第13話 甘えてる
「やっと、終わった~」
エアコンの取り付けも無事すんで、丈くんがほっとした顔で、僕の部屋にやって
来た。
リビングの丸テーブルには、今度は3人分の食器と惣菜の皿がいくつか並ぶ。
さっき、和也が買ってきた缶ビールもある。
「おお。嬉しいなあ。美味しそうなんいっぱいや」
和也の顔がほころぶ。
「おれ、昼も夜もごちそうになってしもて」
丈くんが、少し申し訳なさそうに言う。
「おかずは、昼とそんなに変わり映えせえへんけど、ご飯は、炊きたてやし、みそ汁も作っといたから、がっつり食べてや」
玉ねぎや人参、なす、薄あげ、適当にあるものを放り込んだみそ汁は、仕上げに、刻んだショウガを少し入れてみたら、味が引き締まって、思ったより美味しくできた自信作だ。
「じゃあ、ひとまず、乾杯しよか」
和也が、缶ビールを手にして、乾杯の音頭をとる。
「じゃあ、これからも、3人で美味しいもん食べよな。かんぱ~い!」
「かんぱ~い」
「かんぱ~い」
冷えたビールが、気持ちよくノドを通ってゆく。
「いっただきま~す」
和也が、自分の皿に取り分けた豚味噌を食べる。
これは、さっき、和也が、ビールを買いに行ってる間に、僕が作ったものだ。
「うっま。これ、めっちゃご飯すすむわ。ビールまだあるけど、ご飯つごう」
嬉しそうに、炊飯器から炊き立てのご飯を茶碗によそう。
「おまえらもいる? ご飯つごか?」
「いる」「いる」
この豚味噌は、とっても簡単だ。正式な名前のある料理なのかどうか知らないけど、とにかく、豚肉と玉ねぎと赤みそ・砂糖・しょう油・酒があればできる。
薄くスライスした大量の玉ねぎの上に、しゃぶしゃぶ用の豚肉を広げるようにのせて、上から、赤みそと砂糖と醤油と酒を適当に混ぜたものをかけてフタをし、弱火で、しばらくぐつぐつする。肉の色が変わって、玉ねぎがしんなりしてきたら、適当に混ぜて、全体に味がなじむまで、さらにぐつぐつ。
それだけだ。
調味料の量は、適当、だ。鍋に直接入れるのではなく、別の器に全部適当に入れて混ぜ合わせて、自分の好みの味になるように、調節すればいい。
材料をまとめて入れたら、しばらく放っておけるので、その間にもう一品作れたりする。
カニかまときゅうりの酢の物や、人参やツナ、ゆで玉子も入っているポテトサラダ、アスパラベーコン巻や肉巻き(焼いてからタッパーに入れてあったので、レンジで温めるだけ。もちろん、焼いたのは萌だ)、ピーマンと豚コマの炒めたもの……などなど。
一つ一つは、作ろうと思えば、けっして難しいものではないけど、これだけの品数を、作ってくれた萌は、いったい、朝何時に起きていたんだろう。あとで、麻ちゃんに聞いておこう。
「萌ちゃん、ほんまに料理上手やな。味付けめちゃ上手い」
「ほんまほんま」
和也と丈くんが、ご飯をほおばってもぐもぐしながら言う。
「兄ちゃんのために、こんなんしてくれる妹、そうそういてへんで。ええなあ。
おれ、ひとりっこやし、萌ちゃんみたいな妹欲しいわ」
和也が言う。
「おれも、兄貴しかおらんし、萌ちゃんみたいな妹おったら、めっちゃ嬉しい
やろなぁ」
丈くんも言う。
「うん。嬉しい」
僕は正直に言う。顔がちょっとニヤける。
「こいつ~。ほんま、まじでうらやましいわ」
丈くんが、小突いてくる。
3人で、買ってきたビールを全部開けて、タッパーのおかずも炊飯器のご飯も、
気持ちよく平らげて、僕らは心地よく酔った。
「おれだけ、帰らなあかんの、なんかいややな」
和也はぼやきながら、けれど、また明日は午前中からバイトがあるからと帰って
行った。
「ほんまに、今日は、めっちゃありがとう。ほんで、これからあらためてよろしく」
そう言って、隣の部屋に帰って行った丈くんは、またすぐに出てきて、
「あ、これこれ。引っ越しのご挨拶。台所用洗剤です~お使いください」
真面目な顔をして、小さな包みを差し出す。
「あ、ありがとう。買い置きなくなったところやってん」
「じゃ、ほんま、ありがとう。おやすみ」
「うん。おやすみ」
部屋に入って、リビングのクッションにもたれると、
「おつかれさま。大ちゃん」
「お待たせ、麻ちゃん。今日は、お客さんだらけで、バタバタして、落ち着かんかったやろ」
「ううん。変化に富んでて、面白かったよ。それに、大ちゃんに、いい友だちがいてるのもわかったし」
「うん。僕もな、疲れたけど、今日は、なんか楽しかったな」
一日を振り返ると、疲れているのに、知らない間に顔が笑っている。
「なあ、麻ちゃん」
「うん?」
「この部屋さ、来る人来る人、みんな、気持ちがいい部屋やっていうやん。」
「うん」
「それってな、麻ちゃんのおかげちゃうかな。今日な、丈くんの部屋に行ってみて、思ってん。同じように風も通るし、明るいねんで。でも、なんか空気の気持ちよさがちがう気がする」
「そう?」
「ここに、麻ちゃんがいるからや、って思った」
「ふふ。ありがとう。なんか嬉しいね。ちょっとは役に立ってるのかな?」
麻ちゃんが、笑顔になっている気がする。
「そら、ちょっとどころとちゃうんちゃう?」
「でたっ。『ちゃうんちゃう』 それ、めっちゃおもしろい関西弁よね」
「そうかもな。あ、この会話、意味わかる?
えっとな。言うで。
『それ、ちゃうちゃうちゃう?』 (それ、チャウチャウと違う?)
『ちゃうちゃう。ちゃうちゃうちゃうんちゃう?』 (違う違う。チャウチャウと違うんじゃない?)
『ちゃうちゃう。ちゃうちゃうや』 (違う違う。チャウチャウだよ)
ぶはははは。
麻ちゃんが、笑い転げている。
「知ってる~! それ、よく生徒たちが言ってた~。私には、全部一緒のちゃうちゃうに聞こえるのに、あの子ら、ちゃんと区別して言えるし、聞こえるって」
すごいよねえ。笑いながら感心している。
関西人は、違う違う、と犬のチャウチャウを、ちゃんと区別して言えるし聞き取れる。
「面白いよねえ。言葉って楽しいよねえ」
麻ちゃんは、まだ笑いの残る声で言う。
「そういえばね、言葉の面白さ、楽しみ方を書いてる小説があってね」
「うんうん」
麻ちゃんのすすめてくれる本は、たいてい、僕にとっても面白い本なので、何が出てくるか楽しみで、耳を傾ける。
ところが、麻ちゃんは、話すのを止めて、あわてて言う。
「あ、たいへん、大ちゃん。めっちゃ時間遅くなってる。早くお風呂入って、寝る用意して」
「え~、続き聞きたい~」
僕は、少しゴネてみる。
「だめ~。さきにお風呂。お風呂すんで、寝る用意できて、お布団に入ったら、続き話そうね」
「え~。いややな~。お風呂入らんでもいいもん」
「わがまま言わずに行っといで~」
「しゃあないなあ」
僕は、ぶつくさ言いながら、風呂に向かう。
「待ってるよ~。早く出てきてね」
「わかった~」
気がつくと、僕は、時々、麻ちゃんにめっちゃ甘えてる。
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