙杜と僕は、数学の微分の問題を解いている途中だった。


「な、なんでそんなこと聞くん?」

 声が少し上ずってしまったせいで、謙杜があわてる。

「あ、ごめん。先生、そういう話、苦手な人?」

「い、いや。そんなことはない、けど。突然言うから、びっくりして」

「ほんま? ホンマに大丈夫?」

 謙杜があまり真剣に念を押すから、ついつい、こちらも力強く、

「大丈夫やで」と言ってしまった。


 そう、つい、大丈夫と言ってしまう。

 これまでも、このせいで、僕は様々な失敗を引き起こしてきた。

 そう、ほんまは、そんなに大丈夫でもない。

 怖いときは、怖いし。

 麻ちゃんのようなパターンは、めったに、いや少なくとも、僕の知る限り、なかった。


「聞いてもらってもいいですか?」

 謙杜が、控えめながら、意を決したように、僕の目を見る。

「ええよ。聞くよ」


 そして、謙杜が語り始めたのは、彼の同級生、町田駿佑の身に起こった、ここ最近の出来事だった。


 駿佑は、つい最近、塾からの帰宅途中、交通事故が起きた直後の現場を通りかかったのだという。

 その日は、かなりしっかりと雨が降った日で、路面はぬれていて、特に、側溝の

ふたの上を通るときは、滑ってハンドルを取られやすくなっていたので、彼も、気をつけて通っていた。

 彼が現場に来たときに見たのは、横倒しになっている自転車と、高校生くらいの女の子の姿だった。ぬれた路面で転倒したようだ。

 駿佑は驚いて駆け寄り、他にも通りがかった、帰宅途中の会社員らしき女性たちも

駆けつけた。

 女の子には、大きなケガはないように見えたけれど、声をかけても、意識がなく、

3人で、救急車を呼んだり、心臓マッサージをしたり、散らばったその子の荷物を

かき集めたりと、必死の救助をした。

 幸い、救急車もすぐに来てくれて、その子は、女性たちに付き添われ、搬送されて

いき、心配ではあるけど、ひとまず、駿佑は、自宅に帰ったそうだ。

 気になって、翌日、テレビやネットのニュースを見たけれど、特にそれらしい話も

なかったので、おそらく、その子は大丈夫だったのだと、安心して、彼は、いつも通り、その道を通って、登校した。

 ところが、それから、彼の身の回りで、不思議なことが起き始めたのだ。

 誰もいないはずの部屋で、人が歩き回る足音がしたり、閉じたはずのノートが

開いていたり、置いたコップの位置が微妙に変わっていたり。消し忘れたはずの

部屋の電気がちゃんと消えていたり。


 一つ一つは、そんなに害があるわけでもないのだけれど(というか、最後のは、

むしろありがたいかも)、駿佑は、すっかりおびえて、やつれてしまっているという。


 友人のやつれぶりに、相談にのった謙杜もどうしたものかと、頭を抱えていて。

そこで、僕への相談となったらしい。

 まず親とか、周りの大人には相談しないのかときくと、駿佑は、誰にも言わないで

欲しいと言っているのだという。親が知ったら、余計なことにくびを突っ込むからやと、心配するより先に、かえって責められそうな気がするからと。


 謙杜の話は、まだまだ長くなりそうだったが、とりあえず、概略はわかったので、

「よし、わかった。僕に何ができるかわからへんけど、一緒に解決できるように

考えよう。明日、学校の帰りに、その、駿佑君と一緒に、僕のマンションに来れる?」

「行きます。あいつ、塾の日かもしれへんけど、今あいつ、塾どころとちゃうから。明日、3時過ぎには終わるんで、そっから、2人とも自転車なんで、早いっす」

「急がんでいいで。それこそ、君らの安全第一やからな。慌てんとゆっくりおいで」

 そして、切り替えて、僕は言った。

「じゃあ、この問題終わらせて、あと1問解いたら、今日は終わりな」

「はい」

 明日の約束をして、少し安心したのか、謙杜は、微分の問題に素直に集中し始めた。


 僕は、もしかしたら、麻ちゃんにすごい迷惑をかけることになるかもしれない。

 そう思いながらも、この話をきいたとき、麻ちゃんなら、力になってくれそうだと、不思議に確信めいたものを感じていた。




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