大和国
葦原中つ国平定
百襲姫①
胡服の群れが連れた獣。それは、立派な大樹から生まれたように美しいものだった。
慈愛に満ちた瞳。品のある曲線を描く四肢。可愛らしい
「なんて、かわいい子たち。早く、この子たちのためのお庭が欲しいわ。広くて豊かなお庭がほしい」
巨躯の
その様に、百襲姫は胸元を押さえた。内側では熱い鼓動が脈打っている。しょっぱい潮風に吹かれる
「あの日の約束、ちゃんと遂げてね。阿宜。中つ国を、
彼女は白い歯を見せ、西の空に薄ら嗤う。その面持ちは、あたかも鹿を狙う狼のそれだった。
春の半ば、二十人の
馬飼の長は
百済の商人は僅かながら見たことはあったが、これほどの益荒男は初めて出会った。
また彼の妻も鋭い眼と鋼の肉体を持っており、まるで戦うために生まれてきたかのようだ。恐らく百済の中でも戦に長けた氏族だったのだろうと、国長の
そして特筆すべきは阿宜らと共にやってきた五頭の馬。なんと美麗な背に輝かしき夢を抱いていることかと感嘆したのも百襲姫である。浪速津彦は娘の瞳に色が躍るのを覚え、阿宜は彼女の
阿宜は彼女を気に入り、一二歳の倅、
「大和の地は大和の者で治めるべきよ。でも男妾ならば、約束次第で考えるわ」
「姫様」
阿宜の隣で会話を聞いていた布津が口を挟む。しかし彼は姫君の気まぐれには慣れているのか、諫める声は穏やかである。阿宜もまた官の意を得たりとばかりに話を続ける。
「では、先に礼をさせていただきましょう。宝をいくつか献上します」
すると百襲姫の目に影が差した。阿宜は
「姫様。何か、不都合なことがありましたか?」
そう問うと、彼女は先とは打って変わって朗らかに
「えぇ。わたしが欲するものが分からないの? 阿宜。あなた、鈍いのね。――お庭が欲しいの。広々としていて、馬が遊ぶことのできるお庭が。ねぇ、叶えてくれるでしょう?」
彼女の表情は美しく、しかしその瞳は冬の月のように万物を凍りつかせる冷徹さがあった。この場で倅の婿入りを撤回することはおろか、逆らうことすらできはしない。
「……憚りながらお尋ねさせていただきますが姫さま。お庭とは何処のことでしょう?」
膝を突く阿宜を案じてか、布津が代わりに問いかける。すると百襲姫は彼の顎先に手を触れさせ、慈しむように撫でつつ答える。
「西に馬を飼うに相応しい大地が広がっていると聞いたわ。名までは聞けなかったけど、あの日確かに感じたの。きっと近くにあるって。そして、いずれはあの土地も私のものにするわ。約束よ、阿宜」
阿宜はその言葉を聞いて血の気が引かせ、傍らにいる官も眉間を揉んでいる。
阿宜には分かった。姫のいう土地――おそらく中つ国か、その都たる出雲のことである。中つ国といえば
「案じないで。あくまで、いつか果たすべき約束よ」
そう言って微笑む姫に、阿宜は諦めに似た溜息をついた。
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