第12話 居心地がいいのは

 僕は、主に、台所用品と、書棚を担当することになった。

 丈くんは、料理する気満々なのか、意外に調理器具がある。少なくとも、泡立て器は僕の部屋には、ない。

「丈くん、ケーキでも作る気なん? 泡立て器あるやん」

「あ、それか、それな、和也が『買うといたらええで』て言うからさ。おれは別にいらんかな、思てんけど」

 丈くんは、衣類の箱を開けながら、答える。

「ほんまか。僕んとこも、さっき出した白い皿あったやろ、あの4つに仕切りがあるやつ」

「うんうん」

「あれ、和也に、『買うといたらええで』て言われたやつやねん。しかも、3つ買えって言われた」

「おまえもか。いや、なんかええ皿もってんなぁ思ってた」

 丈くんが、笑いだす。

「ということは、これも、和也ご推奨か?」

 僕は、ダンボールから、サークル型のステンレスのケーキ型をとりだす。その下から、可愛らしい抜型のセットまで出てくる。

「あいつ、丈くんとこでは、お菓子作りして、僕とこで、ご飯食べる気や」

「ほんまに何企んでんねん、あいつは。そうか。それで、オーブンも買うといたらええで、って言うてたんや。」

「マジか」

 2人で笑い転げたとき、ちょうどインターホンが鳴った。

「はい」 

 丈くんが出ると、

「おれやおれや」

「どちらさん?」

「おれおれ」

「おれおれさんですか。存じ上げませんが」

「もう、おれ、和也。開けて開けて」

「しゃあないなあ」

 丈くんが、開錠ボタンを押す。

しばらくして、エレベーターのドアが開閉する音が小さく聞こえて、

「おれ! 来たで~」

 和也が満面の笑みで飛び込んできた。

「おジャマしま~す」

 言いながら、ニコニコずんずん入ってくる和也に、

「ジャマすんやったら帰って~」

 これまた、丈くんが笑いながら返す。

 関西では、よくあるやり取りだ。

 だから、帰って~と言われても、ものともせずに、和也はいつも通りのハイテンションだ。

「遅なってごめんやで~。お、まだまだ仕事ありそうやな。よかった。間に合うたな。あ、それほんまに買うたんや」

 嬉しそうにケーキ型や泡立て器を指さす。

「ほんまに買うたんもなにも、おまえが買えっていうたんやないか」

「ははは。そやな。ありがとう。これで、こんど美味しいケーキ作ったるわ」

「おまえ、自分の部屋で作らへんのか?」

「ん? もちろん作るよ。でも、丈くんとこでも、急に作りたなったときに、道具あったら、すぐ作れて便利やろ。で、おれ、なにしたらいい?」


 台所用品の担当は、和也にバトンタッチして、僕は、書棚と風呂・洗濯用品の担当になった。

「本、仕事関係とそれ以外で、ざっくり分けて置いとくで。デスクの近くの右の棚には、仕事関係、左側にそれ以外とCDとかDVDとかでいいか?」

「それでいいで。ありがとう。とりあえず、だいたいまとまってたら、ぼちぼち使いながら、整理していくし」

 丈くんは、クローゼットに衣類をどんどん放り込んでいく。

 スーツが何着かあるのは、いかにも社会人らしいなと思って、僕は、自分のクローゼットの中の、比較的ラフな服たちを思い浮かべる。もちろん、スーツも持ってはいるけれど。


 本を棚に収め終わった僕は、洗濯用品を載せるステンレス製の整理棚を箱から出す。

「丈くん、これ、僕とこのと同じや」

「お、ほんまか? それがちょうどいいサイズやなと思って買うてん」

「そうそう。僕もや。でも、組み立てるのは、和兄にやってもろたから、説明書読まな、組み立て方わからへんけど」

「もし、手いるんやったら、いっしょにやるで」

 和也が、流しの下の大きめの引き出しの中に、鍋を入れながら言う。

「ありがとう。たぶん、いけると思う。あかんかったら、言うわ」

「おう。何でも言うて」

「お、せやったら、台所終わったら、ハンガーかけるやつ、組み立ててや」

「りょうか~い」


 3人で、黙々と働く。

 時々、誰かがしょうもない冗談を言って、手が止まったりもするのだけど、3人で

動くと片付けは、早い。

 4時頃には、ダンボールもすべて折りたたんで、まとめて部屋の隅に置いた。後日、引っ越し業者が引き取りに来てくれるらしい。

 丈くんは、和室にベッドを置いて、リビングには、ソファを置いている。

「いいなあ。ソファ、僕も買おかな。今、まだクッションしかないし」

 僕が言うと、

「おれも、大きめのクッション背もたれにして、寝転がってるし。コタツ置きたいから、ソファよりその方がええかと思って。でも、ソファでくつろいでテレビ、とかええよな。」

 和也がうらやましそうに、ソファに座って、背もたれにもたれる。

「じゃあ、かたづいたし、ご飯でも行く?」

 丈くんが言った。

「え、でも、丈くん、もうちょっとしたら、エアコン取り付けに来はるんちゃうん?」

「せや、忘れてたわ。え、今何時? あ、4時か。そしたら、もう来はるな。それ終わったら、ご飯行こうか」

 ちょうど、そのとき、インターホンが鳴った。

「来はった」


 取り付け作業は、小一時間はかかるということで、その間、僕と和也は、僕の部屋で、いったん休憩することになった。


「おお。大吾の部屋、なんだかんだ言うて、初めてやな」

「そやな。なかなか時間合わへんかったもんな」

「ええ部屋やん。……なんか、めっちゃ気持ちええなあ。ええ風入るなあ」

 和也が、窓辺で深呼吸する。

「丈くんとこと隣同士で、間取りも一緒なんやろ? でも、なんか雰囲気違うよな」

「そうか。そら、家具やらカーテンの色とかも違うからちゃうか」

 答えながら、僕は、ほぼ確信していた。

 麻ちゃん。

 きっと、この部屋には、彼女がいるからだ。

 この部屋を訪れる人が、みんな、同じ言葉を口にする。

 気持ちのいい部屋。

 居心地のいい部屋。

「晩ご飯、どこいく? お腹空いたな」 和也が言う。

「なんなら、うちで食べへん? 萌が作ったおかずがあるねん。でも、丈くんは、昼に食べたから、またか、って感じになるかもしれへんけど」

「え、何何? 萌ちゃんお手製のおかず? おれ、それ食べる」

 和也が選手宣誓する高校球児みたいに手を挙げる。

「じゃあ、丈くんに聞いて、もしかまへんって言うたら、そうしよか」

「そうしよそうしよ。おれ、丈くんにメールするわ」

 和也が、丈くんにメールすると、喜んで! の返事が来た。

 僕は、お米と水を炊飯器に入れてセットした。どうせなら、ご飯は炊きたてを出してあげよう。おかずの入ったタッパーはまだいろいろぎっしりあって、僕は、萌に心から感謝しながら、皿やコップや箸の準備をする。

「お、その皿。おれが言うたとおり、買うといてよかったやろ。さっそく役立ったな」

 和也が得意そうに笑う。

「いや、あるから、しゃあなしに使てるだけやねん」

「それが役に立ってるいうことや」


(くすくす)

 麻ちゃんの声にならない、でも笑っている気配を、僕はかすかに感じる。心の中で、僕は話しかける。

 この部屋を居心地よくしてるのは、きっと君やで。

 麻ちゃん。





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