世界で唯一のSランクハンターのバックアップになって人生楽勝……のはずが彼女に振り回されて毎日が超大変です

熊倉恋太郎

相方の愛がデカすぎる!

「セレスト! おい、セレスト! 接敵してるぞ、何やってんだ!」


 俺は魔道車に備え付けの無線機に向かって叫ぶ。俺の目の前では、巨大なワームがこちらを食べようと襲いかかってきている。絶体絶命のピンチだ。


「荷台でゴロゴロしてても良いとは言ったけどよ、接敵したら戦えって言ったよな! 俺、言ったよな!」


 なんにも見えない砂漠のど真ん中で、魔道車を全速力でバックさせている。しかし、時速五十キロルくらいは出ていそうなのに、ワームは離れるどころか近づいてきている。


『ん……? あ、ごめん。寝てて見てなかった』


 無線機からやっと返事が返ってきた。だがその声は「今まさに起きたところです」と言わんばかりに眠たそうだった。


 ——コイツ、こんな状況でも眠れるとかどうかしてるんじゃないのか!


 バックミラーから荷台を見ると、そこには白髪の幼女としか言えない女の子が座っている。見た目年齢の通り未発達な体。肩にかからないくらいに切り揃えられた髪。人形と言われても信じてしまいそうなほどに人間離れした容姿の彼女は、小さくあくびをしている。


「良いから早く助けてくれ! あくまで俺はバックアップだったろ!? 命の危険はそれほど無いって話だったじゃねぇか!」


 やっと見つかった巨獣退治のバックアップの仕事だったのに、その初回から死にかけている。本当にツイてない。


『うん。これくらいならまだ良い方。車ごときで逃げられるくらいだから、対して強くない相手』


「これで良い方だってのか! ヤッベー、初回なのにこの仕事やめてぇー!」


 こんな会話をしている間にも、ワームは迫ってくる。ワームには口しかないが、歯がギュインギュイン回転している。あんなのに食べられたらミンチにされてしまう。


「ああもう、ファーストキスは娼婦で、セカンドキスはワームかよ! 生まれ変わったら幸せになりてぇ!」


 ほとんどヤケになりながら、車を運転する。どうせワームをなんとかできないと死ぬんだからと、速度は百キロルまで上げた。突然岩があってもしょうがない。セレストも道連れにして死のう。


『武装完了。いつでも行ける』


 平常通りに淡々とセレストが声を出す。


『ところで、ファーストキスが娼婦で、セカンドキスはまだなんだよね』


「ああまだだよ! もうすぐワームとしちまいそうだけど!」


 無線機に向かって適当に叫ぶ。


『ちなみに、初体験は?』


「今はどうだっていいだろ、そんなこと!」


『どうでも良くない。答えて。答えてくれないなら、私だけ逃げる』


「ええい、この鬼め! まだだよ! 娼婦相手にシたときは緊張しすぎて勃たなかったからな! あの時に笑われたのがトラウマだよ悪いか!」


 勢いに任せて答える。そのときに、ふとバックミラーを見た俺は、さらに驚愕した。


「後ろからもワームが! もしかして、ケツの初めてもワーム決定か!?」


 バックで進んでいく先、今はまだ遠いところにいるがすぐに追いつかれそうなところに別のワームが見えた。


 これはもう、確実に死んだ。そう思った時、無線機から気の抜けるような淡々とした声が聞こえてきた。


『さっさと済ませよう。私が荷台から跳んだら、すぐに右に曲がって。巻き込むかもしれない』


「了解りょうかい! 頼むから早く行ってくれ!」


『帰ってきたら、前と後ろの初体験は私がもらう』


「俺の好みは肉付きのいいおねーさんだ! お前みたいな全身ちんちくりんじゃねぇ!」


『……後で覚悟しておいて。一滴も残さず搾り取る』


 そう言い残すと、セレストは荷台から跳び上がった。時速百キロルで下がっているのに、前へ。


 そして、ほんの一瞬。言われた通りに右へ曲がるよりも先に、セレストがワームに攻撃した。


 砂を巻き上げる音がうるさくて戦う音は聞こえないが、ワームの動きが止まった。痛みにもがき苦しんでいるようだ。


 続いてセレストを見る。彼女はその小柄な体に見合わない、とてつもなく大きい棍棒のような物を片手で軽々と扱っている。


「あれは……魔鉱で作られてるのか? でも、巨獣に有効とはいえ魔鉱は高価だし、なによりあの身長では振り回されてまともに扱えないだろ……」


 驚きのあまり、ハンドルを切ることも忘れてそう言ってしまう。なにしろ、その棍棒はこの車ごと飲み込めそうなワームよりも太い部分があるのだ。


 魔鉱とは、巨獣を討伐する時に使われる特殊な金属だ。非常に高価なのは、一塊の魔鉱ごとに特殊な能力が元から備わっているからだ。


 俺は独り言を呟いたと思っていたが、無線機から返答があった。


『魔鉱で作られているのは正解。あとすっごく高いのも。でも、一つ間違いがある』


 セレストはそこで言葉を切ると、少し得意げに言った。


『私は世界でただ一人のSランクハンター。武器に振り回されるなんてことは無い』


 無線機を切るよりも早く、セレストは走った。いや、正しく言うなら走ったらしい。


 ザンッ! という砂を蹴る音が無線機から流れた瞬間、ワームの真正面にいたセレストがワームの右側に瞬間移動した。


 そのまま、セレストは両手で持った棍棒を腰に溜め、振り回すようにワームにぶち当てた。


 脇腹(?)に命中したワームは砂の上で暴れている。その隙を逃さず、セレストは地面に叩き付けるように棍棒を振るった。


 砂の中にワームが埋まる。当てられた所だけが砂の中に入り、頭やその後ろは出てしまっている。


『ワーム、特にサンドワームは、頭か尻尾が砂に埋まっていないと身動きが取れない。全身を砂に埋めなければ拘束することは簡単』


 ——簡単って……それができるのはお前くらいなもんだよ。


 安心したからか少し呆然としていると、セレストが俺の後ろを指さした。


「ん、どうした?」


『うしろから、来てる』


 ザクザクと砂を切り裂いて追ってくるワームを見て、安心感が吹き飛んでいった。


「忘れてた! 移動移動〜ッ!」


 アクセルを全開にしてここから逃れようとするが、砂の上で急にアクセルを踏んだのでタイヤが空転してしまう。


 このままだと、食われる!


 俺はドアを開けて、砂の上に飛び出した。


 そして、乗り捨てた車はワームに飲み込まれていった。


「車が、ミンチになってる……。あれ借り物なのに……結構高かったのに…………」


「私と一緒に仕事してれば、いずれ返せる。だから、一生一緒」


 ——いや、どういうことだよ。


 砂まみれになった俺の横に、いつの間にかセレストがいた。


「衣食住も、仕事も私が管理してあげる。あ、性に関しても私が」


「だから、お前は好みと合わないんだよ。ってか! 俺はお前に飼われる前提か!」


「仕事はしてるから、ヒモではないと思う」


「俺は一人で暮らしたいんだよ!」


 セレストと話している間に、ワームは車を跡形もなく食べてしまった。だが、食べても肉の味がしなかったからか、俺たちの方に狙いを定めている。


「というか、見てるのは……俺?」


「私よりも体が大きいから、食べ応えがあるんだと思う」


「おいおい、それってヤバいんじゃないか?」


 ワームが舌なめずりをした……気がした。


「確実に俺が狙われてるよな! 死ぬよな、俺!」


 情けなく俺が叫ぶと、セレストはやはり淡々と言葉を返してきた。


「殺さないために、私がいる。だから安心して」


 俺とワームの間に体を入れたセレストは、この時ばかりはカッコいいと思えた。


「安心して、私に身を委ねて。大丈夫、最初は優しくしてあげるから」


 ……こんな事を言い出さなければ。


 痺れを切らしたワームが、大口を開けて俺を丸呑みにしようとしてくる。セレストを避けるように、高い位置から急降下してくる形で襲いかかってきた。


 そんなワームに、セレストは下から棍棒を放り投げた。


 顔面に棍棒が当たったワームは仰け反った。体を支えきれなかったのか、後ろ向きに倒れていきそうになっている。


 棍棒を空中に投げたセレストはというと、その場で棍棒を待っていた。空を見上げて、何を考えているのか分からない目でボーッとしている。


「おい、何やってんだセレスト! ワームがお前の方を見てるぞ!」


 ワームが俺からセレストにターゲットを変更したらしい。怒っているのか、全身を真っ赤にしてセレストに向かってまっすぐ突撃する。


 砂ごと食べながら移動して、セレストを確実に食べようとしているワーム。未だに空を見続けているセレスト。


「セレスト、危ない!」


 俺は咄嗟に走り出した。セレストが何をしたいのかわからないが、このまま食べられるのを見守るわけにはいかない。


 ——俺は死ぬかもしれないけど、それでもセレストだけは守る!


 俺の一世一代の勇気と根性を出し、セレストを助けるために砂の上を駆ける。


 そんな俺を止まらせたのは、他でもないセレストだった。


「大丈夫。もう倒せるから、そこでゆっくり座ってて」


 相変わらずの無表情だったが、そこには影があった。


 空は晴天。雲ひとつない。なら、何の影なのか。



 そう。放り投げた棍棒が帰ってきたのだ。大きさを4倍ほどまで膨れ上がらせて。



「うおおぉぉぉッ。逃げる、俺は逃げるぞぉッ!」


 反転。俺は全力で来た方向へ戻った。


 ——ムリムリ! あんなのが降ってくるのにその下に行くなんてムリ!


 降ってきた棍棒は、寸分違わずセレストの真上に来ている。光を感じることができないワームは、そのことには気が付いていないようだった。


 ワームに食べられるギリギリになって、セレストは高く跳び上がった。手を伸ばす先には、棍棒の持ち手がある。


 セレストを食べ損なったワームは、頭を上へ向けた状態で砂に半分埋まっている。


 そこへ対して垂直に、セレストは棍棒を落とした。


 聞き取れないほどの凄まじい轟音と共に、大量の砂がまき上がる。


 そして高く上がった砂は、シャワーとなって地上に帰ってきた。


「痛った! イテテテテ!」


 細かい砂粒でも、重力に乗れば軽く凶器になる。俺の体は砂のせいで傷まみれになってしまった。


「ああ、大変だ。こんなに怪我をしてしまって。そうだ、責任をもって私の家で治療してあげよう」


 セレストが、感情のこもっていない声で言ってくる。


「お前……もしかしてこれ狙ってたのか?」


「さあ……何の事だか」


 セレストは明後日の方向を向いている。


「ほら、応急処置をしなきゃいけないから、早く服を脱いで。これでも私、簡単な治療くらいはできるから。お医者さんごっこもできるから」


「両方ともしないでいい」


「なら、約束通り私が初体験になってあげる」


「それもしなくていい!」


 セレストが俺を拘束しようとしてくるが、俺はそれを必死に回避している。


 だが、流石に身体能力の差は大きく、俺はセレストに捕まってしまった。


「さあ、私と一つになろう。空の雲を数えていたら終わるから……」


「わーっ! ほら、人が来たから、人が!」


 いよいよ食われる、となった直前に、さっきの砂の柱を見たらしい現地の人がやって来た。


「むぅ、流石の私も人の前では勇気が出ない。また今度にしよう」


「また今度は無い」


 無事に拘束を解かれた俺は、セレストと二人で現地の村に泊まることになった。


 嫌な予感がしないでも無いが、一先ず、これで今回の仕事は終えることができた。


 ——もしかしたら今後も、セレストには苦労させられるかもしれないな……。


 そう思うと、少しだけ心が弾んだ気がしたが、気にしないフリをしておく。

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