第2話 出会いはここから

 一瞬、僕はかたまった。

 部屋のどこからか、声が聞こえた気がした。

 したけど、となりの部屋のテレビの音か、もしかしたら、窓が開いているから、マンションの前の道での会話が聞こえたのかもしれない。

 そう思うことにして、僕は、リモコンのボタンを押し、テレビをつけた。

 男性の気象予報士が、明日の天気について解説している。

 その時、また声がした。

「あの~」

 少し遠慮がちな女性の声。

 テレビのアナウンサーの声かと思って、まじまじと画面を見た。やっぱり映っているのは男性の気象予報士がまじめに天気を伝えている姿だけで、アナウンサーの女性が、天気予報にツッコミを入れてるわけでもなさそうだ。

 やっぱり空耳か?


「あの~」

 もう一度声がしたので、

「あの~」と僕も返してみた。

 つぎの瞬間、

「あ!聞こえた!?聞こえてたんですね?私の声」

 やっぱり、空耳じゃなかったらしい。うっかり会話が成立してしまった。

「……聞こえました。けど」僕は、少し警戒しながら答えたけど、

(よかった~!!聞こえてた~!やったあ~!)

 戸惑いながら答えた僕をそっちのけにして、声の主は、なんだかとっても喜んでいる。

 そして、よかった~!きこえた~!と繰り返している。

「あの~」言ったのは僕だ。

「あ、はい。すみません」

 声は慌てたように返事をして、あやまった。

「あの~、あなた、もしかして、前にこの部屋に住んでいた方、でしょうか」

「……前に住んでいた、う~ん。確かにそうですよね。もう、『前』になっちゃうんですよね。わたし的には、『今』も住んでいるんですけど」

「う~ん。でも、今は、僕が家賃払ってます」

「あ、ごめんなさい。私がまだ住んでるんだから、あなたに出て行ってくれとか、そんなつもりで言ってるんじゃないんです。ただ、この半年ね、この部屋にいたんだけど、誰とも話せなくて、すっごくさみしくって。さっき、3人で話しておられるときに、声かけようかとも思ったんだけど、ちょっと勇気が出なくて……」

「で。今、僕が1人になるのを待って、思い切って」僕が言うと、

「声をかけた」声が続ける。

「ということなんですね」

「そうそう」

 

 掛け合いで会話が続いて、なんだか声は満足そうだ。

「あのさ、急に声かけられて、僕がびっくりするかも、とか思わなかったんですか」

「ん~、少しは思ったけど。でも、人が亡くなった部屋って聞いても、あなた、この部屋気持ちいいって気に入ってたから、まあ大丈夫かなあって。それより、声かけても聞こえない可能性の方が高いかも、って。そっちの方が心配だった」

「それは、単に僕がニブいだけの奴かも?って思ってたていうこと?」

「うん」

「ひどいなあ。とくに鋭くもないけど、そんなにニブくもないねんけどな」

 僕は少し苦情を言う。

「わかってる。ごめんね。失礼な言い方して。でも、ニブくはないけど、逆に、相当図太い方だと言われない?だって、こうやって、私と平気で会話してるんだもん」

「……たしかにね。図太いっていうか、人よりちょっとこういうことに慣れてるだけなんやと思うよ。」

 子どものころから、時々経験してきた不思議な出来事を、僕は思い出していた。

「子どものころから、いろいろ不思議な経験することが、時々あってね」

「そうなんだ。でも、よかったあ。もし、あなたが、きゃあ~って叫んで逃げちゃう人だったら、今頃、わたし、すっごい落ち込んでたと思う」

「なんで、落ち込むん? ……あ、ちょっと待ってな」

 

 テレビはいつのまにか、天気予報もニュースも終わって、なんだかにぎやかなバラエティー番組にかわっていた。少しやかましい。 声との会話に集中するために、僕はリモコンを手に取り、テレビのスイッチを切った。

「はい、いいよ。で、何で、あなたが落ち込むん?」あらためて聞いた。

「だってね、考えてもみてよ。自分が現れたとたん、ぎゃあ~でたあ~‼ なんて大騒ぎして逃げ出されたらどんな気がする? 自分がなんかとんでもないオバケにでもなった気がして、すっごいショック受けると思うよ」

 それはたしかに。ちょっと傷つくかも。

 そこで、僕は、ふとさっきから気になっていることを聞くことにした。

「ところで、一つきいていいですか」

「何?何でも聞いて」声は嬉しそうだ。

 本当に、半年間、誰とも話せなくてさみしかったんだろう。

「あなたの声は聞こえるんですけど、姿が見えないんで。今、どこにいてはるんでしょう?」

 何でも聞いてと言ったわりに、声は、う~んとうなったきりしばらく返事がない。

「僕の能力不足なんでしょうか。もっとなんていうか、霊力? 霊感? みたいなものが強かったら、あなたの姿が見えるんでしょうか」

 

 う~ん。

 声はもう一度うなって、それから言った。

「……それが、よくわからないのよ。自分が声だけの存在なのか、それとも、姿も見せることができるのか、自分でもよくわからないの。自分が今、どんなふうに存在しているのか、よくわからない。わかるのは、生きてるわけじゃないってことだけ……」

 声が、消えていきそうに小さくなった。

 僕は急いで言った。

「わかりました。声だけなのかどうか、よくはわからへんけど、でも、とにかく今、僕と話してるあなたはこうしてここにいてる、ということで。ちょっとずつ、わかっていくこともあると思うし。これから、ここで一緒に過ごすことになると思うんで。

じゃ、自己紹介するね。僕、伏見大吾といいます。よろしくおねがいします。字は、伏見区の伏見、大吾は大きいに、われという意味の吾」

「あの、私は、野上 麻といいます。野原の野、がみは、上下の上。麻は、麻婆豆腐のま」

「麻婆豆腐のま、って」僕は吹き出した。

「でも、わかりやすいかと思って」

「カタカナで、マーボーって思い浮かべる人もいてると思うよ」

「そっか。じゃ、麻布のあさ、で」

「さっぱりした感じで、気持ちのいい名前やね」

「大吾、もいいね。字もいいけど、響きがかっこいいよね」

「ありがとう」

 では、これからよろしく、ということで。

 2人、名乗りあったけど、握手はできないので、僕は、胸の前で両手を合わせて、頭を下げた。   


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