第32話 それだけ、白菊の世界が広がったのですぅ~♪


「ありがとう」


 そんな私の言葉に、


「最後、だから……」


 と朝美あさみは告げる。

 私が――この世界を去る――という意味だけではなさそうだ。


 もしかすると、彼女自身にも『時間がない』のかもしれない。

 となれば、次は私を『御子みこ』としてかつぎ上げる連中が出て来る可能性もある。


 やはり、私は居ない方が良さそうだ。


「叔父さん、私……決めたよ」


 そんな私の言葉に、叔父さんは、


「すまない」


 と答える。叔父さんにとっても、私の母は実の姉だ。

 どうにかして、助けたかったのだろう。


 叔父さんが、こちらの世界に来なければ……恐らく、母は助かり、私も平和に暮らせていたかもしれない。


 そんな考えが、後ろめたい気持ちとしてあるようだ。

 後悔こうかいしているのだろう。


 だから、叔父さんは妖精も人間も助ける。

 そういった仕事を選んだ。


 叔父さんは今も対価を払い続けている。

 きっと、終わることはないだろう。


 それでも、やっぱり――


「叔父さんは、私の自慢の『お父さん』だよ」


 私は胸を張って言う。

 今、私の本当の世界が動き出した気がする。


 結局、私は自分の意思で、元の世界である〈人間界〉へと帰ることを選んだ。

 学校へは急な転校が決まったと報告をする。


 どうせ皆、ぐに忘れてしまうのだから、あまり大袈裟おおげさにはしたくない。

 『お別れ会』や『クリスマス会』をするといった話も出たけれど、私は断った。


 正直、二学期からの数ケ月しか、学校には通っていない。

 そのため――気をつかわせるのは悪い――というのが理由の大部分をめている。


 ただ、大人というのは――子供に思い出を作って欲しい――と考えるようだ。私の事情を知っている寧々子ねねこ和奏わかなをお店に呼んで、クリスマス会を開くことになった。


 向こうの世界へは持っていけないので、プレゼント交換会こうかんかいはなしだ。

 随分ずいぶんと長い間、こちらの世界〈妖精界〉へ居た気がする。


 けれど、まだ一年も経っていない。

 それなのに、友達が出来て、知り合いも増えた。


「それだけ、白菊しらぎくの世界が広がったのですぅ~♪」


 瑠璃るり唐草からくさに感謝するですぅ~♪――とルリ。

 なぜ、ルリに感謝をしなければいけないのか、議論ぎろんする余地よちがありそうだ。


 けれど――そうだね――と私は返しておいた。

 泣いている寧々子をなぐさめ、和奏とは接客勝負をする羽目はめになる。


 今日は私のために皆が集まってくれたというのに、どうして、こんな勝負をしているのか謎だ。


「えっ? アタシがここの制服を着てみたかったからだけれど……」


 と和奏。やってられない。


「普通に頼めばいいのに……」


 いくらでも貸してあげるよ――私がそう言って、ほほふくらませると、


「それは嫌っ! なんだか負けた気がするもの」


 和奏はそう言うと、クルリとターンを決めた。


「ねぇねぇ、やっぱり、アタシって可愛いわよね」


 なにを着ても似合うわ――とはしゃいでいる。


馬子まごにも衣装なのですぅ~♪」


 とルリ。聞こえると、また私が怒られるので、やめて欲しい。

 クイクイと私のそでを引っ張る寧々子。モジモジとしてなにか言いたそうだ。


 もしかして、寧々子も着たいのだろうか?

 私があごに人差し指を当てて考えていると、コクコクと彼女はうないた。


 最近はボーイッシュな格好ばかりしているため、こうしたヒラヒラした服は好きではないと思っていたのだけれど、私たちの様子を見て、着てみたくなったようだ。


「いいよ」


 と私は返事をすると、手をつなぎ、部屋へと案内した。

 雪風ゆきかぜさんが私のために用意してくれた制服。


 けれど、もうそでを通すことはないだろう。

 気に入ったのなら、二人にあげてもいいかもしれない。


「まるで形見かたみですぅ~♪」


 とルリ。縁起えんぎでもない。

 確かに、こちらの世界に戻って来られる保証はないのだけれど……。


 これから生まれて来る雪風さんの子供が女の子だったのなら、着てくれることもあったかもしれないけれど、取って置く必要もないだろう。


 寧々子の着替えも終わり、会場となっているお店のフロアに戻ると、三人で歌わされてしまった。いや、ルリも歌っているので四人だろうか?


 和奏は、ちやほやされてアイドル気分のようだ。

 私としては、ちょっと恥ずかしいのだけど、最後なので皆に合わせる。


「これなら、毎日クリスマスでいいのですぅ~♪」


 とルリ。単にご馳走ちそうが目当てなだけだろう。

 目を離すと、私の分のケーキまで食べようとするのだから、困ったモノだ。


 しかし、楽しい時間はぐに終わる。外はすっかり暗くなっていた。

 私は旅立たなければならない。


 雪風さんと狭霧さぎりさんは後片付けがあるので残るそうだ。

 最後に雪風さんは私を抱きめてくれた。お腹の中の赤ちゃんが動いた気がする。


 やっぱり、この子のお姉ちゃんになれなかったことは、大きな心残りだ。

 私は皆に『お礼』と『お別れ』の言葉を告げた。


 そして、叔父さんに手を引かれ、お店を出る。

 優夜ゆうやと寧々子だけが付いてきた。


 優夜は私の『びと』で、今は〈人間界〉と〈妖精界〉とをつなゲートがある森は、寧々子とおじいさんが管理していた。


 本来はあまり他人ひとには見せたくないのだろう。

 二人を同行させたのは、叔父さんなりの『私への気遣きづかい』と考えるべきだ。


 暗く気味が悪いと思っていた夜の森。けれど、不思議とかがやいて見えた。

 それは妖精たちが普段から飛び回っている証拠だろう。


 月明かりで妖精の粉が光っていた。そして、一際ひときわかがやく場所に庭園が存在する。

 秘密の花園はなぞのと言ったところだろうか?


「白菊ちゃんっ!」


 と寧々子。私の初めての人間の友達。私たちは見詰め合い、抱きめ合った。

 その一方で優夜は、


「白菊のことを頼むぞ」


 とルリに話かけている。


「まっかせるですぅ~♪ 悪い奴は瑠璃るり唐草からくさが、お尻ペンペンですぅ~♪」


 そんなことを言って、ルリは素振すぶりを始めた。

 頼もしいな――と優夜。私と寧々子は顔を見合わせて笑った。


 優夜に関しては、これ以上、言葉を交わす必要はないだろう。

 離れたくなくなってしまうのは明白だ。


 再会するために、お互いに成長しなくてはいけない。

 だから、これは『別れ』ではなく『旅立ち』なのだ。


 やがて、叔父さんが月の明りと妖精たちの力を借りて、ゲートを起動させる。

 光りあふれる、妖精たちの庭。


「じゃあ、またね」


 今回は上手く笑えていただろうか? 私は笑顔で優夜たちに手を振る。

 そして、叔父さんと一緒に、光の中へと進む。


 父と母が待つ、私が居るべき場所へと帰った。

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