エピローグ

第33話 夕飯が二回も食べられるのですぅ~♪


 あれから三年と少しの月日が流れた。

 今年の春から、私は中学二年生だ。


「なのです♪ なのです♪ ひげなので~す♪」


 最近のブームはひげらしい。『瑠璃るり唐草からくさ』こと『ルリ』が私の頭の上を旋回せんかいした。

 以前にも、こんなことがあった気がする。


 どうやら、身体は成長したというのに、基本的な所は変っていないようだ。

 長く伸びた髪を口元の持って行く。


 そして、すきあらば――ひげっ!――と言って、私を笑わせようとしてくる。

 向こうの世界ではルリを認識できる人間がほとんど居なかった。


 そのため、変な遊びを考えては実行しているようだ。

 困ったモノである。


「連絡の取り方が分からなかったから、来ちゃったけど……」


 良かったのかな?――私は首をかしげた。


「来てしまったモノは仕方ねぇーですぅ~♪ ひげっ!」


 とはルリ。早く遊び相手を見付けてあげないと、この髭攻撃は続くようだ。

 叔父さんが指定した時間に待っていたのだけれど、ゲートは開かなかった。


 そのため、自分の能力ちからゲートを開き〈妖精界〉へと来たのだけれど、失敗だったようだ。


 向こうの世界は夜だったのに、こちらの世界は昼間である。

 やはり、叔父さんのように上手うまくは行かないらしい。


 森の中で待っていても仕方がないので、まずは寧々子ねねことおじいさんが住む家を訪ねた。けれど留守のようだ。


 家の周囲は綺麗きれいに片付いていたけれど、人が住んでいる気配はない。

 いや、この場合は『猫の気配』と言い換えるべきだろうか?


 私と同じく、寧々子も中学生のはずだから、引っ越した可能性もある。

 受験などを考えるのなら、その方がいいかもしれない。


 会えると思って期待していた分、少し落ち込む。

 そんな訳で、今は森を出て、お店に向かっている最中だ。


 なぜか急に『流幻庵げんりゅうあん』の桜餅さくらもちが食べたくなる。

 並行世界パラレルワールドと言っても、微妙びみょうに違うようだ。


 向こうには『流幻庵げんりゅうあん』がなかった。違いを確認する意味でも街並みをながめて歩いていると、ふと、ある単語が脳裏をぎる。


 もしかして『タイムパラドックス』というヤツだろうか?

 私がお昼に来たから、叔父さんが夜に迎えに来てくれなかった。


 と考えるのはどうだろう。並行世界パラレルワールドならではの体験だ。


「夕飯が二回も食べられるのですぅ~♪」


 ルリは楽しそうに空中を舞う。お気楽な性格でうらやましい。

 さて、この角を曲がると『喫茶フェアリーガーデン』がある。


 私は呼吸を整え、心を落ち着かせた。

 さすがに――お店がなくなっている――ということはないだろう。


 このまま、何事なにごともなかったように帰ってもいいのだろうけど、お店がいそがしかったら迷惑だ。まずは様子を見てから考えよう。


 よし、考えがまとまった。私は角からコッソリとお店の様子をうかがう。

 どうやら、お店はまだあるようだ。まずは一安心。


「さっきから、なにをやっているんだ?」


 突然、後ろから声を掛けられ、私はビクンッと反応をする。

 いや、私に声を掛けたのではないようだ。


「しらねぇーですぅ~♪ 髭っ!」


 と答えたのはルリで、自分の髪の毛をつかみ、顔の前でクロスさせていた。


「……」


 相手の反応はいまいちのようだ。こういうのは『タイミング』と『面白いことを言う』というキャラ作りが必要になって――いや、そこはどうでもいい。


 長身で見覚えのある黒髪の男子。高校生だろうか?

 怖いというよりは、一緒にいると安心できる。


 顔は嫌いじゃない。いや、好みのタイプかも……。


「ゆ、優夜ゆうやっ!」


 いつから、そこにっ!――とおどろく私に対して、


「森から出て来た辺りかな……」


 と答える。私に気取られずに尾行できるとは……。

 どうやら『陰陽師』の修業は上手く行っているみたいだ。


白菊しらぎくにぶいだけなのです……」


 とあきれるルリの台詞セリフに、


「だよね……全然、気が付かなかったよね」


 と謎の少年が苦笑する。優夜よりも背は低い。

 優夜を男前とするなら、美少年といった感じだ。


 中性的な雰囲気なので、女子からウケは良いのだろう。

 優夜の友達だろうか?


ひさりだね、白菊ちゃん」


 と美少年。その笑顔は見覚えがある。


「もしかして、寧々子⁉」


 再びおどろく私に対し――そうだよ、分からなかった?――と寧々子は笑う。

 うん、全然、分かんない。


 以前のオドオドした感じはなく、アイドルのようなオーラが出ている。


「わぁ、ひさり」


 私は寧々子と手を合わせ喜ぶ。


「取りえず、店に入らないか?」


 とは優夜。確かに、こんな所で騒いでいては近所迷惑だ。

 話したいことは山ほどある。まずは両親について――


 結局、父と母は離婚したままだった。私が帰ってきた手前、夫婦を演じてくれていたけれど、元の形に戻るのは難しいようだ。


 お互いにいい人を見付けたようで、それを機に私もこちらの世界に戻ってきた。

 もう、私が居なくても大丈夫だろう。


 この記憶はなくなってしまうかもしれないけれど、想いはなんらの形で残るようだ。

 優夜と寧々子も私のことを覚えてくれていた。


 それだけで、今は十分だ。


「ちょっと、待ちなさい!」


 と声がひびく。エプロン姿の女子中学生。

 和奏わかなだ。あまり変わっていない。安心する。


庶民しょみんオーラですぅ~♪」


 とルリ。確かに、そんな感じだ。


「ちょっと、今、失礼なことを考えたでしょっ!」


 そういうの分かるんだからねっ!――と詰め寄ってくる。

 走ってきたのだろうか? 息が上がっているようだ。


 きっと、私がこちらの世界に来たことで、記憶が戻ったのかもしれない。

 お店から慌てて走ってきたのだろう。胸が熱くなる。


 感動の再会に、ちょんちょんとルリが私をつついた。

 また、ひげだろうか? いい加減にして欲しい。私が顔を向けると、


「鼻毛ですぅ~♪」


 とはルリ。同じ仕草なのに言葉を変えてきた。


「鼻毛ぴろ~ん♪」


 ちょっと、面白い。


「白菊ぅ……」


 と和奏。私の両肩に手を置いてふるえている。

 この感じは、不味まずいかな?


「こっちは感動しているのに……」


 笑うなんてひどいじゃない!――和奏は声を上げた。近所迷惑である。

 いつものお約束なのでなつかしいけれど、誤解だ。


 一先ひとまず、私は逃げる。今はそれよりも、早く叔父さんと雪風ゆきかぜさんに会いたかった。

 私はお店の扉を開ける。


 『喫茶フェアリーガーデン』――ここは人間と妖精が集まるお店。


「ただいま!」


 私たちの時間が再び動き出す。

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